見つけた冊子
篠原くんと荷物を一緒に運んだあの日から、すでに半年ほどが経とうとしていた。二年生になっても彼とは同じクラスだったけど、お話したのはあれっきり。その後の絡みは全然なかった。
いつも一人でいるのなら、その時間に声をかけてくれればいいのに。
何度そう思ったことかわからない。でも、私だって彼に対して何もしてないんだから、結局おんなじことなんだよね。
彼も、誰かに話しかけられたい……なんて、思ってたりするのかな。
彼がいつも友達と一緒にいて、わいわいガヤガヤやっていたら、こんなに気にすることもなかったんだと思う。なんていうか、みんなの輪から外れているからこそ、私は彼に惹かれるようになっていった。
(ちょっと話しかけてみようか……?)
いつもこう思うところまではいく。いくんだけど、やっぱり途中で諦めてしまう。もし話しかけて、「何? なんか用?」とか冷たく返されたら、私……泣いちゃいそうだし。
「りりー、聞いてよー」
机に伏せってぼーっとしていたら、篠原くん……ではなく、友達のハルカが声を掛けてきた。
「ん、どうしたの?」
「昨日すごいの見つけちゃったんだー! これ見て!」
得意げに突き出してきたスマホの画面には、「恋を叶える草紙、残り一冊! ご注文はお早めに!」という文字があった。
「恋を……叶える草紙? なにこれ?」
「あたしもよく分かんないんだけど、説明読んだらすごいの! ちょちょちょ、ほらここ!」
ハルカは若干声のボリュームを落とし、まるで重大な秘密を共有するかのようにスマホごと私に近づいた。そんなことしなくても、きっともう色々な人が見てるよ……とは言わないでおいてあげたけど。
「使い方は簡単、好きな人の鞄の中に入れるだけ……。その人が草紙を使ってくれれば、必ず恋が成就します……」
「ね!? すごいっしょ!?」
「えー、ホントかなぁ? こういうの、私信じないタイプなんだよね……」
「面白いじゃーん! ねぇねぇ、買ってみようよ!」
「私はいいよ、お金ないし。こんなの買ったら、お母さんが可愛そう」
私の父は、3年前にガンで亡くなってしまった。今はお母さんが一人で家計を支えていて、余計なお金なんて一円も無い。こんなうさんくさいものにお金をかけるなんて、私にはとても無理だと思った。
「でも、五百円だよ? それくらいならよくない?」
「じゃあ、ハルカが買えばいいじゃん。どうして私に勧めるの?」
「……だって、こうでもしなくちゃ、りり、永遠に恋愛できなそうな気がするんだもん……」
うっ……と、言葉を詰まらせる私。ちなみにハルカは、最近隣のクラスの男の子……確かヒロシくんっていったっけな、に告白されて、もう日々浮かれまくっている。羨ましいことこの上ない。
「余計なお世話!」
だけど私は、つんと顔をそらしてハルカの話を断ろうとした。本当はちょっと気になるんだけどね、なんだか悔しいじゃん……。
「……でも、絶対に恋が叶うのなら、試してみる価値あると思わない?」
ハルカが耳元でそっと囁き、私を誘惑してくる。なにこの子、この冊子を販売してる会社と結託でもしているのかしら……。
「わ……私は試しませんっ! もう授業始まるから、帰った帰った!」
しっしっと手を振ってハルカを追い返したはいいものの、……やっぱり気になるなぁ。本当に、変なものを嗅ぎつける嗅覚は犬以上なんじゃないかと思う、ハルカは……。
結局、「恋を叶える草紙」のことが引っかかって仕方なくなった私は、かなり不本意ではあったけれど、帰宅後に自分のスマホで検索してみることにした。これ、ハルカには絶対ばれないようにしなきゃね……。
「残り一冊だったからな……。もう売れちゃったかも……」
一抹の不安を胸に抱きつつ、昼間ハルカが見せてくれた通販サイトで「恋を叶える草紙」を検索してみる。すると……
「……あ、まだある」
しかも、昼間は五百円だった値段が、いつの間にか「お試し版、無料」となっていた。念のため、もう一度解説にも目を通してみよう。
「使い方は簡単、好きな人の鞄の中に入れるだけ。その人が草紙を使ってくれれば、必ず恋が成就します」
ここまでは、学校でハルカと一緒に読んだんだよね。でもよく見ると、説明文にはまだ続きがあった。
「ただし、最終的に恋を叶えるのはあなた自身であることをお忘れ無く……か。う~ん……」
なんだか、最後の一文は責任逃れのような気もするなぁ。結局は、自分で頑張れってこと?
それにしても私、無料っていうのは裏がありそうであんまり好きじゃないんだよね。まぁ、有名な通販サイトだから大丈夫か……なんて思いながら、最終的には注文ボタンをクリックしてしまうんだけど。
「ちょっと怪しいんだよなぁ……。平気かなぁ……」
住所とかの個人情報を集めることが目的の、悪徳業者だったらどうしよう……なんて心配もしつつ、疲れていた私はシャワーを浴びてすぐに寝てしまった。
その翌日。
「理々? ポストに何か届いてたよ。テーブルの上に置いといたからね」
パジャマ姿のままリビングを徘徊する私に、お母さんから声がかかった。一体何だろうと思いながら、テーブルの上に置いてある白い大きめの封筒を手に取った私は、その中を見て目を疑った。
「内容物:恋を叶える草紙、1冊」
……えっ? もう!? 昨日の夜に頼んだばっかりなのに!? いくら何でも、届くのが早すぎない!?
一応宛先も確認してみたけど、間違いなく私宛だった。こんなことってあるんだろうか。
まずは、一旦自分の部屋に戻って、中身をしっかり確認しよう。ちなみに私の部屋、入り口は引き戸で床は畳。ドラもえんに出てくるのぶ太くんの部屋を想像してくれれば、だいたいあってるかな? スタディデスクは無くて、置いてあるのは中くらいのちゃぶ台だけどね。
しきっぱなしになっていた布団を片付けて制服に着替えてから、私は冊子を手に取った。
見た目は、何の変哲も無いただの冊子。厚さは1cmくらい、表紙は和紙のようなもので加工してあって、薄い抹茶色をしている。大きさは多分、B5くらいかな? パラパラと中をめくってみたけれど、中身は全て白紙。一体、これが何の役に立つのか、私には皆目検討もつかない。
「本当に効果あるのかなぁ、これ……」
早くも訝しく思ってしまう。少なくとも、これに五百円払わずにすんだのは良かったかな。まぁ、注文してしまったものは仕方がないので、一応使ってみることにはするけど。……もし効果がなかったら、入れられた相手はただ困るだけだよね、コレ。
ひとまず冊子を自分の鞄の中にしまい、家を出る。この辺りは、建物らしい建物がほとんどないまさにど田舎で、田んぼと、それを囲むように茂る木々が美しい。
だけど、電車は朝のラッシュ時でさえ30分に1本あるかないかだから、乗り遅れたら即遅刻という、ある意味恐ろしい一面も併せ持つ。
そんな恐ろしい電車に無事乗り込んだ私は、つり革につかまりながら考えた。この冊子が本物だとして、果たして誰の鞄に入れるべきなのか。……もうほとんど決まってるんだけどさ。
篠原くんでしょ、やっぱり。篠原くんがフリーだってことはハルカを通じてヒロシくんから聞いているし、何だかんだで私も、彼のことが気になるから。この冊子の能力を試す相手としは、申し分ないと思う。
だけど、どうやってこれを彼の鞄の中に入れようか。
簡単そうで、意外と難しい。教室には常にたくさんのクラスメイトがいるから、そんな中で人様の鞄をごそごそしていたら、まず間違いなく怪しまれる。怪しまれるだけですめばいいけど、万が一その日に盗難でも起これば一大事だ。ほぼ確実に私が犯人扱いされる。
……いっそ、直接手渡ししちゃう?
だけど、ラブレターならまだしも……、こんな何も書いてない白紙の冊子を、なんと言って渡したらいいんだろう。
「あの、これ……、受け取ってください!」
「えっ? なにこれ。もらってどうすればいいの?」
「私にもわかんないんだけど、とにかく受け取ってくださいお願いします」
「いや……。は? からかってんのか?」
……ってなっちゃうよなぁ。そもそも、そんなわけわかめなこと言えるくらいなら、告白しちゃうっつーの。
ということで私は、篠原くんが昼寝している隙を見計らうことにした。幸いにも、篠原くんはよく昼寝するから、その点に関しては隙だらけだ。それに、彼はそんなにキッチリしていないので、鞄はチャックが半分開いた状態のまま、教室の後ろにあるロッカーにだらしなく押し込んである。
私は冊子を背中側で持ち、あくまで体は教室の正面に向けたまま、カニのように横に歩いて篠原くんのロッカーの前まで移動した。今のところ、誰も私のことを見ていないから大丈夫……だと思う。
それから手探りで篠原くんの鞄のチャックを押し広げて、そこへそっと「恋を叶える草紙」をねじ込んでみた。この作業はかなり挙動不審だったから、クラスの誰かにバレてないか心配だな……。
あとはやや強引にチャックを締めて、急いで自分の席へと戻る。なんとかミッションはクリアできたみたい。最悪、ハルカにさえ怪しまれなければいっか。
さて、これで本当に、篠原くんが私の彼氏になってくれるんでしょうか……。