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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第2.5部 無垢、貪欲、煌めき
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2.5-8 剣聖の剣

 闇の宮、その地下空間で、僕とソラは向かい合っていた。

 壁際にはずらりと査問部隊の面々が並び、しかし彼らも近づかない二人がいる。

 一人はカナタ。

 もう一人は、フカミだった。

 どうやらソラもカナタも伝えなかったようだが、この老人も相当な情報収集力があるらしく、前触れもなく、供も連れずやってきた。

「筆頭剣聖が切られるわけもないが」

 そんなことを言われたけど、僕は冷静だった。

 昨日のことが嘘のように、僕の心は静まり返っている。

 いざ、時間になり、ソラがやってくる。僕はもうその空間の真ん中にいた。

「準備はいいか? さっさとやろう」

 彼が腰の剣を抜いたのに合わせて、僕もゆっくりと剣を抜いた。

 カナタが手渡してくれた、特別な剣。

 ソラが何気ない仕草で間合いを詰めてくる、と思ったら、その姿が消える。

 和音の歩法。

 でもそれはよく知っている。

 八番目の音階で、対抗する。一瞬でお互いがお互いの側面を狙おうとし、すれ違う。

 両者とも、剣を振らない。

 ソラは目を丸くしている。

「どこぞの剣聖より速いな」

 もう一度、しかし今度は違う和音の歩法が来る。

 研究は、自然と出来上がっていた。

 もう一度、八番目の音階で対処。ソラが小手先の技を使う予感があった。

 ただ、その予感は、どうやら意図的なものだったらしい。

 ソラの体が再加速。和音の歩法から、和音の歩法へ繋いでくる。

 僕の足が床を蹴る。

 九番目の音階。

 二人がねじり合うように間合いを詰め合って、再び離れる。

 ソラが剣を振り抜いている。

「速い」

 呟くように彼が言う。僕の頬を血の筋が流れた。

 一瞬だ。油断すれば、切られる。

 僕はじりっと間合いを取った。

 次はソラが本気で潰しに来るとわかったからだ。間合いを支配しようとする彼に対し、僕は広すぎるほどの間合いを取った。ほとんど逃げているようなもので、ソラも不快らしい。

「小賢しい」

 その言葉を置き去りに、ソラが一歩、踏み出す。

 僕は飛び出していた。

 ついに完成しつつある、まったく新しい超高速の歩法。

 名前を「絶影」とした。

 ソラとすれ違うのに、瞬きほどの間もない。

 床にソラが転がり、跳ね起き、剣を構える。

 彼の左手へ、血が流れ落ちていく。肩に近い位置が切り裂かれ、血で染まった。

「何をした?」

 答える気はない。

 僕はもう一度、超高速で踏み込む。

 もしソラに剣技以外に選択肢がなければ、僕の一撃で終わっただろう。

 だけど彼には、精神剣がある。

 空間を巨大なものが包み込んだ気がした。

 それはカナタが繰り返し見せてくれたので、おおよそながら、理解できる。

 軌道を変更、ソラの側面から背後へ向かう。

 不可視の力がすぐ背後を走り抜け、反転。

 僕は強く床を蹴りつけて、先へ進む。

 ソラがこちらを振り返りつつ、和音の歩法。

 どうやら精神剣だけで僕を制圧する、という甘っちょろい選択はないらしい。

 直感でのみ把握できる精神剣の背後からの攻撃を回避したところへ、ソラは滑り込む。

 僕にできることはこれしかない。

 つまり、機動力。

 一段、力の込め具合を上げた。

 ソラが見せる、超高速の連続攻撃、十六弦の振り。

 最後の四連撃を回避しきれず、肩、胸、腕を薄く切られる。

 だけど、ほとんどダメージはない。

 正面から受けては捌くことなど到底不可能な彼の奥の手を、僕は足さばきだけで回避したのだった。

 もちろん、精神剣が常にこちらを狙っている。

 今、僕はソラの側面に踏み出したけど、カナタとの訓練では、まさにこの瞬間に、正面から精神剣が放たれるだろう、と推測ができていた。

 精神剣の強みは、超強力であること、不可視であること、そして、発動地点をおおよそ任意で設定できる点だ。

 カナタはこうも言っていた。

 精神剣の使い手があまりに少ないため、戦いにおいての理論が甘い。

 単純に力で相手を制圧する気持ちがあることを加味すれば、発動地点は予測できる。

 事実、僕の眼の前に、力の流れが凝縮されている感じがあった。

 刹那、まさに刹那だった。

 二つのことが起こったわけだけど、僕には自分の身に起こったことしかわからない。

 ソラの精神剣を、僕はすり抜けた。

 予測通りだったからだ。

 そこで深く踏み込み、剣を振った。

 ソラを切れる位置だった。

 でも手応えを感じるより前に、強烈な何かが側面から僕に叩きつけられ、その衝撃の強さに意識を失っていた。

 目を覚ますとベッドの上で、混乱した。

 しかも全身が痛む。腕をあげることもできなかった。

 痛みに悲鳴をあげそうになるのを堪えつつ、記憶を探るけど、目の前にソラがいる、そこに剣を振った、ということしかわからなかった。

 唐突にドアが開く音がして、若い男がヌッと視界に入ってくる。

「自分の名前を言えるかい?」

「エダ・ヘキトラ……」

「所属は?」

 答えづらい質問だったけど、正直に答えるしかない。

「次席剣聖の使用人」

「他には?」

 他に? まさか、査問部隊と訓練していた、とは言えない。

「剣士、です」

「どうして怪我をしたか知っているかい? 相手のことを覚えている」

「えっと、信じてもらえない、かも、しれませんが……、筆頭剣聖と、戦いました」

「よし、特に記憶も混乱していないな」

 どうやらその男性は事情に通じているらしい。

 男性が白衣を着ていることにやっと意識が向いた。医者なんだろう。

 それから彼は僕に薬を飲ませ「明日には少しマシだろう」と言って、どこかへ行ってしまった。部屋に沈黙が落ちる。カーテンの向こうから日が差しているけど、時間も日付もわからない。

 そのうちに薬が効いてきたのか、意識が曖昧になり、眠ってしまった。

 次に意識がはっきりすると、確かに体の痛みはだいぶマシだ。腕も動く。部屋は薄暗いけど、明かりが灯されているらしい。

 どうにか上体を起こそうとすると、誰かが支えてくれた。

 見ると、カナタだ。どこか安堵した表情で、僕の上体を起こしてくれる。

「あんなことになるとは、思わなかった」

 それがカナタの第一声だった。あんなこと? ソラのことだろうか?

「剣聖様は、どうなりましたか?」

 僕が尋ねると、カナタはキョトンとして、疑り深そうにこちらを見た。

「覚えていないのか」

「はい、何も」

 カナタが椅子に座り込み、髪の毛を掻きむしった。聞いちゃいけなかったかな。

「よく聞け、エダ」

 改まった顔で、カナタが言った。

「あいつも怪我を負って、この病院にいる。勝負は、おおよそ引き分けだ。俺も、フカミ殿も見ていた。わかったか?」

 ……引き分け?

「僕は、どうして……?」

 それは僕がどうして怪我を負ったのかを聞いた質問だったけど、カナタは、僕がどうやってソラに傷を負わせたか知りたがっている、と受け取ったようだった。

「ソラはお前の速さについていけなかった。お前の攻撃は、純粋な剣による攻撃だった」

「いえ、そうではなく、この、怪我は?」

 今度はカナタは呆れた顔になる。

「あれは俺もびっくりしたよ。ソラはお前が精神剣の攻撃に熟知しているのを知っていた。お前の正面から力を放ったのは、あれは俺から見れば、際どい賭けだ。実際、お前はあれを回避した。だが、ソラは次の手を考えていた」

「次の手?」

「自分の精神剣に、自分の精神剣をぶつけて、力の流れを強引に変えた。だからお前は、回避したはずの精神剣を、真横から叩きつけられた。ただ、そのわずかな間隙で、お前の剣は確かに届いた」

 なるほど、そういうことか。

 やはり剣聖だな。

 そんな感想が浮かんだ。

「今はゆっくり休め。お前の剣は素晴らしかった」

 僕をもう一度寝かせて、カナタが部屋を出て行ってから、褒められた、と理解が及んで、それと同時に緊張が解けた。

 死ななかった。勝てはしなかったが、死ななかった。

 それは、最上の結果じゃないか。

 僕は目をつむって、ゆっくりと眠りに落ちた。






(続く)

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