0.5-11 剣聖の座
剣聖との決闘は、第二王宮の中の閲兵の間で行われることになった。
この巨大な空間には、国王が隣席する席と、十三人の剣聖の席がある。
何段か高い位置の玉座にシュタイナ王が着いた時、僕もカナタも膝をつき、頭を垂れた。
「ソラ・スイレン、カナタ・ハルナツ」
初めて聞く国王の声は、どこかか細く、力強さに欠けていた。
「二人の実力を見たい。剣聖を指名し、力を見せよ」
「まずはソラ・スイレンから」
その声はフカミの声だった。僕とカナタは立ち上がり、かすかな目配せの後、カナタは壁際へ下がっていった。
部屋の中央で、僕はまっすぐに立ち、剣聖を眺めた。
「ソラ・スイレンには、クラタ・オノエカミを当てる」
フカミの宣言に、ゆっくりとクラタが席を立とうとした。
「待ってください」
それを、僕が発言して止める。クラタも、他の剣聖も、不審そうにこちらを見た。
「私は、筆頭剣聖、ムラサメ・エンガハ様との決闘を望みます」
全員の視線が、一人の男、ムラサメに向いた。
彼は、初めて王都に来たその時、僕にグラスを投げた相手だった。
筆頭剣聖、つまり、シュタイナ王国で最強の剣士だろう。
それに僕のような十代の小僧が挑むと宣言している。
しかし誰も問い質すことはせず、じっとムラサメを見た。
当のムラサメは、ゆっくりと立ち上がると、剣を腰に帯び、進み出てきた。クラタは逆に、椅子に戻る。
僕にはもう、ムラサメしか見えなかった。
フカミが宣言する。
「では、ソラ・スイレンと、ムラサメ・エンガハの立ち合いを、始める。このグラスの落ちるのと同時に、始めよ」
僕の視界の外で、事前の話の通り、フカミがこれからグラスを投げる。
それが床で砕けた時、死闘が始まることになる。
僕は集中していた。ムラサメも、落ち着いている。
これから殺し合うとは思えない、不思議な空気だった。
何かが動く気配。微かな音。
甲高い音ともに、グラスが割れる。
反応はほとんど同時。
僕は和音の歩法で、空間を突っ切る。
ムラサメも奇妙な歩法でこちらへ突っ込んでくる。
間合いが消えると同時に、二人がすれ違い、即座に反転、再びすれ違った。
僕は剣を抜いている。ムラサメもだ。
お互いに動きを止めることはない。
ぶつかり、すれ違い、またぶつかる。
ぶつかる度に激し火花が散り、剣が空気を切り裂く音と、剣同士がぶつかる音が絡み合い、背筋が冷える音の織物として響き渡る。
僕は精神剣を使うつもりはなかった。
純粋な剣技で勝つ。
ムラサメを指名することは、昨日、決めた。
剣聖同士の決闘はほとんどないと聞いていたし、ここでムラサメと戦わなければ、二度とチャンスはないだろう。
それに剣聖になるのなら、最上位に立ちたかった。
祖父の考えは少しも考えなかったけど、自然と、ムラサメに挑むと決めていたのだ。
激しい応酬が続く中で、僕はムラサメの呼吸を読んでいった。
奥の手の十二連撃である、十二弦の振りを繰り出す。
ムラサメの剣撃はかなり高速なので、これにも付いてくる。
きわどいところだった。
僕の瞬く間に繰り出された十二回の攻撃を、全て、ムラサメは凌いだ。
逆に必殺の一撃が、こちらへ向かってくる。
決着を予感した。
切っ先が走り抜ける。
僕のすぐ横を。
音階の歩法の研究から見つけた、八つ目の、存在しないはずの歩法。
僕の体はムラサメの側面に占位。
ただ、ムラサメはまだ余裕を感じていたようだ。
僕の十二連撃を捌ききったことで、彼にはこちらの攻撃を見切った実感があったはず。
僕な心の中で、唯一無二の親友に感謝した。
僕はただの一振りの、一回だけの攻撃を繰り出す。
位置からして、ムラサメはそれを跳ね除けようとするだろう。
そんなこともわかった。
わかったから、この攻撃を選んだ。
伸びていく切っ先に、ムラサメの切っ先が当たる、という瞬間。
僕の剣が、加速した。
カナタから教わった、伸びの剣。
切っ先が鈍い感触を伝えてきて、湿った音がした。
ぐらっとムラサメがよろめき、こちらに正対する。
だが、もう決着はついていた。
一歩、二歩とムラサメが下がったかと思うと、そのまま仰向けに倒れこんだ。
彼の左胸が真っ赤に染まり、その赤がさらに広がると、血だまりが出来上がった。
僕の一撃は、彼の心臓を正確に破壊していた。
静まり返った部屋に、フカミの宣言が静かに響いた。
「この勝負、ソラ・スイレンの勝ちとする」
剣聖たちは、何も言わなかった。ただ僕は頭を下げて、血に濡れた剣を鞘に戻すと、壁際に下がった。国王の顔を見たかったけど、それはやめた。
きっと恐怖しているだろう、と思ったからだ。
係員がムラサメ・エンガハの遺体をどこかへ運び出し、カナタの出番になった。
「私は」まるで僕の真似をするようにカナタがフカミより先に言った。「次席剣聖のアフミ・リトラ様との勝負を所望します」
今度は全員の視線が、空席の隣に座っている女性に向けられた。
彼女は顔面蒼白に見えたが、拒絶もできず、立ち上がり、進み出てきた。
僕の時と同じにように、フカミがグラスを投げる。カナタも、アフミもそれを見ていない。二人の集中の強さが感じ取れたけど、僕の感覚では、カナタの方がより深く、集中を高めているように見えた。
グラスが、割れた。
アフミの姿が消える。超高速の踏み込み。
それは僕が予測した、精神剣に対処するための剣聖の戦法そのものだった。
精神剣に対処するには、高速に輪をかけて高速の一撃、それしかない。
しかしカナタは、動かなかった。
いや、いつの間にか剣を抜いて切っ先が天に向いている。
湿った音ともに、地面に倒れたのは、アフミだった。
彼女の体はカナタの背後にあり、激しく転がり、停止した時、もう二度と動かなかった。
僕よりも鮮やかに、カナタは剣聖を仕留めていた。
芝居がかった様子でカナタが剣を鞘に戻す。
「カナタ・ハルナツの勝ちとする」
フカミの宣言の後、ついに剣聖たちが言葉を交わす、わずかな音が空間に広がった。一方で、アフミの亡骸は淡々と片づけられていく。
剣聖の座、その一番上と、二番目の席が、十代の子どものものになった。
彼らには受け入れがたい事実だろう。
「顔を見せよ」
シュタイナ国王のその一言で、場が静まり返った。
僕はカナタのすぐ横に並び、国王を見上げた。
国王が無表情にこちらを見下ろしている。
まだ若い国王の瞳には、恐怖はない。怯えもない。
愉快がっている色があった。
(続く)