3.5-6 剣士の帰還
シュタイナ王国へ戻るのに一年をかけたのは、見聞を広めたいと思ったからで、パンターロの首都を発ち、地方の町に滞在している間に、カナタへ問い合わせた。
手紙が返ってくるまで待つのも時間の無駄なので、僕は往路で滞在したアンギラスの宿場の旅籠の一つに返書を送ってもらうように、書いておいた。
パンターロからアンギラスへ抜け、そして目的の宿場に。
そこで、顔見知りの査問部隊の一人が待っていて、書状を渡してくれた。
「実は僕を見張っていた?」
「いえ、我々が民間の飛脚より早いため、ここへ参りました」
「そんな堅苦しい口調はやめてよ」
受け取った返書を読むと、カナタは、アンギラス、そしてシュタイナ王国をよく見てこい、という内容だった。
査問部隊の男を送り返し、僕は数ヶ月をかけてアンギラスを流れ歩き、様々な人を見た。アンギラスはシュタイナ王国とは違う点がいくつかあり、そのうちの一つは剣を帯びているものが少ない点だ。
代わりに多いのは聖職者で、どの宿場にも教会が大なり小なり、ある。
その教会にも何度か足を運んだけど、何を言いたいかわからない聖書を読み上げ、手で印を切り、首を垂れる、というのがお約束のようだ。
秋になろうという時にやっとアンギラスからシュタイナ王国へ戻った。どこか安心した心地のまま、北部辺境を渡り歩き、その中でシーナにも立ち寄った。
カナタに引き取られて、十年より長い時間が過ぎている。飛脚屋はまだ営業していたけど、遠くから見るだけで、顔を出さなかった。
もう僕は彼らから、あまりに離れすぎてしまった。
冬の寒さの中を歩き続け、雪が降っても、僕は歩いた。
妹を訪ねることもできたけど、やはり妹も、僕の中では記憶の遥か彼方だ。そうか、この一年の間、手紙の返事をしていない。心配しているだろう。
そのことを考えて、王都へ帰ろうと決めて、道を選んだ。
小春日和のその日、僕は王都に戻り、まず第二王宮に出頭した。カナタの執務室に入ると、彼は真面目な顔でこちらを見て、かすかに頷いた。
「ご苦労だった。しばらく、休むといい」
そっけない言葉だったけど、言い終わると同時に、カナタの顔が綻んだ。
「良い顔をしている。また話そう」
第二王宮を出て、カナタの私邸に入ると、使用人達が歓声をあげて迎えてくれた。
彼らと長い時間、話をして軽食も出て、かなりの喧騒だっただろう。
自分の部屋に戻る前に、使用人の一人が手紙の束を渡してくれた。やっぱり妹は不安だったらしい。部屋に入り、一通ずつしっかりと目を通し、返事を書いた。
封筒に便箋を入れ、そしてパンターロで手に入れた耳飾りも封筒に入れた。封をして、使用人の一人に郵便局へ行ってもらおうかと思ったが、王都を再確認したくなり、一人で外へ出た。
夕方で、通りには仕事帰りの人が多い。懐かしかった。王都のきらびやかさも、懐かしい。
郵送の手続きをして、私邸に戻ると、カナタが帰ってきていると知らされた。ちょうど夕飯になるところだった。遅れなくてよかった。
食堂の前でカナタと会った。
「すみません、外に出ていました」
「気にすることはないよ」
夕食の席でも、僕が主役になってアンギラスやパンターロのことを色々と話した。主に市民の生活や文化、食事、服装などについて、知っていることを促されるままに、僕は思い出して、言葉にした。
食事が終わり、僕はカナタに、書斎に呼ばれた。
「雰囲気が変わったな」
「そうでしょうか?」
「落ち着きを感じる」
実感はないけど、カナタの評価が的外れでもないだろう。
「エダ、お前に任せたい仕事がある」
やっと本題だ。
「なんでしょうか?」
「査問部隊の中に、新しく部隊を構築することになった」
そうか、僕もそろそろ、兵士として現場に出なくちゃな。
ずっとカナタの従者のようなことをしているわけにもいかない。
「どなたの下に入るのですか?」
査問部隊の面々を知っているので、そう尋ねると、返ってきたのは苦笑いだった。
「誰の下にも入らないよ。お前はその新設の部隊に教官として配置される」
「教官? 僕がですか?」
「他に誰がいる? 剣聖の話し合いの結果、それが妥当だろうとなった」
剣聖の話し合い?
いったい、僕はどういう立場になったんだ?
「ソラに傷を負わせたことが評価されているんだ。あいつを切った奴はほとんどいないし、もちろん、相討ちだってなかったことだ。剣聖たちは、お前を信頼し、認めているんだ。いいな? エダ」
「ええ、はい」どう言ったらいいか。「肝に銘じます」
よし、とカナタが頷き、こちらに書類を差し出したので、自然と受け取った。書類に目を走らせ、カナタを見返すと、彼は顎を撫で始める。考えている時の癖だ。
「部隊は十人ほどを想定している。俺やソラが使えそうな奴を選んだが、知っている奴はどれくらいいる?」
十枚の紙を順繰りに見る。
「六人は知っています。実力も、問題ないでしょう。残り四人は実際を見ないとわかりません。経歴は立派なようですが」
その十人は近衛騎士から査問部隊に引き抜かれた経歴で共通している。剣士としては優秀なんだろう。
ただ、集団として機能するかは、わからない。
「明日にでも訓練を見に行けばいい。もちろん、隊員を変えることもできる、その時は正直に言ってくれ。精鋭の中の精鋭を集めた隊にするつもりだ」
「わかりました。何か聞いておくべきことがありますか?」
「手加減はいらない。実戦で結果が出せる部隊にしろ。それが唯一絶対の要求、かな」
こうして王都に帰って早々、僕にはやるべきことができた。
翌日には十人と顔合わせをして、悪くない、という印象を受けた。一人一人は十分な使い手だ。この十人が完璧な連携を使えば、誰でも切れそうだ。
僕は彼らにモエが経営している傭兵会社で体験したことを、そっくりそのまま、伝えることに決めた。あの傭兵たちは、僕が見た中では最強の少数集団の形だから。
カナタが僕が何を教わったか、知っているわけもないけど、しかし、この新部隊には最適な運用方法を、僕が身につけているわけで、幸運の中の幸運だった。
毎夜、闇の宮の地下で、訓練は続いた。
脱落者が出たのは一ヶ月後で、訓練の中で重傷を負い、片腕が動かなくなった。治療を施せば回復すると医者に診断されたけど、外すしかなかった。
その後も数ヶ月に一人ずつ、事故のために離脱するものが出る。
僕はカナタに頼んで、予備人員を用意してもらい、その三人が加わり、僕の教練は続いた。
十人で一つの集団、という要素を僕は絶対に譲る気がなかった。査問部隊の経歴を知る権利が新しく僕に与えられたので、その中で、ミチヲとモエの追跡に出した部隊の顛末も記録されていた。
彼らは二人が協力したとはいえ、八人からの既存の一個小隊をあっさりと撃破している。
戦術に問題があるのは明らかだ。
可能なかぎり、一人のところを襲うべきだし、一挙に押し包むべきだった。
そのために必要なのが十人というのが、僕の見立てだった。それも相当な手練の十人が、一糸乱れぬ動きで当たる必要がある。
冬になろうという時、僕の前にはおおよそ満足のいく部隊が出来上がりつつあった。
新部隊の名前は、闇の隊、と名付けられた。
ある日、カナタが僕を第二王宮の執務室に呼び出して、出向いてみると、ソラとフカミも待っていた。
「闇の隊はどうかな? エダ」
気安い調子でソラが質問する。僕に怪我を負わされたことは、気にしていないらしい。
「おおよそ、機能するかと思います」
「うん、それならいい。君たちを査問部隊の実行部隊に組み込むことにした」
ずっと予測していた展開だった。
だから、次に言われることも、おおよそわかっていた。
「君を、闇の隊の隊長とする。良いね?」
「はい、お受けします」
カナタは瞑目したまま、黙っていた。
(続く)