0.5-12 新時代の幕開け
国王は、シュタイナ十三世で、年齢は二十歳を過ぎたくらいだと聞いていた。
しかし当の国王自身を前にすると、その表情はどこか精彩を欠いていて、逆に瞳だけがギラギラしている。
この人は他の人とは違う。
自然とそう考えた。
「ソラ、カナタ、見事であった」
自然と、心が震えるような声音なのは、感動というよりも、恐怖に近い。
僕は今、筆頭剣聖を倒し、シュタイナ王国の剣士の頂点へ上り詰めたはずだ。
しかし目の前にいるこの青年王は、その僕をいともたやすく葬れる。方法や手段は想像できないくても、それが事実として僕の心に押し寄せた。
直立したまま、玉座を見上げる僕たちをよそに、フカミが言った。
「陛下、ここに、剣聖は新時代を迎えた、ということになります」
「新時代?」
国王の視線の前に、フカミが軽く顔を伏せた。
「正しく。若い、新しい力が出現したのです。それも、抜群の剣技の使い手であると同時に、精神剣の使い手が、二人同時に出現しました。まさに新時代」
「精神剣のことは私も知っている。二人の力量が見たい。見せよ」
僕とカナタは視線を交わし、ゆっくりと歩いて間合いを取った。
「待て」
国王の言葉に僕たちは足を止め、彼を見上げた。
「私を殺してみせろ」
何を言っている?
「私に向かって、力をぶつけてみよ」
全く理解できない。精神剣のことを本当に知っているのか。
「やれ、ソラ、カナタ」
まるで気にした様子もなく、フカミが促してくる。
僕は国王に向かって片手を持ち上げた。カナタが動揺しているのをよそに、僕は力を練り上げ、解き放った。
自棄になったのでもなく、反発、反抗が僕の心理の表現として近いだろうか。
とんでもない轟音が響き、壁が、床が、全てが震えた。
玉座の背後に、壁が激しく抉れている部分がある。
そこを狙ったわけではない。
僕は国王その人を狙った。
ただ、力が逸らされた。
「さすがに筆頭剣聖、躊躇わぬか」
国王のすぐ横に、女性が進み出てきていた。まだ若い。僕よりは少し年上に見える。
服装は侍女の服装だが、腰に短剣が見える。
しかし彼女の本当の力は違う。
間違いない。彼女は、精神剣の使い手だ。
彼女が、僕の一撃を逸らした。力量としては、僕やカナタと互角だろう。
「良いだろう、筆頭剣聖ソラ・スイレン。次席剣聖カナタ・ハルナツ、お前も歓迎しよう」
すっとシュタイナ十三世は立ち上がり、こちらに微かな笑みを見せた。しかし何も言わずに、そのまま侍女と一緒に退出していった。
いつの間にか十一人の剣聖が起立し、それを片膝をついて、顔を伏せて見送った。
国王の気配が消えると、剣聖たちが肩の力を抜き、めいめいに部屋を出て行く。僕とカナタのところへ、フカミが歩み寄ってくる。
「貴様は大逆人になりたいのか? ソラよ」
僕は笑みを返す。
「陛下の言葉には、自信があった。それを信じたまでです」
「しかしやりすぎだぞ、あれは」
「やりすぎ? でも僕は本気じゃありませんよ」
やれやれと首を振るフカミは、今度はカナタに目をやり、小言を言い始めた。
それを無視して、僕は自分に向けられている視線を見返した。
クラタ・オノエカミがこちらを見ている。
どこか絶望しているような瞳の色だった。僕がじっと見据えていると、彼は一度うつむき、それから身を翻して、部屋を出て行った。
「いいか、ソラ、カナタ。お前たちには騎士学校から特別に講師を選抜し、座学を受けさせる。お前たちほど年少の剣聖など、前代未聞だ。剣聖が座学とは、笑い者にされるわ」
「それはないですよ」僕はフカミに対してわざと凄みのある笑みを見せた。「僕たちを笑ったら、殺される、と誰もが思いますよ。僕は筆頭剣聖を切った上に、国王陛下へ力をぶつけた人間ですからね」
「そういう態度がいかんのだ! まったく、子どもはこれだから!」
結局、三十分ほどフカミは説教をして、それから剣聖としての執務室に案内してくれた。しかしまさにその時、前任者の従者が部屋を片付けていて、気まずかった。従者は泣いていた。ただ、僕を見ると真っ青な顔で荷物をまとめ、部屋を飛び出していった。
本当に、僕が人殺しを好む、と思われているかもしれない。
その日はそれで終わりで、まずは騎士学校の宿舎を引き払え、とフカミに命じられて、それに従った。
第二王宮から騎士学校へ戻る馬車の中で、街頭に人が集まっているのが見えた。その人だかりのせいで馬車が立ち往生をして、しばらく止まっていた。
馬車が騎士学校に入った時、御者にあの人だかりはなんだったのか聞くと、「これですよ」と、彼が新聞の号外を渡してくれた。ちゃっかり受け取ったらしい。
そこには大見出しで「新時代の剣聖が二人同時に誕生!」と書いてあった。
読む気も起きずに御者に号外を押し付け、宿舎に入った。もう日が暮れていて、それもあって騒動にならないのは助かった。
翌朝になると結局は騒動になるので、僕とカナタは急いで部屋を片付け、荷物を抱えて宿舎を出た。
初めて、夜の王都に出た。多くの人が、夜を楽しんでいる。
第二王宮へ向かって歩きながら、カナタが呟くのが聞こえた。
「あの一撃が出せる、それがソラが筆頭剣聖の理由だな」
僕は無言で、歩き続けた。
深夜に第二王宮に入る時、すでに僕とカナタは身分証などなくても、近衛騎士たちは誰何せずに入れてくれる。それがすごい違和感だった。
カナタと別れて、剣聖の執務室へ荷物を置いて、私室に移動する。そこで若い女性が待っていた。最初、国王の傍にいた女性かと思ったが、服装が同じだけで、別人だ。
「筆頭剣聖様のお側に仕えさせていただきます」
彼女が深く頭を下げてそう言ったので、僕は、これも剣聖の生活か、などと、他人事のように感心した。しかし彼女が頭を上げないので、僕の言葉を待っているのだと遅れて気づいて、少し慌ててしまった。
「詳しい話は明日にしましょう。今日はもう遅い。遅過ぎる」
「はい、わかりました」
「明日から、よろしくお願いします」
改めて頭を下げ、侍女は下がっていった。一体いつからここにいたんだろう?
部屋に備え付けのお風呂で、おっかなびっくり汗を流して、部屋に用意されていた服で、ベッドに入った。
視界に何度も何度も、ムラサメの剣が浮かんだ。
そして、カナタの一撃の軌跡も、浮かぶ。
ムラサメとアフミの技量に大きな差はない。
カナタとムラサメが当たったら、どうなったのか、それが気になった。
カナタは、ムラサメが相手でも、一撃で終わらせただろうか。
逆に、僕はアフミと当たったら、一撃で終わらせられただろうか。
答えは出ないまま、翌朝になった。身支度をしていると、侍女が静かに部屋に入ってきて、僕を見て目を丸くした。驚きを押し隠した様子で、彼女が頭を下げる。
「おはようございます、何か、することはございますか?」
「うーん、どうだろう、朝食はどこで食べればいい?」
「別のものがこちらまで運んできます」
「そうか。カナタの部屋で食べることもできる?」
今度こそ、侍女は困惑を隠せなかった。
「カナタ・ハルナツ様ですか?」
「うん、そう」
「可能ですが、では、次席剣聖様のご都合を尋ねて参ります」
「その必要はないよ。彼とは親友だ」
そんな感じで、僕の剣聖としての生活は、いきなり始まった。
その日に大きなニュースとなったのは、クラタ・オノエカミが自害した、というもので、これは午前中には正式に、剣聖の全員が顔を合わせて、報告が行われた。
それが僕とカナタの、剣聖としての初仕事の場になった。
クラタの自死の理由は不明で、遺書もない。
しかし自分の剣で胸を貫いているので、自殺以外にありえない。
フカミなどは一度に三人の剣聖が入れ替わることを嘆いていたけど、僕としてはそれほど気にならないのは、新参だからだろうか。
結局、欠けた席をどうするかは、後日、会議をすることになった。
それから一週間後、僕の元に書簡が来た。
それは祖父が亡くなったという内容だった。書いたのは母らしく、その署名がある。
僕が剣聖になったことは、第二王宮に入った翌日には、速達でイシザ村に伝えていたけど、まさか祖父の死の報告が帰ってくるとは予測できなかった。
文書の内容としては、葬儀は既に済ませているし、僕がどうこうする必要はない、というものだった。
結びの言葉の前に、
「あなたの成功を祈っています」
と、書いてあった。
僕はその手紙を大事に保管することにして、心のどこかで、もう二度と母にも会えない、という確信を感じていた。
僕の生活は様変わりして、色々なことが降りかかってきた。
母からの手紙は、ずっと大切に保管されることになる。
それ以降、母からは何の連絡もない。
十六歳で筆頭剣聖の座に着いたソラ・スイレンは、精神剣の使い手として名を馳せたが、同時に、シュタイナ王国で最も優れた剣術家、としても知れ渡ることになる。
彼の精神剣は「剛刃」と名付けられ、剣聖としての称号は、「覇の剣聖」となる。
しかし、彼には別の通り名も、自然と与えられた。
挑戦してくるものを退け続けたがために付けられたその名。
それは、処刑の剣聖、である。
(第0.5部 了)