3.5-3 訪問
モエは僕と傭兵の訓練を三日ほど、続けさせた後、「じゃ、行こうか」と軽い調子で言い出した。
どうやらミチヲの元へ連れて行ってくれるらしい。
心底から、ほっといた。正直、あの傭兵たちとの訓練は、実戦とは程遠い。ほとんど遊びだ。でもその遊びで僕は徹底的に打ちのめされ、久しぶりにその感覚を思い出してもいた。
「査問部隊のやり口と似ているでしょ?」
王都を出て少しした時、モエが歩きながら声をかけてくる。傭兵たちのことだろう。
「そうですね、多数で一人を潰す戦法です」
「あんたが仕込んだ査問部隊は、どちらかといえば、個人の集まりだった。でもうちは違う。一人が死んでも、相手が二人死ねばそれで問題ない、そういう教育をしている」
僕も査問部隊がそういう性質だと思っていたけど、どうもモエと僕では感覚が違う。
「あれでは、情が宿りませんか?」
何気なくそう言う僕を、モエがクスクスと笑った。
「情が湧けば、その仲間が死んだ時、より残酷になれる。そこが査問部隊と違う」
「残酷になる、というのは、怒りにかられるのと同義ですか?」
「そうでもないね。私は傭兵たちに、常に冷静でいるように指導しているつもりだし。でも傭兵たちは、戦場で金を稼ぐつもりでいるから、査問部隊のように何かに忠実で、任務に疑いを持たない、というわけにはいかない。そこで、仲間というものを意識させると、金なんかどうでもよくて、仲間のために戦う、となる寸法」
そんなにうまくいくだろうか?
「どちらにせよ、傭兵は金に見合った働きしかしたがらないのを、御す必要があってね」
話はそれで終わってしまった。
どこに向かっているかわからないまま、街道を進む。どんどん傾斜がきつくなり、斜面を登っているのがわかった。もう春なのに、雪が残っている場所もある。
宿場をいくつも抜けて、そのうちに山小屋のようなところで泊まり、最後には用途不明のボロボロの小屋に泊まった。その後に何日か野宿をして、そこに至って僕は、もしかして迷っているのかな、と考え始めた。
そのことをよっぽどモエに聞きたかったけど、その質問を真剣に吟味しているうちに、人が通った痕跡に当たった。かすかだけど、下草が倒れている。モエがそこをたどり始めて、やっとデタラメに進んでいたわけじゃないと、安心した。
日が暮れかかった時、前方に小さな明かりが揺れた。近づいてくる。
「久しぶり、ミチヲ」
やってきた男性に、モエが声をかける。どうしてその男性が僕たちに気づいたかは謎だったけど、それを考える前に、僕はその男性を凝視していた。
傷跡が左の頬から額にかけて縦断し、それで左目が潰れているようだ。
細身で、服装は質素だ。腰に剣はない。
穏やかな表情で、こちらを見ている。
「どこで拾ってきた?」
「拾ったわけじゃないわよ。あんたへの客よ」
モエが急にシュタイナ王国の言葉で話した。男性が首を振る。答えは、やっぱりシュタイナ王国の言葉だ。
「客はやめてくれよ。できるだけ一人でいたいんだから」
「よく言うわ。さすがに疲れたから、ちょっと休ませてよ。食べ物はある?」
肩をすくめて、男性が歩き出すのにモエが従い、僕も後についていく。
急斜面に小屋が作られていた。ボロボロだけど、野宿よりは良さそうだ。
中に入ると、きっちりと整頓され、外見とは裏腹で驚いた。
「粥しかないよ」
「上等、上等」
こうして男性も含めて三人で車座になり、それぞれに粥をすすった。
「あの、モエさん」僕はやっと尋ねた。「この方が……?」
「そうよ、ミチヲ。ほら、自己紹介しなさいよ」
ミチヲが困ったような顔で、やや長い髪の毛をかき混ぜるような素振りをする。
「自己紹介も何もないよ。ミチヲ・タカツジです。君は?」
「エダ・ヘキトラと言います。シュタイナ王国から来ました」
「肌の色でわかるよ。俺に何の用があるの?」
僕は姿勢を正して、頭を下げた。
「ぜひ、精神剣を見せていただきたいのです。ソラ・スイレン様がそのようにせよ、と」
「ソラ・スイレン? 懐かしいな」
まるで友人の名前を聞いたような反応で、僕は思わず顔を上げてしまった。ミチヲは何かを考えている素振りだった。
「良いじゃないの、ミチヲ。カイの代わりだと思って」
「あいつに代わりはいないよ」
カイ? 誰のことだろう? 傭兵たちもたまに口にする名前だった。何か、聞いちゃいけない気がして、誰にも質問しなかった。ミチヲとも関係がある人物らしい。
「明日で良いよね、エダ? 急いでいる?」
「いえ、特に期限はありませんので、お任せします」
「あの男も自分で面倒を見れば良いのに。自分の弟子くらい、どうとでもできそうなものを」
ぼやくミチヲの肩を、モエが叩いた。
「あいつの弟子じゃないわ。カナタ・ハルナツの弟子よ」
「誰? それ」
「次席剣聖。精神剣の使い手よ」
ポンとミチヲが手を打つ。古風な仕草だ。
「それで俺の精神剣が見たいのか? そういうこと?」
「僕は、王都では、精神剣殺し、と呼ばれていました」
「なんだ、それは? どういう意味?」
「ソラ・スイレン様に怪我を負わせました」
この話はモエにはしてある。そのことを聞いた時、モエは信じようとしなかった。どうやら彼女の中では、ソラはそういう存在だったのだ。
だからてっきり、ミチヲも信じないかと思った。
でも違った。
「それはいい薬だな」
そんな反応だった。平然としている。逆にこちらが驚くくらいだ。
「信じていただけるのですか?」
「嘘なの? 作り話?」
「え、いえ、事実ですが」
別に驚かないよ、と言いながら、ミチヲは粥をすすって、お茶を飲んだ。
結局、もう僕の通り名のことも、ソラのことも、ミチヲは話題にしなかった。話題になるのは、モエの傭兵会社のことと、モエが話すシュタイナ王国の様子やアンギラスの様子の検証くらいだった。
剣術の話題があるかと思ったけど、全然、無かった。
「疲れた。早く休もう」
あくびをしながらミチヲがそう言って、すっぱり会話は終了した。実に変な人である。
小屋の中は狭いので、ほとんど雑魚寝になった。モエは何も気にしないようで、いろいろ気を使いそうになる僕の方が考えすぎているようだった。
翌朝、目が覚めるとモエもミチヲも眠っている。
僕はそっと外に出て、誰かが作った痕跡を朝日の中で探り探り、走った。斜面が主で、街を走るようにはいかないけど、やっぱり走っていると気持ちが良い。
誰かの痕跡は、ぐるっと小屋の周囲を回り、元のところへ出た。
小屋の外で、ミチヲが立っている。
「走るのが好きなんだな」
「どなたかが走ったようでしたが、ミチヲさんですか?」
「俺の弟子が走った跡だよ。さ、朝飯にするぞ」
素早く小屋の中に入ってしまったので深くは聞けないけど、どうやらカイという人物が、ミチヲの弟子なんだな、と考えるのが自然かな。
小屋に入って、モエが料理していたので、驚いた。
出てきたのは、昨日と見た目がそっくりの粥だったけど、味は段違いに良い。なんだろう、たぶん調味料が違うんだろうけど、材料がそもそも違う気さえする。
「さすがに美味い」
ミチヲの感想はそんなざっくりしたものだった。
朝食の後、ミチヲが「ついてきなさい」というので、一緒に外へ出た。「剣も持って」と言われて、僕は自分の細身の剣を持っている。
ミチヲも剣を下げているけど、やけに長い、不思議な剣だった。
モエも付いてきて、三人で山の中を進むと、急に開けた場所に出た。
「じゃ、試しにやってみようか」
ミチヲが僕と向かい合って立った。
やっと旅の目的が目の前に現れた。
(続く)




