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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第2.5部 無垢、貪欲、煌めき
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2.5-6 秘密の部隊

 査問部隊。聞いたこともなかったその中に、僕は混ざり始めた。

 場所は第三王宮と正式に呼ばれるけど、実際は違う名前でこそ有名な場所だ。

 夜になると明かり一つともならない、その王宮は「闇の宮」と呼ばれていた。様々な部署がここで仕事をするので、昼間にはかなり人が行き来する。だけど夜になるとシンとしていた。明かりも灯らない。

 その建物の地下に、査問部隊の中枢があった。

 シュタイナ王国の闇を一手に引き受ける、非合法集団。

 要人暗殺、政治工作などがここでの任務で、これは僕には無縁な領域だった。もちろん、そんな仕事をさせるために、カナタは僕をここへ送り込んではない。

 査問部隊の中の一部隊に、シュタイナ王国の中でも相当の使い手が集められていた。

 彼らにかかれば、世の中の大半の人間の息の根を止めるのは容易い。それは間違いないと僕は見た。

 でも彼らはそんな、そこらにいる人間、権力者や政治家、有力者たちを脅かすためにいるわけではない。

 その部隊の目的は、もしも剣聖がシュタイナ王国に害をなす、となった時、秘密裏に剣聖を始末する。

 剣聖はこの国でも、大陸を見回しても、超高位の使い手である。一対一で剣聖に対抗できるのは、同じ剣聖か、次に剣聖となるものだけだ。

 そんな存在をいかにして倒すか。

 理屈は単純だった。

 数である。

 一人では剣聖に及ばなくとも、五人、十人と束になって襲いかかり、制圧する。

 その戦術は、残酷といえば残酷だ。自分が、もしくは仲間が、相手の剣に倒れることを前提としている。

 この部隊に所属する剣士たちは、自分の名前を歴史に残すとか、誰かに記憶してもらうとか、そういうものとは無縁な人たちだった。

 ただ闇の中で生き、闇の中で死ぬ。

 誰にも顧みられず、称えられることもない。

 そんなことを嫌でも想像して、僕は彼らの訓練に参加したので、彼らが楽しそうに訓練を積む姿に、最初、困惑した。

 剣聖が反旗を翻した例は、歴史の闇の中では何度かあるし、つい数年前に、一人の剣聖が姿を消していた。どうやら査問部隊の中の一部隊は、つい最近までその討伐の任務についていたらしい。

 だから査問部隊が、もしもを想定して作られた、実戦とは無縁の部隊、とはとても言えない。

 それでも彼らには、暗いところは少しもない。

 その理由がわかってきたのは訓練に参加して一週間が過ぎた頃だ。

 彼らは一人一人が、近衛騎士に引けを取らない使い手で、それに自信を持っている。その自分に対する自信と同時に、部隊に対する自信も、僕は感じ取った。

 つまり、彼らは部隊という一個の巨大な構造で、その構造が絶対的な力を持つ、という自負を持っている。

 その構造を前にすれば、自分の命など小さなものだし、構造が機能するためなら、自分が犠牲になってもいい、と考えているようだ。

 カナタの意図を考えたのは、そんな彼らの思考に気づいてからだ。

 僕をどうするつもりだろう。

 とりあえずは、僕は彼らから学ぶことがある。

 そう思うけど、どうも違うかもしれないな、と考えてもいる。僕が腕を振るう場所として、カナタは査問部隊を選んだのではないか。

 いつからそんな構想があったかは、わからない。

 ただ、構想だの思惑だのは、今は必要ない。そう決めた。

 とにかく、剣の技を磨く。

 僕は毎夜毎夜、闇の宮に通い、そこで闇に生きる剣士たちと剣を交わした。

 季節は流れていき、夏、秋、冬、春、そしてまた夏になった。でも稽古では季節を感じることはない。いつも人工の明かり、ひんやりとした空気の中で、稽古しているからだ。それでも昼間はカナタの私邸にいて仕事をするし、王都を走ったりすれば、自然と季節を感じる。

 ただ、時間の流れをものすごく早く感じた。

 もう一度、秋、冬、と過ぎ、僕は十五歳になっていた。

 二年の間に、剣聖の脱走や暗殺は起こっていない。でも査問部隊は稽古を続けるし、力が落ちたと判断されたものは抜けていき、新しいものが入れ替わりで入る。

 僕の剣術もじわじわと進歩し、歩法は九番目の音階を身につけ、これは査問部隊の人たちも対処できず、習得もできない。

 カナタは今でも僕の相手を頻繁にしてくれて、査問部隊では一目置かれる僕でも、カナタとはまだ差があると感じる。

 カナタが使う奇妙な歩法があり、それを彼は、弾みの歩法、と呼んでいる。激しく上下に体を使い、切りおろし、切り上げに威力を付与するような動きである。

 これとは真逆の、真横に滑るように移動していく、不動の舞、という技もカナタは使う。

 この二つを併用されると、カナタの体の動きが極めて不規則になるし、そもそも真逆なので、動きの連結を予測できない。

 結果、彼の木刀を捌ききれず、僕は未だに打ち据えられてしまう。

 これでもカナタは精神剣を使っていないのだ。

 彼が本気になれば、僕一人ではまだまだ、到底、対抗できない。

 ここで査問部隊のようなものがある理由も見える。

 一人ではなく、多数で押し包む。それが査問部隊の信念なのだ。

 査問部隊の連中も気になるようで、カナタの剣術を教えてくれと臆面もなく言ってくるし、何人かで対策を練ったりもしている。

 まさかカナタが敵になると思っているようでもないけど、とりあえずは次席剣聖のカナタを目標に、技を磨けばいいだろう、ということらしい。

 さらに季節は流れ、また四季が一巡りして、春になり、僕は十六歳を迎えた。そう、僕が査問部隊の稽古に参加した時から、僕が最年少だったけど、この時でも最年少だった。

 最年少ながら、もう査問部隊の剣士たちは、僕に指導を求めるのが当たり前になった。

 この一年で、誰も僕に対抗できなくなっている。

 これにはカナタにも話が行ったようで、カナタの方から、「査問部隊の指導をやってみろ」と言われてしまった。

 そのカナタとの稽古では、僕が何度かに一度、木刀を掠らせることができるようになっている。初めて、その事態が発生した時、カナタは目を丸くしてから、微笑んでいた。

 僕の戦法は、とにかく高速で移動することだった。

 間合いを広く取り、一撃離脱を徹底した。

 九番目の音階も超高速だが、それ以上の速さを追求し、これが形になり始めた時、カナタは笑いながら言ったものだ。

「お前の速さには舌を巻くよ、まったく」

 その高速の歩法を練り上げつつ、査問部隊に稽古をつけて、また一年。

 ここ数年の自分の充実ははっきり自覚できたし、楽しくもあった。

 楽しかったけど、不安もあった。

 僕は今まで一人も切っていない。手を汚してない。

 進んで人を殺したいとは思わなかったけど、ごく稀に、査問部隊の剣士が、本気の気迫を示す時、この自分の欠如を強く感じる。

 切っていないどころか、真剣で本気の殺意をぶつけ合っていない僕は、この気迫を受けると、気圧される。

「深く考えることはない」

 カナタはそう言ってくれる。

 僕が納得しない素振りでいると、カナタは別の話題を始めた。

「精神剣を使ってもいいか?」

 なんのことだろう?

「どこでですか? 見せてただけるのですか?」

「違う。稽古で、お前に精神剣をぶつける。当然、手加減はする」

 それはそうだ。本気でやられたら、死んでしまう。

 でもなんで稽古で?

「お前に、精神剣への対処法を実際的に教える。理屈はもう覚えただろう」

 ここ数年、カナタは理論で精神剣への対処法を教えてくれたけど、実際の力は使っていない。

 どうやら、査問部隊の中での僕の様子を見て、一段先に上げていこう、ということらしい。

 僕は強く頷いた。

「よろしくお願いします」

 不安はどこかへ消え、新しいことが単純に僕の思考を埋めていた。






(続く)

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