0.5-9 挑戦への道
騎士学校に入って、二年が過ぎ、僕は三年生になった。
騎士学校の敷地に新一年生が溢れている中、僕とカナタは肩を並べて、建物の一つに向かっていた。
「特別学級の先は、なんだろうな」
カナタは自信に溢れた、力強い声で、話すようになった。
「どうだろうね」僕は軽い調子で答えた。「近衛騎士の訓練に混ざるように、とか?」
去年の秋、僕とカナタは騎士学校の実技のクラスの中でも、最上級生のクラスのさらに上、特別な使い手が集められる特別学級に入るように言われた。
候補生騎士団の面々とは、まだ自主的な稽古を続けているけど、最初からいた三年生と二年生の三人は、最上級生に混ざっていて、僕とカナタが追い抜いた形だった。
この特別学級ははっきり言って、手加減する余地はほぼなかった。
近衛騎士に任命されることが確実な上級生が六人で、そこに僕たちが混ざったわけだけど、彼らは近衛騎士になると言われるだけあって、尋常ではない技量だ。
それでも冬の間、僕とカナタは激しい稽古を勝ち抜き、六人を圧倒したのが、つい先日だ。
教官は現役の近衛騎士だったけど、青い顔をしていた。
そんな具合で、次の年度はどうなるのかな、とカナタと話していたら、運営部に呼び出された。実技に関する通知だろうと、僕とカナタは考えて、しかし特に不安もなかった。
僕はすでに十二弦の振りと呼ぶべき十二連撃の習熟をしている段階で、カナタも自分の剣術を相当なレベルに高めている。
もう二人とも、近衛騎士とも引けを取らない。
まだ行き着くところもで行った、とは思っていないけど、しかし自分たち以上の使い手がどれだけいるかは、想像が及ばない。
建物の中に入り、受付で話をすると、会議室の番号を教えられた。
その番号の札のかかったドアをノックすると、「入れ」という返事だった。
僕とカナタが顔を見合わせたのは、その声が誰の声か、すぐにわかったからで、しかし逃げ出すわけにもいかない。
仕方なく、二人で中に入り、想像通りの相手と対面した。
「努力しているようで、結構なことだ。ソラ、カナタ」
老人は今日はマントを身につけていないが、見間違えるわけもない。
剣聖の第三席、フカミ・テンドーだった。
剣聖に対して敬礼しないのは無礼だけど、その例外が剣聖候補生だった。なので、僕もカナタも、姿勢を正すだけで、直立している。
フカミがじっとこちらを見て、頷く。
「楽にしていい。特別学級を制圧したらしいな」
「ええ、まあ」
どう答えるべきか迷って、曖昧に答えていた。フカミが睨み付けてくるので、それとなく視線を外した。
「自信がありそうだな、二人とも。そんなお前たちに、私から贈り物がある、と言ったらどうする?」
「贈り物ですか?」
不審そうにカナタが言うと、フカミは堂々と頷く。
「そうだ。正確には物ではないが」
「詳しく教えてください」
乗ってきたな、という顔で、フカミがずいっとこちらに身を乗り出す。
「剣聖と戦ってみないか?」
想像だにしていない事態だった。
剣聖と決闘するのは、基本的に学生には不可能だ。
ただ、例外はあったと、聞いたことがある。使い手として認められれば、決闘を斡旋されると噂で聞いた。
その噂は本当だったのだ。
「二人とも、動じないな」フカミが一転、面白くない、という顔で言葉を投げつけてくる。「やる気がある、と受け取ってもいいのか?」
「ええ、それは、はい」
僕があまりに自然に答えたからだろう、隣にいるカナタがビクッと体を震わせて、僕を見てくる。僕が視線を返すと、カナタも落ち着いたようだった。
フカミだけが、不快げな様子で、椅子に座っているのが、どこか滑稽だった。
「二人とも、自信があるのは良いが、剣聖は並ではないぞ。二人ともが精神剣の持ち主、というのは特別だが、剣聖という立場も特別だ」
僕が頷いて、カナタも頷いた。フカミも頷く。
「では、二人には剣聖への挑戦を受ける意思があると見て、私の方から話をつけておく。一ヶ月後には、機会を用意できるだろう。連絡を待っていなさい」
フカミが立ち上がり、僕たちは姿勢を正した。ジロリとフカミが睨み付けてくるのをどうにか平然と受け流し、彼が部屋を出て行ってからやっと姿勢を崩した。
「本気かい? ソラ。もちろん、俺も君も精神剣がある。剣聖にもやり方次第では勝てるだろうけど、剣聖はこの国で最強の十三人だ」
「でも、そうある機会でもないじゃないか。命がけだけど、僕には自信がある」
「君の実力は俺がよく知っているけど、しかし、その図太さはわからないよ」
結局、二人で揃って会議室を出て、道場へ向かった。
候補生騎士団の面々が稽古をする一角は、他の生徒がもう近づくこともない。恐々と遠巻きにしている。
僕とカナタを見て、まるで兵隊のように八人が直立し、頭を下げる。
稽古が始まり、僕たちは激しい稽古を展開し、へとへとになった頃には日は落ちて、部屋には明かりが灯されている。
「二人は今年はどうなるって?」
同級生の仲間の一人が、汗を流している時、僕とカナタに尋ねてきた。
「どこで稽古を続ける? まだ特別学級?」
「もうどこでも稽古しない。自分たちでやる、って感じかな」
「へえ、それは、特別待遇だね」
その話はそこで終わってしまった。
年度が改まり、三年生として座学をしながら、実技の時間には僕はカナタと二人きりで、ひたすら訓練をした。フカミの話を聞いた時から、僕は自分に時間が残されていない、と感じるようになっていた。
今、時間を惜しむのは愚かしい。
命をかけて、全てをかけて、剣聖とぶつかるのだ。
訓練の不足、技の未熟で、負けたくはなかった。
カナタとは精神剣の訓練もした。今までもしてきたから、僕の技は目覚めた時とはまるで違うレベルに達している。カナタだけが、実戦レベルの精神剣をぶつけられる、唯一の相手であるのは変わらない。
僕の出現以降、シュタイナ王国では精神剣の持ち主は、発見されていないようだ。
激しい稽古を僕も、そしてカナタも厭わなかった。剣聖との決闘という最大の難問を前にして、二人とも焦っていたかもしれないし、強迫観念に支配されている側面もあっただろう。
そうこうしているうちに、剣聖との決闘の日取りがはっきりと告知された。
その話を聞いた日から、決闘までは三十日だった。
(続く)




