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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第3.5部 消されていくもの
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3.5-8 消え行くもの

 剣聖十一人に呼び出された時、僕には思い当たる節が何もなく、しかし困惑もせずに出向いて行った。未だに従者を一人もつけていないので、ひとりきりだ。

 その円卓の置かれた広間に入ると、十一人がすでに揃い、こちらを見やる。

 まずソラが口を開いた。

「剣聖の総意として、伝えよう。エダ・ヘキトラ、剣聖の座につけ」

 なんだって?

「精神剣殺し、などと呼ばれるのだから、当然だろう」

 ソラをじっと見据えるが、彼はいつも通り、何を面白がるような顔でこちらを見ている。僕はカナタをちらりと見たけど、カナタはこちらを見ない。

 僕は改めてソラを見た。

「剣聖になるつもりはありません」

「勅命でもか?」

 勅命だって? つまり、国王陛下が、望んでいるのか。

「ご冗談でしょう、剣聖様」

 反射的にそう答えると、二人の剣聖が小さく笑い、ソラに声をかけた。

「こういうものですよ、エダは。カマをかけるのも無駄でしたね」

「そうですよ、ソラ殿。やはりエダは、闇の隊がふさわしい」

 ムスッとした顔になっているソラが、カナタを見る。

「お前から言ってやれよ、カナタ。お前の弟子だろう」

「弟子ではない、正確には。使用人さ」

 カナタのその冗談に、僕は思わず笑みを浮かべてしまった。カナタの表現はまさにその通りなのだ。彼は僕を剣聖候補生にしなかった。弟子ではない、というのは事実だろう。

 ただ、そのことを考えると、一つ、可能性が浮かんだ。

 つまりカナタは、僕が剣聖の座に着いたり、剣聖と対決しないように、そういう宿命から回避させるように、剣聖候補生に敢えて認定しなかった、ということは、あるだろうか。

 剣聖たちが議論を始め、その間、僕はそれを観察していた。

 どうやらモエが抜けて十二人に減っている剣聖から、さらに一人が抜けて、十一人では体裁が悪いし、剣聖の脱走という事実を隠蔽するために、何者かを即急に剣聖にする必要がある、というところは全員に共通した意見だ。

 僕が断ってしまったので、適当な人材がいないんだろう。

「エダ、お前の部下はどうだ?」

 てっきり忘れられていたと思っていた僕に、剣聖の一人が声をかけてきた。

 僕は闇の隊の中での一番の使い手の名前を挙げたけど、こう付け加えた。

「しかし、闇の隊は一人の力量に頼むのではなく、多数でのみ力を発揮します」

 剣聖たちがまた議論を始めたけど、その内容に、僕はちょっと驚いた。

 新しい剣聖に、僕の部下をつけて、しかしその剣聖は正体を明かさない、というのだ。名前も明かさず、その剣聖は一人でありながら複数である、ということが可能かどうか、彼らは議論している。

 その議論には、ソラ、カナタ、フカミはほとんど加わらず、静観している。

 僕が知る限り、この三人は長い間、剣聖であり続けている三人で、発言力があるはずだけど。

 結局、その日は結論が出ないまま、解散になった。ソラが最後に「エダ、次回も同席してくれ」と言ったので、どうやら僕が解放されることはしばらくなさそうだった。

 結局、その会議は断続的に四回ほどが重ねられ、結論として、僕の部下を剣聖とし、しかし覆面も偽名もなし、となった。それを国王陛下が許さない、という理由だった。

 この部下はテンパ・イオッタと言う名前で、会議には二回ほど参加した。

「なぜ隊長は剣聖にならないのですか?」

 テンパは不服そうだけど、しかし剣聖の意味を知っている奴だと僕には確信があった。

「僕は剣聖の力量がない」

「私にもないですよ」

「闇の隊がお前を支える」

 剣聖の就任式も終わり、闇の隊はその前後でいくつかの軽い任務を繰り返し、数人を抹殺していた。予備隊は正式に情報収集機関として独立し、情報局と名付けられた。

 テンパが剣聖としては情報局を管理下に置き、闇の隊も査問部隊から分離され、テンパの直属と再設定されたので、形の上では僕もテンパの部下である。

 剣聖が落ち着きを取り戻し、闇の隊も、僕の管轄から離れる場面が増えた。

「また使用人になるかね」

 カナタの私邸を訪ねて夕食を共にした日は、秋の最中で、食事にもその色合いが強かった。

 僕に笑いかけるカナタに合わせ、使用人達も笑う。

「それもいいかもしれませんね」

 僕がそういうと、わっと使用人が声を上げる。

 食事が終わり、カナタと二人でお茶を飲んでいると、彼が真剣な顔になった。

「お前を騎士学校の教官にする提案が出ている」

 僕の進む道は、いつもカナタが提示してくれる。

 今もそうだ。

 だけど、今回はどこか違うものを感じた。

「実は、少し休暇を取りたいと思っています」

「休暇?」カナタが失笑する。「闇の隊の指揮官に、休暇はないぞ」

「なら、逃げ出します」

 はっきりとカナタの顔が強張ったのが、面白かった。僕は笑ってみせる。

「冗談ですよ。でも、時間が欲しいのは本当です」

「俺からも提案しておく、逃げ出されると困るからな」

「お願いします。騎士学校の教官のことは、考えさせてください」

 うん、とカナタが頷く。

 それから彼は、騎士学校に求める要素、僕に与えて欲しい影響をつらつらと話した。

 僕が実際に動くはずなのに、まるで他人事のように響いた。

 ただの飛脚の子供が、こんなところにいて、国の戦力への関与ができる地位にいる。

 信じられないな。

 もう十五年は過ぎている。あっという間だった。本当に、想像できない今が、現実なんだ。

 私邸を辞してから、ゆっくりと王都の夜を歩いた。

 僕には帰る場所がない。いったい、誰が僕の帰りを待っているだろう。

 カナタも、部下も、僕のそばにいるようで、実際には違う気がした。

 不意に、ミチヲとモエのことが浮かんだ。

 あの二人のことを考えると、二人は離れていても、どこかで寄り添っている。

 男女だから、とか、幼なじみだから、とか、そういう理由でもなさそうだった。

 何が人と人を本当に結びつけるのか。

 闇の隊は十人で一つ。

 でも、人としての結びつきは存在しない。戦闘装置といての一体感しかない。

 闇の宮の宿舎に入り、僕は眠った。

 誰かが僕を殺した気がした。

 ハッとして目を開くと、宿舎の自分の部屋だ。朝だ。まずそう思った。次に無意識に胸を触る。もちろん、怪我はない。呼吸が荒く、胸が苦しいが、生きている。心臓が早鐘を打つ、というのはこういうことか。

 支度をして、朝食を食べ、情報局に顔を出した。特に理由はない。

「エダさん、おはようございます」

 上級の役職である管理官の立場の男性が近づいてきた。

「そちらの仕事にはならないと思いますけど、面白い話がありますよ」

「なんですか?」

 彼がニヤリと笑う。

「カイ・エダを覚えていますか?」

「ええ。それが?」

「アンギラスで目撃情報があり、その後、パンターロへ入国したという情報もあります。確認作業中ですが、さすがに他国なので、時間がかかりそうです。それでも、私にはほぼ確信がありますけどね」

 あまり興味も引かれなかったが、気になるのは、そんなところまで行く理由だ。シュタイナ王国の追っ手から逃げているだけではないだろう。

「また何かあったら、教えて下さい」

 相手が頷いて、また別の話に入った。

 しかし、カイ・エナの話は聞くことができなかった。

 僕の生活も変わらずに続くはずだったけど、ある夜、宿舎の部屋で目覚めると、複数の男が部屋にいた。

 夢かと思った。

 悪夢が現実になったのかと。

 反応する間もなかった。

 複数の剣が僕を刺し貫く。反射的に出た悲鳴は、口元を押さえられて、くぐもった音にしかなからなかった。

 見事な手際。

 これができるのは、闇の隊くらいだろう。

 僕が動けなくなると、彼らは音もなく去っていった。もう呼吸もままならないまま、僕は考えていた。

 何を間違った? 僕が何をした?

 後悔したがっている自分を意識し、叱咤した。

 死ぬ時くらい、何かを誇るべきだ。

 曖昧になった意識の最後の一筋を、僕は堂々と見て、それが切れた時、僕は死んだ。



 シュタイナ王国の剣士の中に「精神剣殺し」と呼ばれた男がいた。

 その男は秘密部隊を運用し、「影の剣聖」と呼ばれるほどの力を持ったが、唐突に姿を消し、その記録はシュタイナ王国の全てから消えてしまった。

 一部では、暗殺されたともされるが、真実は不明である。

 はっきりしていることがあるとすれば、その「影の剣聖」の力を受け継いだ剣聖の一人が、他の剣聖との果し合いを申し込まれ、斬り殺されたことだ。

 剣聖を切った剣聖は、カナタ・ハルナツ。

 未だにシュタイナ王国では誰も、「影の剣聖」についてはっきりしたことを口にしていない。



     ◆




 目が覚めた時、僕は真っ暗な部屋にいた。

 何もわからないまま、闇を凝視した。

 まるで僕自身が闇そのものになったような気がした。

 誰かが部屋に入ってきた。明かりもなく、ただ入ってきたのだ。

 空気にかすかに、馴染み深い匂いが混ざった気がした。






(第3.5部 了)

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