1-8 不本意な事態
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司令官からの辞令を受け、俺は二個小隊を率いて、蛮族が割拠する一角を駆け抜けた。結局、俺が指揮官に任命されてしまった。雇われているので、断れないから仕方ない。
そのままとある部族の集落にたどり着くと、その部族長が歓迎の宴を開いてくれた。
「ミチヲ、剣、見せて」
片言の言葉しかいえない若い部族長が、宴も終わろうかという時、そんなことを言った。
「見世物じゃない」
俺は社交的な仕様で応じておく。
結局、俺は二個小隊を指揮する立場を命じられ、本部の意向には逆らえなかったわけだけど、その代わり、二個小隊の中に俺の鍛え上げた三班は全部、組み込まれている。
「宴、余興、なる」
やれやれ。
仕方なく俺は席を立った。
宴とは言っても、二つの焚き火を大勢が囲んでいるだけで、食事は質素だし、酒はよく分からない酒、というか、酒のようなもの、しかない。
傭兵たちもその酒にやられたのか、完全に気を緩めている。
俺は口さえつけていない。酒は好きじゃないのだ。
俺は焚き火の近くに立って剣を抜いた。
仕方なく、ラッカスに教わった剣術を披露した。剣術だから、剣舞ほど派手ではない。地味な動きの連続になる。
円を描く剣の振りと脚さばき。
それを何度か繰り返して見せ、俺は剣を鞘に戻した。蛮族の男たちが拍手をし、指笛を鳴らし、地面を手で叩いた。中には立ち上がって足を踏み鳴らすものもいる。傭兵たちも拍手をした。
その次に蛮族の女たちが派手な衣装で踊り始め、それを見るともなしに見ながら、改めて蛮族たちの様子を確認する。
若い者は少ないが、この場にいるものは誰もが屈強と言っていい肉体をしている。ほとんど全員が傍に剣を置いている。
総勢で、この場には五十名程か。我々が加わったことで、この部族の戦力は倍になるわけだが、今回の任務は教導と呼ばれる、調練のようなものが主体なので、戦いにはならないはずだ。
「ミチヲ、良いか? 話、ある」
部族長がこちらに少し身を乗り出す。
「シュタイナ、攻めてくる。守る、協力、欲しい」
……いきなり、きな臭い感じになってきた。
「戦うのは、仕事じゃない」
「傭兵、戦う、仕事」
「契約と違う」
「契約、死んだら、守る、ない」
どうやら、どんな契約を結んでも死んでしまえばそれまで、ということらしい。
「そちらを俺たちが戦えるようにする」
「半月、しか、ない」
「半月?」
いったい、本部はどういう契約を結んだんだ?
それから片言の部族長と宴が終わるまで議論をして、結局、結論は出なかった。
「ハミルはいるか?」
俺は自分の部隊の中でも、子飼いの三班が当てられた宿舎に入った。半分ほどが酔いつぶれている。遊びに来たんじゃないんだぞ。
ハミルというのは俺と同じくらいの年で、しかし俺よりもだいぶ小柄で、身軽な男だ。
少し顔が赤いが、酔ってはいない、はずだ。
「これからまともな奴を二人連れて、斥候に出ろ」
「斥候」
「斥候だ。おい、頭はまともに働いているか?」
「半分は休んでますね」
どうやらちゃんと働いているな。
「シュタイナ王国の部隊の情報を集めろ。近くにいるかもしれん」
その言葉で、ハミルの顔が引き締まった。よしよし、さすがにプロだな。
「地図が欲しいところですが、この蛮族が地図なんて高尚なものは持ってないですね」
「こっちで事前に用意した地図がある。部下を選んだら、俺のところへ来い」
「すぐ動くんですね? 酔ってない奴のほうが少ないですよ」
「使えそうな奴に水でもぶっかけろ。急げ」
ハミルは軽い敬礼の後、小屋を出て行った。
「マルーサはどこだ? マルーサ?」
誰かが、便所です、と答える。やれやれ。
俺は小屋を出て、裏手に回った。案の定、立ち小便をしている男がいる。
「衛生問題を起こすなよ」
俺が横に並ぶと、その男は慌てた動作で用を済ますと、こちらに敬礼する。
メガネをかけた中年の男で、少し腹が出ているが、雰囲気はそれほど柔らかくない。理由は頬にある傷痕と、肩幅の広さからくるのだった。
「これからちょっと情報収集活動に入る」
キラリとマルーサの目が光った気がした。
「敵がいるのですね? どこの部族です?」
「シュタイナ王国だ」
わお、とマルーサが声を漏らす。
「こんなところでシュタイナ王国軍と一戦交えるとは、ひどい冗談です」
「まだやり合うとは決まっていない。まずは状況を把握する」
「動いているのは?」
「まずはハミルに二人をつける。明日にはさらに四つの班を編成して、送り出す」
マルーサが首を振る。
「こんなことなら、適当な人員には飲酒を禁じるんでした。迂闊でした」
「俺だって想像もしていなかった」
「あの酒は変な酒でしたね。飲みましたか? やたら甘いからスルスル飲めるんですが、じわじわと効いてくる。王国ではお目にかかれない代物ですよ」
マルーサとはそれから情報収集について意見を交わしつつ、俺のための小屋に入った。そこではすでにハミルが二人の部下を連れて待っていた。水をかける必要はなかったようで、どちらも頭が濡れていたりはしない。
マルーサも交えて、俺は地図の中のいくつかの点をハミルに示した。ハミルは地図の中での目印やらを自分の手帳に書き込み、じっとそれを見据え、その紙を破り捨てた。
もしも敵に確保された時の用心だ。敵に余計な情報を与えないために、頭の中に可能な限り情報を入れておく。
ハミルと二人の部下が小屋を出て行き、俺はマルーサと明け方まで議論をして、少し休んだ。
朝になると鶏が鳴いて、多くの蛮族の男や女が目を覚ます。
俺たち傭兵団の連中は、前日の痛飲が相当、堪えたと見えて、どいつもこいつも青い顔をしている。
その中から使えそうな奴を選んで、三つの斥候のための班を作り、送り出した。
全員が朝食のために集まった時、俺は声を張り上げた。
「この任務には厄介ごとが持ち上がりつつある! 二日酔いなど吹っ飛ぶような奴だぞ、喜べ、諸君!」
傭兵たちが黙り込み、こちらを注目する。
「最初に言っておくことにしよう。敵は他でもない、シュタイナ王国軍だ」
シンと場が静まり返り、騒めきも起きない。
この程度の事態で動じるような奴らじゃないのだ。
「最初の任務も取り消しじゃない。ここにいる未開の連中に、二日酔いの不愉快さをぶつけるんだ。連中がシュタイナ王国の兵士四人を一人で相手にできるくらいな」
傭兵たちが少し気配を緩ませる。
「それと、これは今、決めておくが、この部族の酒を飲むのは、今後、禁止とする。絶対に禁止だ。一滴も飲むな。そうしないとお前たちは勝手に骨抜きになって、敵と戦うどころじゃないからな」
これには傭兵の数人が不満の呻きをあげる。
「その代わりに、許可することがある」
俺はニヤリと笑って見せた。
「ここの酒を持って帰りたい奴は、荷物にちゃんと放り込んでおけ。シュタイナ王国に戻れば、希少な酒として相当な儲けになるぞ」
傭兵たちが今度ははっきりと笑った。
「では諸君、任務を始めよう。まずは朝食だ」
全員が立ち上がり、敬礼し、また椅子に座った。食事が運ばれてきて、賑やかな朝が始まる。
午前中に斥候が戻ってきて、実際にシュタイナ王国の一部隊が隣の部族の集落の近くで野営していることがわかった。
「規模は?」
「五十名ほどかと」
五十人。こちらと同数だ。こちらが全力で協力すれば、押し返せる。
「シュタイナ王国軍の意図を探れ。気をつけろ」
斥候を再び送り出し、俺はマルーサに視線を向けた。
「シュタイナ王国と共同歩調を取る部族だろうな」
「そうでしょうね。しかし、こんなところで何をしているかは、はっきりしません」
そんなことを言ってるところへ、ハミルが戻ってきた。
「あれはうちと同じ目的ですよ」
水の入ったグラスを口に運び、ハミルがぼやく。
「教導隊です。何度も見ている紋章の旗を掲げている」
「教導隊?」マルーサが眉をひそめる。「で、指導している部族の戦力はどのくらいに見えた?」
「こっちと同数ですね。つまり五十程度でしょう。びっくりするほど、拮抗した戦力です」
俺はハミルたちをもう一度、送り出し、地図を見下ろし、息を吐いた。
「どうにか戦いを回避できないものかな」
「向こう次第ですな」
「向こうというのは、シュタイナ王国、ではなく、我らが雇用主の部族の方々、ということだな?」
まさしく、と頷くマルーサ。
俺はもう一度、地図を確認した。もっと詳細な情報を集める必要が生じつつある。
「これも指導の一環として、蛮族を使うしかないのかな」
「良いじゃないですか、それが我々の本来の任務ですし」
「何もない藪をつついて蛇が出てきた時を教えるはずが、蛇が潜んでいるとわかっている藪をつついて蛇が出てくる時のことを教えるとは」
複雑なことを言わないでくださいよ、とマルーサがぼやき、地図を指でなぞる。
「連中に期待しましょう」
俺は頷くしかなかった。
(続く)