表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第2.5部 無垢、貪欲、煌めき
78/136

2.5-3 王都での生活

 王都に初めてやってきて、僕は剣聖の私邸に連れて行かれた。

 王都はとにかく全てが豪華で、初めて見る王宮は人間が作ったとも思えない。

「俺は色々と忙しいが、まぁ、こいつの指導を仰げばいい」

 そう言って、剣聖が僕に示したのは、中年の男性で、平服を着ている。しかしこの男性が使用人で一番偉い立場らしい。

 剣聖は名前をカナタ・ハルナツと、あの道場での一件の後、聞いたけど、それ以上の話はなかった。ただ王都で一緒に生活してみよう、と言われたのだ。

 彼の秘書である最上位の使用人の男は、名前をアキラという。

 アキラはまず僕に私邸の中での様々な仕事を教えた。掃除や洗濯、料理などだ。今まで、ほとんど経験がなかったけど、しかし両親がいなくなって自分でやることもあったので、不慣れではない。

 面白かったのは、アキラが毎日、決められた時間、僕に剣術を仕込み始めたことだ。

 カナタと木刀を向け合うまで剣術の経験はなかったけど、アキラと木刀を向け合うと、不思議と心が静かになり、集中している自分がいる。

 不可解なのは、カナタから感じた、よくわからない圧力はアキラからは放出されない。

 なので、純粋な木刀のぶつけ合いのようになる。

 もちろん、僕は何の剣術も使わないので、アキラに当てることはできないし、逆がほとんどだ。アキラの木刀は手加減された勢いで、僕を打ち据える。

 ほとんど遊びのようなもので、切迫した要素は少しもない。

 カナタは日が暮れると帰ってくる。この屋敷でのしきたりらしく、夕食は主であるカナタ以下、全員が揃って食堂で食べる。全員と言っても、使用人、侍女などを全て含めても十人に届かない。それもあってか、全員が一度に挨拶して食べ始める。

 その場では様々な話があるけど、僕が加わってからは、主に僕が話題にされた。

 これができない、あれができない、これを知らない、あれも知らない、そんな感じで、使用人達が笑っているのを、僕はムッとして、一方のカナタは愉快そうに聞いていた。

 一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎ、そんな話題も落ち着いた頃、アキラがカナタに真剣な調子で言った。

「エダを走らせてやりたいのですが、よろしいですか」

 カナタが姿勢を正し、こちらを見る。

「エダ、走りたいか?」

「はい、それは」僕は素直に答えていた。「元は飛脚ですから」

 冗談のつもりではなかったけど侍女たちが控えめに笑った。カナタも笑みを見せ、

「一日に、どれくらい走りたい?」

 正直に言えば、半日くらいは走りたかった。どうも屋敷の中にいると落ち着かないのだ。でも僕は走るためにここにいるわけではないこともわかっている。

「一日に、一時間ほど」

 控えめにそう言った僕に、カナタが頷く。

「二時間、時間を作ろう。アキラ、頼む」

「承知しました」

 こうしてその翌日から、僕は仕事の一部を免除されて、王都の中を走り始めた。この二ヶ月で、何度も使いに出されていたので、王都のおおよその地図は頭に入っていた。

 二時間は、はっきり言って物足りない時間だ。もっと走らないと、体がどんどん鈍る気がした。でも時間は限られているわけで、自然と質を上げるしかない。

 王都は平坦な地に作られているけど、坂がないわけじゃない。なので、無理やり坂を駆け上がったりした。

 他には、ペースを頻繁に変えて、不規則だけど、全力疾走して、息が切れたらペースを落とし、余裕ができたらまた全力を出す、などしてみた。

 季節は真夏で、汗をものすごくかく。顔見知りになった店で、飲み物を買うと、僕がまだ子どもだからだろうけど、ちょっとしたお菓子をくれたりする。

「エダも精が出るね」

 店主の女性が声をかけてくる。

「ゆくゆくは剣聖様の飛脚だね」

「そうかもしれません」

 健気なふりをしてそう言いつつ、僕自身はそんなこともないのでは、と感じていた。

 剣術の稽古は続いていたし、それにカナタが個人的に飛脚を雇う理由はない。剣聖ともなれば大きすぎる権力があると、さすがに僕も気づいていた。

 僕がまさかシュタイナ王国で一番足が速い飛脚ではないだろう。カナタの権威を使えば、国中を探して、最も足の速い男を手元に引き寄せることもできる。

 では、僕がここにいる理由とは、なんだろう?

 季節は移り変わり、秋になり、冬になった。

「カナタ様、一度、エダを見ていただけますか?」

 夕食の場で、前置きもなくアキラが発言し、カナタが彼をちらっと見た。僕も理由を理解していなかったので、アキラの方を見た。

「何か、あるのか?」

「剣の筋が、伸びてきました」

 全く身に覚えがなかったけど、カナタは軽く頷き、「明日は早く帰る」と答えた。

 夕食が終わり、僕は侍女たちと一緒に皿洗いを始めた。

「アキラさんも、容赦ないわねぇ」

「剣の筋だなんて、エダをどうするつもりかしら」

「剣聖候補生でもないのにねぇ」

 三人の侍女がかしましく、皿を片付けていく。一人が僕の肩を叩く。

「剣術が嫌なら、そう言って良いのよ」

「嫌ではないんです」

 そう答えると、侍女たちが笑う。

「剣聖のそばにいるんですもの、自然とそうなっちゃうのかもね」

「痛い思いをしてまでやるもんじゃないわよ。そもそも剣術は、人を傷つけるものだしねぇ」

 人を傷つけるもの。何気ない言葉の、何気ないその表現が、ストンと胸の底に落ちたのを、僕は感じた。

 ここのところ、アキラとの剣術の稽古は、ほぼ腕前が拮抗しつつある。アキラの剣術の腕前はかなりのものだけど、やはり彼の方が年を取っていて、持久力がない。稽古を続ければ続けるほど、こちらの動きのキレの方が有利になる場面が増えた。

 自分でも驚くけど、僕は木刀を自在に扱えるようになっていたのだ。

 だから、アキラはカナタに意見したのかな?

 皿洗いが終わる頃、アキラがフラッとやってきた。

「エダ、いいか?」

「はい」

 二人で中庭に出て、ベンチに腰掛けた。すでに夕闇が降りてきていて、空には星が見えた。

「カナタ様に、全力をぶつけるのだ。何も考えず、全てを出しなさい」

「明日のことですか?」

「そうだ。ただ、これは明日に限られたことではない」

 どういうことかわからない僕に、アキラが静かな眼差しを向けてくる。

「どんな場面でも、一回しかやってこない、そう考えて、出し惜しみをしない。それが何よりも重要になる。それを今、伝えておく」

 どう答えるべきかわからないままの僕に、かすかにアキラが笑みを見せ、それから天を仰いだ。そのまま少しの沈黙があり、彼はゆっくりと口を開いた。

「剣とは非情なものだ。それを私は、お前に教えてやれなかった」

「まだ、教えていただける機会はあります」

「どうだろうな」

 そう言ったきり、アキラは黙り、空を見上げていた。

 彼がもう一度こちらを見て、「中に入ろう」と口にして席を立ち、話は終わってしまった。





(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ