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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第1部 失われた剣聖の誕生
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1-7 傭兵としての生活

     ◆


 俺の周囲には褐色の肌の男たちが、ボロボロの武器を持って、殺気立っていた。

 トグロ村を飛び出して、一年が過ぎている。

 母さんは、あの後、半年で病気が悪化して、亡くなった。旅の途中で、名前も知らない山の中だった。薬が切れていて、苦しそうだったのが、今、思い出しても涙腺が緩む。

 ちゃんとした墓も用意できず、森の中で火葬して、拾えるだけの骨を拾って、持っていた巾着に入れて、土に埋めた。遺骨の少しだけは、今も持っている。

 その場には一緒に村を脱走した青年の一人、カブトが一緒だった。

 彼は俺と一緒に一度、トグロを村を脱出し、すぐに取って返して、唯一の身内の妹、マイコを今度は脱走させた。

 普通ならタツヤがマイコを押さえているはずが、マイコは俺の危機の噂を聞いて、即座に身を隠したらしい。カブトとも、もしもの時の対応を話し合ってあったようだ。

 カブトとマイコは、今も放浪生活をしている。

 もう一人の青年、タクは、俺の後にやはり村を家族と一緒に抜け出した、と聞いている。でもどこにいるかは、俺も知らない。

 さて、それで、周囲の男たちだ。

 彼らの仲間の五人が、俺の周囲に倒れている。五人ともまだ息をしていて、血だまりに倒れていても、助かるだろう。

 ここはシュタイナ王国の西部国境地帯だった。

 俺を囲んでいるのは、シュタイナ王国の西部にある、蛮族の部族の一つの兵士だ。

 この地帯は蛮族が無数の集団を作って、協力したり、潰しあったりを繰り返していて、一向に一つの集団にならない、稀有な場所だった。

 俺の今の立場は、シュタイナ王国に雇われた傭兵団の一員であり、別に深い理由はないが、今もいつかのように殿を任されていた。

 戦闘自体はほとんど痛みわけで、両軍が兵を引きつつある。

 しかし一部の部隊が、執拗に追撃し、それを僕が押さえている、という形だ。

 蛮族達の背後を、そろそろ味方が制圧するだろう。

 俺はじりっと、下がり、さらに下がった。

 包囲がゆっくりと解け、代わりに傭兵団の兵士が俺の背後を確保する。

 そのまま両方の部隊が撤収し、戦闘は次の段階になる。

 負傷者の救助と部隊の再編、捕虜の確保である。

「へい、坊や。なかなかやるな」

 傭兵仲間の一人が俺の肩を叩く。

「あれはどういう魔法だ?」

「魔法じゃないですよ、剣術です」

 別の傭兵たちも俺の横や背後についてくる。

「一瞬で三つの剣を弾いただろう。こう、円を描くみたいに」

「あれは並の技じゃねえな。どこで習った?」

「俺もできるか? どれくらいで習得できる?」

「世の中には精神器とか呼ばれる奇跡があるが、その一つか?」

 質問攻めに俺は無言で応じる。彼らはそれでも諦めず、話を続けていた。

「ミチヲ! ちょっと来い!」

 傭兵団の陣地に戻ると、士官の一人が声をかけてくる。俺は小走りでそこへ向かった。

 士官と一緒に幕舎に入ると、今回の部隊司令官が待っていた。今回は傭兵団が運用する二個軍団、総勢二千名の中から、二百五十人がここに駆り出されている。部隊司令官はそのトップだ。

 司令官を前に敬礼するけれど、ラフなものだ。司令官も似たような敬礼を返してくる。

「殿を引き受けたと聞いたが、班の損耗は?」

 俺の指揮下は班と呼ばれる最も小さな単位で三つ、三班を預かっている。一班が八名なので、二十四名で、俺を含めて二十五名となる。

「負傷者が四名です。そのうちの二人は後方への移送が必要です」

 周囲の騒動を無視して、ちゃんと自分の班を把握しておく、これは傭兵団に入って最初に学んだ。

「その二人の補充は必要か?」

「一週間は待てますが、それ以上は、不可能です」

「わかった。考えておく」

 司令官が頷いて、表情を和らげる。

「だいぶ、うちにも慣れてきたな。不満はないか?」

「何もありません。満足しています」

「団員に剣を教えているらしいな。指導者として、どんな感触だろう?」

 俺は少し考えてから、正直に言った。

「彼らに剣術はあまり浸透していません。不必要、とまでは言いませんが、剣術以上のものを、多くの団員が持っています」

「剣術以上のもの、とは?」

「生き抜く知恵というか、純粋な実戦で培われる感覚、でしょうか」

 何が面白いのか、司令官もその副官も笑い出した。

「そうか」司令官が目元を指先で拭った。「剣術は我々には無用かな」

「生存本能の一部に組み込める団員が大勢いるので、その点では、生き残るための少しの手助けにはなります」

 正直、ムッとしながら、俺は真面目に答えておいた。

 それから今後の展開などを聞かれたけど、俺にわかるわけもない。

「実は、これはまだ正式には決まっていないが」

 司令官が少し声を潜めて、身を乗り出した。なんだろう?

「二個小隊を蛮族の一部族に、教導のために派遣するかもしれない」

「そうですか」

 別に変わったことではない。

 傭兵団はシュタイナ王国を主な取引相手としているが、過去には他の国家や蛮族に手を貸したこともあると聞いている。

 そもそも傭兵とは、雇われ兵であって、どこかの国家や部族に肩入れするわけではない。

 大口の契約主であるシュタイナ王国の不利を招かない程度に、蛮族の部族に協力するんだろう、と思った。

「お前を、その二個小隊の指揮官にしたい」

「無理です」

 即座に答えると、司令官は目を丸くし、やはり驚いている副官と目を合わせた。

「他の誰かを指揮官にしてください」

 俺は即座に繰り返した。本当はこのまま幕舎を出たかったが、それはやりすぎだろう。

 答えを待っている間に、司令官と副官は小声で何か会話をしている。こちらには聞こえない。

「行くことは行ってくれるのか?」

「仕事ですから」

 他にどう答えようがあるだろう。

 何度か頷いた司令官が、厳かな口調で言った。

「本部にはそのように報告しよう。実際に動くのは、半月後を見込んでいる。その時にはここの戦いも落ち着いているといいが」

「今の班を連れて行っていいですか?」

 一つの班が八名、それを五つで一個小隊だ。つまり二個小隊とは、八十名になる。

 自分の指揮下の三班の二十四名は、それ相応に経験を積ませたし、訓練もしている。八十名の中に組み込めれば、その八十名はそこそこの集団になりそうだった。

「そのあたりは本部が決める。人材不足は軍も傭兵も一緒だ」

「そうですか」

 俺程度の立場ではどうすることもできないか。

 失礼します、と、もう一度敬礼をして、俺は幕舎を出た。

 自分の部隊の集団に戻ると、ちょうど負傷者が後方へ輸送されるところだった。二人とも若い男で、片方は腕に、片方は腹部に重傷を負っている。どちらも服を脱がされ、包帯が傷口を圧迫しているが、その包帯は真っ赤だった。

 痛みがあるはずなのに、二人は俺に謝罪の言葉を口にして、俺は彼らに労いの言葉をかけるしかない。

 また戦場で会おう。

 それがこういう時、僕が口にする言葉だった。

 彼らが移送され、陣では食事の準備が始まる。当番ではないものの中で希望するものが、俺の剣術の指導を受けた。

 傭兵団に入ったのは二ヶ月前で、母さんが死んでからの三ヶ月を、俺はシュタイナ王国の辺境地帯の放浪で過ごした。

 その間に様々な剣士と出会い、技を教わった。

 ラッカスのことを告げると、大抵の剣士は懐かしそうな顔になり、俺を信用してくれる。

 しかし一部の剣士は怒りを爆発させ、その場で俺を切り殺さんばかりになる。

 どうやらラッカスという男は、誰かに信用される一方、誰かには激しく憎まれたらしい。

 俺はラッカス師から教わった剣術を見せ、相手は自分の剣術を見せる。

 多くの剣士が言う言葉で共通していることがあった。

 生きているものこそが正しい。

 死なない剣こそが正しい。

 どれだけ技を磨いても、戦いで負ければ、それまで。

 そういうことなんだろう。

 俺は傭兵たちに様々な剣術を教えていたが、指導するようになって一ヶ月で、俺を唸らせた奴はいない。

 ただ、驚くことはある。

 棒を使った剣の稽古の時、こちらが決定的な打撃を繰り出した瞬間に、その棒に腕を晒して、自分の棒を俺に当てようとする奴。

 それ以前に、こちらが棒で打ち据えても構わずにこちらを打ち据えようとして、お前は死んでいる、と言っても、それは実戦にならなきゃわからない、と、うそぶく奴。

 そういう変なふてぶてしさ、というよりは、実戦主義とでも言えるものが、傭兵たちには蔓延している。

 もちろん、それが悪いわけじゃない。

 こちらの真剣を腕で受け止めて、腕が切り飛ばされてでも、こちらの剣が逸れれば、あるいはその傭兵は死なないかもしれない。その一瞬に反撃し、俺を殺せるかもしれない。

 俺の剣が相手の腹を真っ二つに切り裂いても、何らかの理由で、まだ体を動かすことができて、ほとんど相打ちとはいえ、こちらを切り殺せるかもしれない。

 この主義は、実戦が第一でありながら、同時に、刹那的でもある。

 次を考えていない。

 それもそうだ。戦いで命を投げ出す時に、次を考えても仕方ない。

 死んでしまえば、次はないのだ。

 生きているものこそが、正しい。

 ここでも剣士たちの理屈を、思い出した。

 最近、俺が指導していることは、反省すること、それしかない。

 生き残ったからいいじゃないか、という姿勢ではなく、なぜ生き残れたのか、敵はなぜ生き残れなかったのか、そういうことを考えさせる。

 そこからより効率的で、合理的な、生存方法を見つけて欲しかった。

 その日の稽古は食事で中断し、食事が終わると、見張りを残してひっそりと傭兵たちは眠りについた。

 俺もいつの間にか身についた、戦場特有の、常に意識の一部をはっきりさせたまま眠る、という変な手法で、休息をとった。

 眠っているとも言えない眠りが、俺を満たした。




(続く)






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