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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第2.5部 無垢、貪欲、煌めき
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2.5-4 才能の発露

 夕方、カナタが帰ってきて、すぐに屋敷に併設の道場へ入った。

 アキラが壁際で控えて、僕とカナタが木刀を手に向かい合う。

 カナタの様子は前とはだいぶ違った。圧迫感はあるが、切迫した、危険な気配ではない。

 じりっと間合いを測るけど、それでも僕は間合いを広く取った。

 これまでのアキラとの稽古の中で、僕自身にも発見があったからだ。

「打ち掛かってこないのか?」

 カナタが苦笑いしている。

 見せてやる。

 瞬間的に気迫が充満し、僕は床を蹴った。

 低い姿勢で、滑るようにカナタのすぐ前へ。

 やはりカナタは並みの使い手ではない。彼自身もわずかな足捌きで、こちらの側面へ。

 ただそれは予測していた。

 床を滑り、さらに先へ。

 お互いの一撃が絡み合い、肩同士がぶつかる。

 僕は即座に離れて、姿勢を作り直す。一方のカナタは堂々と、姿勢を正した。

「素早いな」カナタが木刀を片手で持って、軽く振っている。「だが軽い」

 その姿がかき消えた。

 床を足が踏む音がかすかにして、彼は僕の側面!

 姿勢をわざと崩して、転がる。際どいところを木刀が走り抜けた。

 あとは一方的だった。

 僕が見たことも聞いたこともない動きを見せるカナタを捉えきれない。

 かろうじて回避を続けたけど、それも三回が限度だ。

 強烈な、アキラとは比べ物にならない木刀の一撃を受けて、僕の足が床を離れる。

 この直後に起こったことは、その当時は理解が及ばなかった。

 空中の僕の体にほぼ一度に複数の衝撃が走り、宙を吹っ飛んだ。

 アキラが飛び込んできて、僕を受け止めてくれて、やっと自分が正体不明の攻撃を受けたと理解できた。それでも、詳細はわからない。

 アキラが僕を床に降ろして「大丈夫か?」と声をかけてくるけど、痛みがひどくて、頷くしかできない。脂汗が吹き出した。

「解説する」

 カナタがこちらへ歩み寄ってくる。

「今の足捌きは、音階の歩法と呼ばれるものを組み合わせた、和音の方法だ。攻撃技は四弦の振り。超高速攻撃だよ」

 僕は打たれた脇腹を押さえて、どうにかうずくまらずに、カナタを見上げる。彼は面白いものを見たように笑っていた。

「実力を理解したか?」

「は、い……」

「もうひとつ、面白いものを見せてやろう」

 言うなり、ぽいっとカナタが木刀を放り投げる。

 何が起こるのか、と思ったら、何も触れていないのに、空中で何かに弾かれたように木刀が回転した。さらにもう一回、もう一回と不可視の力が木刀に作用し、木刀はくるくる回って宙に留まる。

 魔法だ。

「見えない力を感じるか?」

 木刀を見ずに、カナタが問いかけてくる。

 僕の背筋に何か、チリチリするものを感じる。でもはっきりしなかった。

「いいだろう、今後に期待する」

 さっとカナタが腕を打ち振った。

 とんでもない音を発して、木刀が縦に二つに裂けて、床に落ちる。

「こんな手品のためにある技ではないけど」カナタが真剣な顔でこちらを見る。「これが精神剣と呼ばれるものだ。筆頭剣聖であるソラと、俺だけが使う技だ」

「精神、剣……これが……」

 アキラから話では聞いていた。でも実際に見たのがこれが初めて。

 不可視の力の流れで相手を切り裂く、そう聞いていたけど、想像以上だ。

 おそらく、あの攻撃を防ぐ方法はないだろう。

 つまり、ソラとカナタは、無敵ということになる。

 打たれた痛みが引いていき、僕は立ち上がるとカナタに頭を下げた。

「ありがとうございました」

「夕飯にしよう」

 食堂へ向かう通路で、カナタが何気なく口にした言葉が、また僕の生活を変えるとは、その時は少しも考えなかった。僕の思考は別のことに必死だった。

 それは、精神剣の持ち主と、いかに渡り合うか、ということだ。

「エダ、これは提案だが」

 急に声をかけられて、意識がカナタに集中する。

「騎士学校の実技のクラスに混ざってみないか?」

「騎士学校ですか?」

「私の権威で、それくらいは押し通せる。どうする? やるか?」

 一緒にいたアキラが、無言で僕の背中を押した。

 というわけで、僕は騎士学校の実技の授業に参加することが決まった。

「あらあら、エダ、なんてこと!」

 初日の授業を終えて屋敷に戻ると、侍女の一人が悲鳴を上げた。その結果、他の侍女が二人やってきて、目を丸くした。

 徹底的に叩き伏せられた僕は、顔にもあざができている。

 騎士学校ははっきり言って、厳しすぎるほどに厳しかった。どうやらカナタは相当な使い手のクラスに僕を放り込んだようだし、その上、生徒たちもいきなり割り込んできた僕をよく思っていないようだ。

 侍女たちはその後、僕の全身の打撲という打撲を念入りに治療し、騎士学校の生徒たちを、かなり汚い言葉で罵倒した。

 そんな感じで始まった生活も、一日、また一日と過ぎ、あっという間に一ヶ月、三ヶ月と進んでいく。季節はまた春になった。

 シーナを出て一年が過ぎていた。

 その頃、騎士学校で自然と仲良くなった生徒がいた。

 名前をアマヒコ・エイターという。

 第三席の剣聖であるフカミという老人に見出された少年で、僕よりはだいぶ年上だけど、重大な共通点があった。

 それは、彼も剣聖候補生に認定されずに、騎士学校へ編入した、ということだ。

 つまり僕がカナタの権威で騎士学校の実技に混ざっているように、彼もフカミの権威で騎士学校へ入ったようだった。

 その共通点により、自然と僕と彼は仲良くなり、僕は騎士学校の授業の前後に時間があれば、アマヒコと稽古を積むことができた。

 アマヒコの剣術は、ものすごく変で、最初は受けから入る。正しくは相手の攻撃に合わせて攻撃を繰り出す。相手が先に動き出すのに、アマヒコの攻撃が先に当たることがままある。

 それと同時に、アマヒコの受けはまさに鉄壁で、不意を突かれる、ということは彼にはありえない展開だと僕は認識を深めた。

「直感的にわかるんだ」

 ある日の授業の後、二人で休んでいる時、アマヒコが言った。

「さまざまな可能性の像が頭の中に浮かんでね、その可能性が瞬間的に一つに集約される」

「可能性? 像?」 

「不思議と、その可能性の通りに、相手は動く。先生は、精神器だろうと言っている」

 彼が言う先生は、フカミ・テンドーのことだ。

 精神剣は精神器の中の一種で、精神器の中でも攻撃的なものが精神剣と呼ばれると勉強していた。ただ、アマヒコのその言葉は、それほどの衝撃もなく、僕の中で受け入れられた。

「なんだい? 驚かないの?」

「うーん、そうだね」考えながら答えた。「君の精神器は、攻撃じゃないでしょ?」

「そうだけど、エダは、現実的だね」

「動きを読まれても、僕の信条なら、打ち破れるはずだ」

 くすくすとアマヒコは笑う。

「君の信条っていうのは、例の、速さが全て、のこと?」

「そう」

「君も現実を直視しなよ。剣が相手を切るし、剣は技でのみ機能する」

 お好きにどうぞ、と僕は応じて、席を立った。

 この頃には、騎士学校の生徒と僕はほぼ遜色なくなっていて、そろそろ一つ上のクラスに上げようか、とカナタが言ったりする。

 そのカナタが、毎日、夜に僕に稽古をつけてくれているのも、上達の一因だった。

 そうこうして、半年が過ぎて、夏も終わるという頃、その人物が王都へ戻ってきた。

 筆頭剣聖、ソラ・スイレン。

 長く王都を留守にしていた彼は、王都に着いたまさにその日に、カナタの私邸へやってきて、そこで僕も彼を初めて見た。

 どこか、カナタと似た様子の人物だな、と思った。

「なんだ、この小僧は?」

「弟子が取りたくなってね」

 そうかい、とソラは言ったきりで、僕に関する話題は終わってしまった。

 この直後、アマヒコは騎士学校を特別に卒業扱いとされ、近衛騎士に昇進していた。

 僕はいつかアマヒコとまた稽古できるように、騎士学校の生徒たちに向かっていった。

 ただ、アマヒコともう一度、稽古することは叶わなかった。

 ソラが王都に帰って一週間もせずに、その話題が周囲で沸き起こった。

 ソラ・スイレンに、アマヒコ・エイターが挑む。

 僕は不安に駆られたけど、アマヒコを訪ねることはできなかった。

 もし訪ねても、アマヒコに笑われるか、そうでなければ、叱られただろう。

 だから、決闘のまさにその日まで、僕はアマヒコのことを、忘れるように努力した。

 そして、その日は来た。





(続く)

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