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最大の試練

 それからの時の流れは本当に早かった。たっちゃんと同じ大学に進学した私は、リア充全開の4年間を繰り広げてから無事卒業した。その後は、お互いに違う企業だったけれど、県内に就職することだってできた。


 ちなみに今の私は、三つ編みメガネの前髪ぱっつんに戻っている。結局、高校生の頃とほとんど一緒ってこと。正直、地味じゃないバージョンは私にとってキツかった。


 だって、三つ編みにしないと風が来たときに髪の毛がぶぁぁあって広がっちゃうし、コンタクトは維持費がかかるし、眉毛もすぐ伸びるし、たっちゃんに聞いたら「別にどんなリリでもいいよ」って言ってくれたんだもん。やっぱり私は、これが落ち着く。


 企業に就職した後は、お互い忙しい日々が続いてしまい、会うことが難しくなっていった。そんな毎日ばかりで寂しさに耐えられなくなってきた頃、たっちゃんから、ある提案をされた。その内容は、こんな感じ。

 

 毎月、少なくとも第二土曜日だけは、なんとか都合をつけてデートしよう。


 私はこの提案を受け入れて、その日に出勤日があたったとしても、よほど忙しくない限りは有給をとるようにした。私の仕事はたっちゃんの技術職とは違って営業職だったから、土日に出勤しなきゃいけないことが多々あったんだ。会えないのは、主にそのせいなんだよね。


 この約束ができてからは、最低でも月に一度は会えるようになった。それでも寂しいには寂しかったけど、なんとか我慢して働けた。


 でも、そんな順風満帆だった私へ、人生最大とも言える試練が差し迫っていたなんて……。平和ぼけしていた私は、知る由もなかった。


「……お母さん?」


 その日、仕事が終わって帰宅した私は、早くもその異変に気づいた。私の「ただいまー!」に対して、母の「おかえり!」という返事が、返ってこない。窓からは明りが漏れていたし、時間的にも母は家にいるはずなのに……。


「お母さーん……。寝てるの?」


 私は母を探して、部屋を見回った。そして……。


「おか……っ!? お母さん!?」


 リビングの電気をつけたとき、私の背筋は凍り付いた。母が……私の母が、台所の前に……。倒れていたんだ。


 慌てて母に駆け寄り、脈を確かめようと首筋に手を触れたんだけど……


「つめっ……!!」


 すでに、母の体は……信じられないほど、冷たくなっていた。


 病名は、くも膜下出血。典型的な突然死だった。


 ……このとき私は、25歳になったばかり。父が他界して以降続いた母との二人三脚も、あっけなく終わってしまった。……とは言ってもそれは建前だけで、高校生時代は受験勉強に明け暮れていたし、大学に入ってからはバイトやらゼミやらでやっぱり忙しくて、家事のほとんどは母に任せっぱなし……。本当に、恥ずかしい。


 母という支えを一瞬で奪われた私は、にっちもさっちも行かなくなった。家事なんてどうしたらいいか分からないし、そもそも悲しすぎて何をする気にもなれない。


 ご飯もろくに喉を通らなくて、日に日にやつれ、自分でもはっきり分かるくらいに栄養失調となってしまった。いっそ、このまま……お母さんのところへ行ってしまいたいとさえ思った。たっちゃんがいなかったらきっと、私は死んでいたと思う。


「リリが死んだら……!! 俺だって死ぬぞ!! だから生きてくれ!!」


 たっちゃんのこの言葉が、グサッと胸に刺さった。私の命は、私だけのものじゃなかった。勝手に捨てようとしていた私は愚か者だ。生きなくちゃ。たっちゃんのためにも。そして、私たちの未来のためにも。


 悲しかったけど、苦しかったけど、辛かったけど。でも、なんとか私は、再び前を向くことができた。どんな試練でも、一緒にいれば乗り越えることのできる存在。それが、私たちにとっての恋人なんだと思う。


 栄養失調でしばらく入院していた私だけど、たっちゃんのために生きると決めてからは劇的に回復して、予定よりも早く退院できた。ここまでは良かったんだ。でも……。


(ご飯も作れない洗濯もできない掃除もできない。これから一人で、どうやって生きていけばいいの……?)


 すぐに、現実という壁にぶつかってしまう。


(こんなことなら、もっと早く色々なことを教わっておけば良かった。私のバカっ! お母さんだって、こんなに急に逝かないでよっ……!)


 悲しくて、どうしようもなくて、八方塞がりになった私は、甘えだって……わかってはいたけど、電話をかけてしてしまったんだ、彼に。


「たっちゃん……。私、どうやって生きていけばいいのかな……」


 私はただ、感情を吐き出せればいいと思ってた。でも彼は……


『……そうだよな、辛いよな。わかった、じゃあ、少しの間だけ……リリの家に住み込むよ、俺』


 心のどこかで私が求めていた通りの返事を、くれたんだ。


「えっ? それは……その……どういう……」

『まぁまぁ、落ち着け。リリは今、まだ休暇中?』

「あ、うん……。今週の日曜まで、お休み貰ってる」

『はいはい。えーと、今日が木曜日だから、今日入れて4日か。よし、じゃあ明日から金、土、日ってリリのところに行くよ』

「ほほほ……本当にっ!? 会社は? 仕事は平気なの!?」

『そこは全然。俺はリリと違ってカレンダー通り土日は休みだし、有給も有り余ってるから、金曜の一日くらい休んでも全く問題ないよ!』

「でも……」

『気にすんなって! あんなでかい家に一人じゃ、確かに寂しいよな。仕事が始まれば少しは寂しさも紛れるだろうし、それまでは俺がいてやるよ』

「……うぅっ。ありがとう」


 優しすぎるよ、たっちゃん……。家だって結構遠いのに、わざわざ私のために来てくれるなんて……。


 ううん、私だって頑張んなくちゃ! いつまでもうじうじしてたって、しょうがないもんね! 前向きに生きよう!


 私は頬をパンパンと両手で叩いて、気合いを入れた。たっちゃんが来るんだし、部屋だってちゃんと……


 ……ん? 待ってよ? たっちゃんが来る……? あんまり深く考えずに頷いちゃったけど、彼……三日間、うちにいるってことだよね? 三日間、たっちゃんと一緒に暮らすってことだよね、つまり。


 ……よく考えたらやばくない?


 たっちゃんとは高校二年生のときからずっと付き合っているけど、その間、自宅に泊まり込んだことはおろか、旅館やホテルに泊まったことすらない。一緒に生活するなんて、これが初めて。さらっと話が決まっちゃったものの、私……心の準備できてるのかな!?


 場合によっては、たっちゃんと二人であんなことやこんなことも……!? キャーッ、ダメだってばまだ結婚もしてないのにぃっ!!


 あらぬ想像をして、私の顔は真っ赤になった。冷静になるために、一度顔を洗う。


 デートのときは、ちょっと背伸びしたり気を遣ったりして、彼の前では「最高の自分」を演出してきたわけだけど、今回はそんなのできないから……、ありのままの私を、見られちゃうことになる。


 だ……大丈夫かな……。


 例えば、今の完全なるすっぴんフェイスは見せても平気? ……まぁ、高校生の頃は常にすっぴんだったし、そう考えれば平気かも。じゃあ、ため込んだ洗濯物は? さすがにこれはマズイから、洗濯機の中に押し込んでおこう。洗濯機の使い方が謎なのは、ネットで解決するとして……。


 他に、見られたら恥ずかしいものとかあるかな!? うわぁーっ、ホントどうしよう!? やっぱりヤバイよ、いろんな意味でヤバイよー!


 もう、「お母さんが死んだことに悲しんでいる自分」なんてどこ吹く風となってしまった。とにかく今日中に、恥ずかしいものを隠さなくちゃ!


 自分で電話をかけておきながら、こんなにも慌ててしまうなんてね。行き当たりばったりで生きるのは、私に向いてないみたい。


 ……そんなこんなで疲れ果ててしまった私は。


「おーい、生きてるかぁー?」


 ……たっちゃんの声で、目を覚ました。

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