0.5-10 力比べ
決闘の三日前に、僕とカナタは、自然と決着をつけるつもりになっていた。
不思議と、僕もカナタも、それぞれに同じことを考えたのだ。
いったい、僕とカナタ、どちらが強いのか。
剣聖候補生であり、精神剣の持ち主。
そして、この二年と少しの間、切磋琢磨してきた相手。
今までどちらが強いか、比べたことはない。
そして今、比べなければ、二度とそれを知る機会はないかも知れない。
時間は実技の授業の時間帯で、二人きり、静かだった。
場所は、騎士学校の敷地内にある中庭で、ガランとしている。
僕もカナタも真剣を抜いて、向かい合った。
合図も何もない、言葉もない。あったとすれば目配せだけど、目配せというにはあまりに殺気がこもりすぎていた。
弾けるように、二人が地を蹴る。
僕は心が踊るどころか、凍りつくように冷静になっていた。
二人が交錯し、すれ違ったと思ったら反転、再び衝突。
カナタの伸びの剣は、こちらの反応でギリギリ、対処できる。
少しでも気が緩んだり感覚がずれれば、傷を負うのは確実。
僕が繰り出している四弦の振りも、受け損なえばカナタはズタズタだ。
お互い本気で攻撃している。
間合いを支配するべく、和音の歩法でカナタの側面に回り込み、高速攻撃。
ぐんとカナタが身を沈め、これを回避し、直後、今度は跳ね上がるようにしたから切りつけてくる。剣の振りに体の動きが加わり、こちらを上回る超高速の一撃。
和音の歩法で、回避。切っ先がきわどいところを駆け抜ける。
伸び上がった姿勢のカナタがそのまま跳躍、頭上からの一撃を見舞ってくるのを、僕は剣で弾く。
着地の瞬間は無防備、という鉄則を再現し、地面に足がつく前のカナタに遅いかかる。
不自然にカナタの体が地面に吸い寄せられるように移動。
さらに、そのまま真横にその体が移動する。
奇妙なその移動は、彼が、不動の舞、と呼んでいる歩法で、回避のための歩法ではない、真横に移動することで、攻撃のタイミングを測らせない技術。
つまり、攻撃が来る!
僕は構わず、八弦の振りを繰り出す。
カナタは僕から学んだ四弦の振りを繰り出し、こちらの前半の連続攻撃を正確に弾き返し、後半の四連撃は極端に間合いを取って逃れる。
広い間合いができて、お互いに動きを止めた。
剣術ではほぼ互角。まだ隠しているものはものはあるが、それはそれぞれに、最後の瞬間に残しておく余地だろう。
つまり、僕とカナタが本気で殺し合うことになる時を、お互いが想定している。
すうっと僕は剣を下げ、不可視の力を意識した。
ガン! と激しい音が響き、空気が震え、波となって押し寄せた。
カナタも切っ先を下げ、こちらを睨んでいる。
精神剣のぶつけ合いになる。
不可視の力同士がぶつかり合う。直線で、曲線で、離れた相手を狙い続ける。同時に、相手の攻撃を阻み続ける。
中庭にある梢がまるで強風が吹きれるが如く激しく揺れたかと思うと、一瞬で押し潰され、バラバラになり、飛び散った。
花壇がえぐられ、粉砕される。
木の葉が、花弁が、舞い上がり、すり潰された。
僕のすぐ横を一撃が走り抜けた。
カナタがわずかに姿勢を変える。僕の攻撃は当たらない。
空中で火花が散り、バチバチで爆ぜる。
力同士のぶつかり合いが、不可視のはずなのに、まるで像を持ったように見えるほど、宙に痕跡を残す。
破綻は一瞬だった。
激しい爆発じみた衝撃に、僕は僅かに姿勢を乱し、片膝をついた。
一方のカナタは、転倒していた。
我に返ったのと、終わった、と感じたのは同時だった。
「カナタ!」
樹木の残骸や花壇の残骸を踏み越え、いつの間に地面が抉れてできている溝を飛び越え、カナタに駆け寄る。
すでにカナタは身を起こしていて、頭を振っている。怪我はなさそうだ。
「大丈夫? どこか痛まない?」
「ああ、大丈夫、問題ないよ」
カナタは座り込んだまま頭を押さえ、もう一度、首を激しく振った。
「あまりに集中しすぎて、何もわからなくなったよ」
カナタがやっと手を下げて、こちらを見上げた。
「俺の負けだな。君の方が強いと、全ての面ではっきりした」
「ものすごい僅差だと思うよ。そうじゃない?」
「もちろん、そうだな。俺と君が本気で殺し合うとは思えないけど、そうなったら、引っ繰り返せると俺は思っている」
不敵な笑みを見せてそういうカナタに、僕は手を差し出した。
「その時を楽しみにしているよ」
カナタが僕の手をつかんだので、僕は力を込めて彼を立ち上がらせた。
「しかし、これはちょっとやりすぎたな」
カナタが周囲を見たので、僕ももう一度、周りを確認した。
まるで大災害が起こった後のように、中庭はめちゃくちゃに壊れていた。校舎の窓際には生徒がずらっと顔を向け、こちらを見ている。
明らかに恐怖しているのがわかった。
「フカミの考えの理由がわかるよ」
カナタが、どこか虚ろな声で言った。
「俺たちは普通じゃない。騎士学校も、近衛騎士団も、俺たちを受け入れる器じゃないんだ。そういう小さすぎる器に入っていると、他の奴らが迷惑するし、そういう連中からすれば、俺たちは恐怖の対象でしかない。異質で、異常なんだ」
「剣聖という立場になれば、僕たちは異質じゃなくなるかな」
「わからないよ、そればっかりは。ただ、おそらくこの国で一番大きい器は、剣聖の一角、なんだろうな」
教師が駆けつけてきて、僕たちにやはり怯えた様子で指導をしてから、すごすごと去っていき、入れ違いに騎士学校の用務員がやってきた。
「あんたたち、人間かい?」
初老の用務員の主任がそう言って、僕たちを見たので、思わず僕は笑ってしまった。
「化け物に見えますか?」
「これは人間の所業じゃないね。ただ」
「ただ?」
用務員の男性が愉快そうに笑った。
「あんたたちが人間に見えるのは、事実だ」
彼が笑ったので、僕も笑った。カナタだけが、理解できないという顔で、そこにいた。
人間に見える。
僕は異常な力を行使できるけど、人間なんだ。
用務員が続々と集まってきて、中庭の修繕を始めたので、僕とカナタは中庭の隅に置かれたベンチで、彼らの仕事を観察しつつ、話をした。
「剣聖は精神剣をどう封じるんだろう? これだけの威力は、人間には防げないよ」
カナタの指摘に、僕は考えを口にした。
「一撃必殺でくるだろうね。僕だったらそうする。こちらが精神剣を発動する前に、片付けるって寸法だよ。それが最も単純で、合理的じゃないの?」
「それをソラはどう回避する?」
「もちろん、相手が開始と同時に最速、最強の攻撃を繰り出してくる、と推測して、対処する」
カナタが腕組みをして、顔を俯けて、考えている。
僕の方はもう何も考えていなかった。
「剣聖は絶対に、長期戦には持ち込まない。だから、全ての点において速さを重視する。今言った通り、最速の攻撃を仕掛けてくるか、そうでなければ、最速の機動で、こちらの精神剣を回避する策を使うか、だね。まあ、後者は僕の中では良い作戦ではない」
「俺は俺で考えておくよ」
ところで、とカナタが話題を切り替える。
「第十席の剣聖、クラタ・オノエカミが、君のお父さんの仇だって聞いたけど、仇を討つのかい?」
「ああ、そのことか」
僕は未だに、彼が父親の仇とは思えなかった。情報の上ではそうなっている、という程度の実感しかない。
何せ、父親が死んだ時、僕は生まれていない。
顔は写真で見たけど、記憶の中ではもう曖昧だ。
それに、剣聖との決闘は、僕の個人的な問題だ、とも思っていた。
「別に父親は関係ないね。父について、僕は詳しく知らないし。仇とも、思っていないんだ」
「そうか」カナタがわずかに眼を細める。「君を鍛えたお祖父さんは、どうだろう?」
「え?」
意外な言葉だったけど、僕の頭はすぐに思考を再開した。
祖父がどう思うか。祖父は、僕が剣聖になることを望んでいるようだったけど、それは仇を討て、という感じではない。
そもそも祖父はクラタが仇というよりは、剣聖と座を仇のように認識していた、と僕の意識の中では解釈できる。
つまり、僕が剣聖の座を一つ、奪うことが、祖父にとっての復讐である、ということだ。
ただ、クラタを放置することは、祖父の中ではどう解釈されるか。
祖父とも母とも二年以上、会っていない。
二人の考えを聞く機会も、ないままだ。
「ごめん」カナタがポンと僕の肩に手を置いた。「迷わせるようなことを言って、悪かった」
「ああ、うん、少し考えておくよ。決闘までには、整理しておく」
授業がを終わる鐘が鳴らされる。また座学に行かなくては。
ベンチから立ち上がり、もう一度、中庭を見た。
激しい破壊を起こしたのは、僕とカナタだ。
そして次に僕たちは、剣聖の誰かの全てを、破壊することになるのだろうか?
ゆっくりと破壊に背を向け、僕は歩き出した。
(続く)