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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第5部 失われた剣聖の復讐
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5-2 抑えきれない怒り


 相手は少しも動揺しない。

 それが逆に不気味だ。俺の剣はまだ鞘の中。

 容赦する気は無かったが、殺してはいけない。情報を手に入れる必要があるのだ。

 相手がすっと、こちらに踏み込む。

 掻き消えた。

 普通の目なら認識できない。

 が、俺には精神剣があった。そこがモエとは違う。いや、全ての剣士と違う。

 わずかに身を捻って切っ先を逃れ、反撃の居合。

 静寂の太刀は研ぎ澄まされ、俺の技として進化している。

 切っ先が相手の腕を切り飛ばしていた。左腕を肘の上でだ。すっ飛んだ腕が建物の壁にぶつかり、落ちた。

 片腕で剣を構えた相手を、俺はじっと観察する。

 年齢はカイに近い。二十代になったくらいだろう。

 その割に剣術は老獪な感じがした。さっきのは理詰めの一撃だった。普通の使い手の身の逃がし方では、切っ先を回避しきれないような攻撃。

 どういう使い手だ?

 それに腕を切り落とされても、呼吸を全く乱さない。切っ先もピタリと定まっている。

 血が、石畳に落ちていない。

 なるほど、人ではないのか。かなり前に、そんな存在に出会った。

 あれは剣聖だったはずだ。フカミ・テンドー。

 殺しても死なない刺客か。

 良いだろう。俺の怒りをぶつけるにはちょうど良い。

 構わずに踏み込んでいく。相手も同時に動いた。

 間合いが刹那で消え、再び生まれ、また消え、またも距離ができる。

 俺は無傷。相手の足元に、液体が落ちた。が、少しだけだった。

 胸を抉られている相手は、やはりわずかの動揺もない。死なないらしい。

 殺さない限り、制圧できない相手か。

 首を刎ねれば死ぬだろうか? フカミは死ななかった。ただし、こいつはフカミではないのだろう。

 では、殺し尽くしてみるか。

 傭兵たちが俺を追っていることを願うしかない。そうすれば俺の補助をする傭兵と、この刺客を補助する何者かの探り合いになる。

 探り合っているのなら、俺は目の前に集中できる。

 相手が動き出す寸前に、俺の方が早く動いた。

 相手も速いのはわかっている。見たことも聞いたこともない歩法で、刹那よりも短い一瞬で、攻めてくる。

 だが初動に差ができれば、速度差は無視できる。

 俺の一撃が相手を袈裟に斬り払い、相手がぐらりと揺れる。

 その揺れが止まる。

 そう来ると思っていたんだ。

 刺客が姿勢を取り戻し、飛び出すように左腕が再生した。

 人間ではない、生物とも思えない回復。

 それさえも俺は織り込み済みなんだ。さあ、受けてみろ。

 俺の怒りを、受け止めきれるか?

 超高速の剣の乱舞が刺客に襲いかかる。

 もはや視認不可能な斬撃の連続が相手を解体していく。

 腕を飛ばし、足を飛ばす。首さえも飛ばす。

 だが切断されると同時に回復する。

 なら回復が追いつかない速度を叩きつける。

 俺はいつの間にか怒号を上げていた。

 弾け飛ぶように、人体がバラバラに砕け散り、四散した。

 呼吸は少しも乱れていない。

 ただ体が熱かった。

 肉塊として散らばっている相手を観察する。じわじわと黒い液体に変化し、石畳を這い始める。まだ死なないのか?

 だが、その流れが力を失い、液体の輪郭が緩んだかと思うと、さらりとした液体に変化し、そのままになった。

 死んだらしい。

 やっと息を吐いて、俺は剣を鞘に戻した。二刀流を使うほどではないが、相当な使い手ではあった。

 俺の吠え声を聞いたからだろう。近くの建物から身を乗り出している住民や、遠巻きにしている歩行者がいる。

 俺は素早くその場を離れた。

 病院へ向かって歩きつつ、考えた。結局、相手を殺してしまった。これでシュタイナ王国の連中も本気で俺を狙ってくるだろう。それは願ったり叶ったりではあるが。

 どこかで相手の状況を知る動きが必要であり、それには逃げられるより攻めてきてもらった方が、助かる。

 病院が見えてくる。急に、俺が戦っている間にモエとカイが襲われていたら、という想像が湧いた。

 そんな可能性はないはずだ。だが、絶対というものがないと、俺はモエの件で思い知った。

 足早に病院に入り、三階の角部屋へ。

 なんの騒動もないのはわかっている。つまり二人は無事でいるのだ。

 それなのに俺は緊張して、そっとドアを開けた。

 小さな明かりが灯っている。モエは、寝ている。カイが椅子から立ち上がってこちらを見た。

「先生……」

「うん」

 思わずそんな短い声を出しつつ、後手にドアを閉めてモエの様子を見た。意識はない。今になって、顔が青白いことに気づいた。血を失ったせいか。

「何か、ありましたか?」

 カイが控えめに尋ねてくるので、頷いておく。

 どうやらモエを前にすると、俺は冷静さを失ってしまうようだ。

 じっとモエを見下ろしてから、俺はやっと椅子に座った。カイがお茶を用意してくれて、俺に湯飲みを手渡してくる。

 受け取る時、手が微かに震えていた。カイは気にしないでくれたようだ。

 ついさっきまで刃を向けられていたことが、今になって恐ろしくなったのか? それとも、モエを前にして彼女が今にも消えてしまいそうなことに、恐れを感じたか?

 湯飲みの中でお茶が微かに波を立てるのを見ながら、俺はじっと考えた。

 次の動きは、まだはっきりしない。

「傭兵に」顔を上げて、カイを見た。「俺を見張らせたか?」

 微かな狼狽を見せた後、カイが笑みを見せた。

「先生まで怪我をさせるわけにはいきませんから」

 そうか。やはり俺の予想は当たっていた。これで、俺は少し楽になった。

 傭兵たちの働きに期待しよう。彼らもモエが襲われたことで、本気だろう。火が出るような気迫で、今も働いているのは確実である。

 少しするとドアがノックされ、傭兵が入ってくる。無言で頷いて見せる。カイが頷き、「行きましょう、彼が残ります」と立ち上がった。俺たちと入れ違いに傭兵が部屋に残った。彼は身のこなしで、かなりの使い手らしいと分かった。

 病院を出て、二人で傭兵会社の建物へ行った。

 玄関に数人の傭兵が立ち、俺たちに頭を下げる。

 玄関を入ってすぐのところに、二人の男が縛り上げられていた。目隠しをされ、口にも轡がある。

「彼らか?」

 カイの短い問いかけに、その場で見張っている傭兵の中で年長らしい男が応じる。

「ミチヲさんの様子を伺っていました。まだ何も聞き出していません」

 俺は我慢できなかった。

 男の一人を蹴り倒し、そのまま繰り返し踏みつけた。男が喚くが、猿轡で言葉にはならない。構わず俺は痛めつけ、適当なところで止めた。

 まだ無事な方の男が喚いて、左右を見るが、もちろん目隠しで何も見えない。

 俺は傭兵に手を向ける。剣が手渡され、俺は素早く鞘を払って柄を握り直した。

 無事な方の奴の右足の膝、そこを切っ先で貫いてやる。

 絶叫。構わずに剣を捻り、膝を完全に破壊する。さらなる悲鳴。

 これは倒れ込んでいる奴には恐怖だろう。

「どこの人間だ?」

 血を流しながら転げまわる男の横で、倒れこんでいる男に問いかけてやる。ガクガクと震えているが、黙る気力は残っているらしい。

 膝を破壊された男を蹴り倒し、もう一方の膝も同じように破壊した。

 もう悲鳴をあげることもできず、男が動きを止める。

「もう喋れないようだ、お前の相棒は。お前は喋れるだろう?」

 問いかけると、ついに男の限界が訪れた。

 何度も頷く。俺は念のため、その蹴り倒されただけの男の腿に剣を突きつけてやる。切っ先が皮膚を押し、次にはわずかに切り込む。血の滴が膨らんでいく。

「言えるかな?」

 もう少しの躊躇いもなく男が頷き、喚き始める。

 短剣を振って猿轡を切ってやった。

「け、剣聖を! 剣聖を切るのが目的だ! 逃げた剣聖と! そ、その関係者だ!」

「後は任せる。連絡場所を聞き出してやれ」

 俺は短剣を傭兵に投げ渡し、立ち上がった。

 傭兵が男に歩み寄り、尋問を始める。その様子を俺は見ていた。部屋には血の匂いが立ち込めている。不愉快な匂い、吐き気が込み上げるが、吐くような俺でもない。

 結局、夜明けまでにおおよその情報は聞き出し、彼らの連絡場所も把握できた。ただし、ここで二人が確保されている関係で、連絡場所を変える可能性がある。

 傭兵たちは迅速に動き、既に暗殺者の連絡場所を見張っているようだった。

 夜明けの光が差し込む頃、半ば廃人と化した暗殺者二人を建物の地下の牢に放り込み、俺たちは情報を待っていた。

 玄関が勢いよく開かれ、傭兵たちが跳ね上がるように立ち上がり、剣を構えた。

 そこにいたのは俺も知っている傭兵だった。連絡場所を当たっていたはずだ。

 手には書類を持っている。

「よし」

 俺は頷いて、歩み寄った。



(続く)






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