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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第0.5部 剣聖の黎明
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0.5-7 死の恐怖

 騎士学校に入学し、初めてその教室に入った時の僕の心を占めたのは、納得と反発だった。

 クラスには三十人ほどがいるが、ほとんど全てが僕に敵意を向けてきている。もちろん僕と彼らは初対面だ。

 それでも知っているんだろう。

 僕が剣聖候補生であり、精神剣の使い手だと。

 ヒラエから事前に聞いていた通り、騎士学校は激しい競争の場のようだ。

 教師に紹介され、自己紹介も済ませ、僕は自分の席に着いた。

 斜め前にカナタがいる。チラッとこちらを見てくる彼に、僕は頷き返した。

 騎士学校の座学についていくのは、僕にはかなり難しい。そもそも基礎的な教育は受けていても、祖父は剣術に時間を傾けるために、座学をほとんど僕に施さなかった。

 この座学の不出来が、クラスメイトの格好の武器になった。

 とにかく、様々な嫌がらせを受けたけど、これは僕の中にある反発を、より強くした。

 放課後にカナタに勉強を手伝ってもらい、可能ならヒラエも頼った。そのうちにヒラエが私塾の教師という男性を紹介してくれて、僕はその男性からも指導を受けた。

 逆に、実技になるとクラスメイトたちは沈黙するしかない。

 誰一人として、僕に木刀を掠らせることもできない。 

 それも、手を抜いている僕に、だ。

 和音の歩法どころか音階の歩法さえも見せず、僕は同級生を打ち据えた。やりすぎるといけないので、こちらも加減している。

 カナタの剣はかなりのものだと、実技の中でわかってきた。

 彼の動きは明らかに手を抜いているそれだったからだ。

 どちらせよ、このクラスでは僕とカナタが実技では一、二を争うという形になっていった。

 座学の方も、どんどんと学習が進み、僕自身、自分に知識が根付いていくのがわかった。

 そのうちにカナタが僕に、座学を手伝う代わりに、剣術を教えてくれ、と言い出して、僕はそれを受けた。でも、ちゃんと条件をつけた。

「きみの剣術も教えてよ。技を教え合うんだ」

 こうして、騎士学校一年生の中でも、際立った使い手である僕とカナタは、技の幅を広げていくきっかけを持った。

 季節は流れて夏になろうかという時、座学の授業中に、来客があった。

 教室のドアが開き、その男が入ってきた時、急に生徒全員が起立したので、僕も慌てて倣ったけど、でも彼が誰なのか、すぐにはわからなかった。

 どこかで見たことはあるけど、どこだったか……。

「座りなさい」

 彼が低い声でそう言って、やっと生徒は着席した。

 その男性は背広を着ていて、しかし腰には剣があるのが、ちぐはぐだ。

 その剣の鞘が銀色に輝いていることが目に入った時、やっと記憶が繋がった。

 彼は剣聖だ。王都に来た日、例の円卓のある部屋で見た顔だった。

 名前は、聞いていない。騎士学校に入って長いから、数人の剣聖の名前は自然と覚えたけど、まだ顔と名前が一致しない。剣聖という存在はかなり大きい割に、王都にいるとしても滅多に顔を合わせたりもしない。

 その剣聖は教室の一番後ろへ行き、座学を眺め始めた。何のために来たんだろう?

 座学の授業は何事もなく終わり、次の時間は実技である。

 剣聖がついてきたこともあってクラスメイト全員がいつになく緊張しているのがわかる。

 僕はといえば、特に気にもならなかった。

 実技の授業では木刀を使っての実戦形式の乱取りが始まった。僕はまだ剣術を出し惜しみしていて、それでも難なく、カナタ以外には勝ててしまう。

 その日も、結局、僕は負けなしのまま、乱取りを終えた。次は型を習熟する稽古になる。これもコツさえ飲み込めば、何の苦労もない。

 遊びのような感じだ。

 授業が終わった時、剣聖が僕に近づいてきて、そこでやっと彼が僕を見に来たんだ、と気付いたし、それはクラスメイトも同時に気づいただろう。

「話がある」

 重苦しいように感じる剣聖の声に頷き、彼が導く先へ僕はついていった。

 騎士学校にある会議室の一つだった。六人ほどで利用する狭い部屋に、僕と剣聖が二人だけになった。

「お前がソラ・スイレンだな?」

「はい」

「親の仇を目の前にして、何を思う?」

 ……親の仇?

 僕の父、ヤヒコ・スイレンを切ったのは、クラタ・オノエカミという剣聖だと聞いている。

 そうか、この男が、クラタなんだ。

 そこまで理解が及んでも、僕の中には何の感情も湧かなかった。

「特に、何も感じません」

 僕がそういうと、クラタが顔を歪める。

「殊勝なものだな。お前の剣術のことは聞いているぞ。ヒラエを危うく切るところだったとな。しかも精神剣を使う。さぞ、自信があることだろう」

 彼が何を言いたいのか、最初はよくわからなかった。

 すぐに推測が働いて、おおよその見当はついたけど、信じられないことだった。

 この剣聖は、僕が敵討ちを所望することを、恐れているのか?

 僕が剣技を高め、技量を磨いていく中で、僕に自分が殺されることになる、と心配している?

 クラタはまだ何か言っていたが、僕の耳に入らなかった。ただクラタが今では憎悪に変わった表情でこちらを見ているのを、ただ見返した。

 剣聖とはこういうものか、とそれだけを考えていた。

 高みを目指して駆け上がり、誰かを切ってその座に着いたにも関わらず、後は怯えて過ごすだけになる。

 僕のような子どもを相手にしても、恐怖を感じるのだ。

 クラタは仇などと言っていたけど、そんなことを抜きにしても、純粋に僕が怖いんだろう。

 こうなると、剣聖の仕組みは極めて不自然というしかない。

 確かに剣聖の交代、更新を、死をもって進めていくのは、一面では合理的と言えるだろう。 

 純粋に強いものだけが選ばれる形になる。

 しかし、剣聖のその上には、どうやって到達するのか。

 剣聖は最高位で、その上はない。

 剣聖自身が腕を磨いていくわけだけど、その技は、自分に挑んでくる下位のものにぶつけるしかない。

 そのうちに動きや感覚が衰え、技の冴えも失い、殺されるしかない。

 そう、殺されてしまう。

 それは純粋に、生き物としては恐怖を感じる対象だろう。

 普通の剣士なら、現役を退き、どこかで余生を過ごせる。

 剣聖はそうはいかない。剣聖になる、ということは、死が約束されているのも同じだ。

「その目をやめろ!」

 クラタが怒鳴って、やっと僕の思案は途切れた。

 顔を伏せ、頭を下げた。

 クラタは強い舌打ちをして、そのまま部屋を出て行ってしまった。結局、僕は、彼が何を主張したか、ほとんど覚えてなかった。

 剣聖と言うものを考えながら、僕は教室に戻り、途中から座学に復帰した。

 放課後になって、自主的な訓練に向かう途中で、カナタが尋ねてきた。

「剣聖様は、何の用事だったの?」

「うーん」

 正直、答えに困った。なので、冗談めかしてこう言うしかない。

「命乞い、かな」

 カナタはポカンとしていたけど、僕はもう言葉を足さなかった。

 命乞い。自分で口にしておいて、まさにそれじゃないか、と考えていた。





(続く)

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