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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第3.5部 消されていくもの
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3.5-5 駆け上がれ

 あっという間の一年だった。

 ミチヲが最初に提案した剣術、絶影を活かす何かを、僕たちは試行錯誤を繰り返し、幾つかの形にしていった。

 剣術の妙を感じたのは、カナタが僕に繰り返し見せていた、不動の舞という歩法が、一つの側面で絶影に新しい可能性をもたらした時だ。

 何気なく未完成の不動の舞を見せた時、ミチヲが僕に最初の最初に見せた歩法を、こんなものもあると、見せてくれたのだ。

 それは、静寂の太刀、という名前らしい居合の一つで、この居合はいくつかの要素で成り立っている、とミチヲは簡単に解説した。

 つまり、踏み込み、打ち込み、その二つを完璧につなぐ要素、その三つである。

 この中でも踏み込みが独特で、魔法のような技だが、相手の懐へ深く早く踏み込みながら、相手に踏み込みを察知させない、独特の姿勢の維持が要点になる。

 その姿勢の維持が、不動の舞の姿勢の維持に、少し近い、とミチヲは言っているわけだ。

 これはミチヲの精神剣に依るところが大きいけれど、それ以前に彼の理解力、洞察力は図抜けている。

 何せ、彼はカナタの不動の舞を見ていないはずだけど、僕が稽古で繰り返す不完全な不動の舞から、いくつかの問題点、改良点を、助言してくれる。

 その通りに体を動かすと、自分でも信じられないほど、動きが良くなった。

 こうなるとミチヲは剣士というよりも教師で、僕は生徒のような立場になった。

 彼は時間の浪費を気にしたのか、いくつかの剣術や歩法を同時に指導して、僕はほとんど一日中、体を動かすことになる。

 料理はすべてミチヲがやっていて、どうやら一分一秒でも無駄にするな、と言っているようだ。

 山に入って半年で、僕の不動の舞、伸びの剣は満足のいく領域に達した。

 何より、絶影は格段に威力を増した実感があった。

 より速く、より長く、僕は自在に動けるようになった。

「一弦の振りを繰り返したほうがいい」

 その言葉は山に入って一ヶ月ほどした頃、攻撃技を教えて欲しいと頼んだ時、ミチヲが言った言葉だ。

 それから数ヶ月で、その言葉を理解できたのは、絶影の強化が形になり始めたからだった。

 ミチヲは僕に超高速攻撃は必要ない、と思っているようだ。僕の持ち味である超高速機動を使えば、一撃で相手を倒せるし、その技を磨け、という意図だと推測した。

 だから僕はずっと一弦の振りに磨きをかけていた。

 半年が過ぎると、ミチヲが実戦形式の稽古を始め、それは真剣を使う。

「手加減するなよ」

 そう言われても、僕は一番初め、剣を本気で振れなかった。

 だって、真剣なんだ。切ったら傷つけてしまう。

 でもそれは杞憂というより、明らかにミチヲの力量、そして自分の力量がわかっていない態度だったし、その両者の力量の差を理解していない、と表明しているようなものだ。

 結果としては、ミチヲの一撃は僕の胸を掠め、服に切れ目ができた。

 ミチヲは、強すぎるほどだった。

「次は本当に切るぞ」

 こうして僕はミチヲに本気の剣をぶつけることを続けた。

 彼の精神剣には少しの綻びもないけど、その事実は、理解すれば理解するほど、背筋が冷えるものだ。

 彼の知覚の範囲に入った瞬間、こちらの動きはすべて読まれてしまう。

 そしてその理解を超えない限り、ミチヲの多種多様な剣術や歩法に、潰される。

 想像の中で、ソラやカナタがミチヲと戦ったらどうなるだろう、と考えていた。

 ミチヲの精神剣は、彼らの精神剣も把握できるのか?

 もっとも、把握できるできないよりも重要な要素として、二人の精神剣は攻撃や防御に使えるけど、ミチヲの精神剣は、物理力を持たない。

 なら、ソラとカナタが勝つだろうか。

 どこか解せないものを感じつつ、僕は連日、ミチヲに挑み続けた。

 秋になり、寒さを感じ始めた時、ミチヲが荷物をまとめて「首都へ行くか」と言ったので、僕もそれに従ったけど、いざ、首都についてモエのところへ行くと、モエは腰を抜かさんばかりに驚いている。

「珍しいなんてもんじゃないわね、これは」

 傭兵会社の執務室で、まだ驚きから抜け出せないモエに、ミチヲが笑みを返す。

「山の中だと冬に稽古ができないだろう? 何ヶ月か、世話になるよ」

「それは、まぁ、うちの社員の寮に空きがあるけど、本気でそのクソガキに技を仕込みたいってこと?」

「ちょっと手合わせしてみればわかるさ」

 そうして、半年以上ぶりに、僕は例の運動施設で、モエと対峙することになった。

 例の如く、傭兵たちが壁際に立っている。ミチヲも混ざっていた。

「さっさと済ませましょう」

 モエがそう言って、今度は腰の剣に手を置いた。本気らしい。

 僕は素早く、絶影に入る。

 モエの側面、背後、反対の側面と抜ける。モエはこちらを目で追っていないけど、直感的に感じているだろう。

 涼しげな音が鳴ったのは、両者が剣を抜いたからだ。

 パッとモエが距離を取るけど、僕は構わずに接近。モエの剣はもう鞘の中、さすがに早い。

 間合いを僕が支配し、それから三度、モエの居合を僕は回避し、それで距離を取った。

「この服、高いのよ、まったく」

 やっぱり鞘の中に剣があるモエが、いくつもの切れ込みができている服を検めている。

 一方の僕はかすかに荒い呼吸をしているものの、傷一つ負っていない。

「ま、手品としては完璧ね」

 そうモエが口にして、僕はそれを負け惜しみかな? と感じたけど、ミチヲがすぐに続けた言葉で、僕はハッとした。

「エダ、手加減されているぞ。モエはもっと早いし、そもそも、受けが得意な剣士ではない」

 モエはまだブツブツと服のことで文句を言っていたが、壁際の傭兵の中から五人ほどを素早く選び出した。

「このクソガキに、剣術を習いなさい。しかしこのクソガキが教官じゃない。お互いに教え合いなさい。いいね?」

 傭兵たちが敬礼をする。敬礼を返したモエがミチヲに「お茶でも飲みましょうか、積もる話もあるし」と、外へ向かってしまう。

 声を発する間もなく、傭兵たちに取り囲まれた。

 なんか、嫌な予感。

 こうして僕の冬は、むさ苦しさの限界を極めているような男たちと、ほとんど取っ組み合いをして過ぎていった。

 前に傭兵たちと数日、訓練をしたけど、その時とおおよそ似ている。傭兵流の、乱戦の訓練だ。ただ違うのは、彼らは僕の剣術や歩法を彼らなりに取り込もうとしていて、真剣に対処法を考えている。

 僕からすると、有意義な点は、一対多数で戦う訓練になることだろう。

 傭兵たちは五人で、いかにして僕を抑え込むかを真剣に検討し、実行してくる。

 逆に言えば、傭兵たちを見ていると、一人の、自分たちが束にならないと敵わない相手を、どうやったら多勢で制圧できるかが、わかる。実際的な戦法もだし、考え方もわかってくる。

 モエは時々、訓練を見に来るけど、口を出したり、実際に加わったりはしない。

 冬が終わり春になる頃、ずっと顔を見せなかったミチヲがやってきた。

「そろそろ、国へ帰れ、エダ」

 訓練が終わった時、ミチヲがそう声をかけてきた。

「お前の剣術はあとはお前が考えろ」

「まだ、先生に教えていただきたいことが多くあります」

 この頃には、僕はミチヲを先生と呼んでいた。その当のミチヲは笑っている。

「俺が教えることはないな。お前の剣と俺の剣は、もう別の道に進んだんだ。お前はシュタイナ王国で、剣聖たちの中で、技を磨け。いいな?」

 反論しても、ミチヲを動かせそうになかった。

「はい」

 僕の頭に、ミチヲの手が置かれる。

「よくやった」

「ありがとうございました!」

 僕は深く頭を下げた。

 もう空気には、春がやってきている。






(続く)


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