0.5-2 覚醒の時
祖父と父について、僕が知っていることは断片的ながら、流れのようなものは理解していた。
始まりは祖父で、祖父はこの村ではない、もっとシュタイナ王国の中心に近い街に生まれ、何の後ろ盾もないのに、剣術の腕を磨き、騎士学校に入学した。
騎士学校を優秀な成績で卒業し、そのまま近衛騎士となった。
教えてもらったシュタイナ王国の特徴である、十三人の剣聖、という存在が、ここで意識されるのだ。
つまり、近衛騎士というのはシュタイナ王国の中でも最上位に近い使い手の集団で、いわば近衛騎士は剣聖に挑む、という立場でもある。
もちろん近衛騎士のほぼ全部が、剣聖に挑むことなく軍務につき、そのまま引退する。
祖父も近衛騎士だったが、剣聖に挑まない側だった。
近衛騎士でいる間に祖父は結婚し、一人の息子を授かった。
それが僕の父だ。
祖父は軍務の傍ら、徹底的に父を鍛え上げた。その内容はよく知らないけど、たぶん、今の僕よりはマシだっただろう。
父は十代で剣聖に認められ、剣聖候補生となる。
それが悲劇だったかもしれない、と僕は思うけど、でもそんなことは口が裂けても言えない。
剣聖候補生となった父は、制度のままに騎士学校へ入り、そのまま祖父と同じ道を進んで、近衛騎士となる。
ここで父と母は出会い、しかし父は母を手元に引き取らず、二人は結婚を申請せず、関係を続けることになる。
それは母が、王都の料理屋で働く、両親もすでに死去している孤独な女だったからかもしれない。祖父やまだ存命だった祖母からすれば、母はどこの馬の骨ともしれない、不愉快な女だっただろう。
ここで悲劇がまた一歩、前進する。
父は剣聖に挑むと決め、決闘になった。
結果は、父が切られて、終わりだ。
この時、母は僕を身ごもっていて、一人では僕を育てられないと判断し、祖父を頼った。
祖父はこれを受け入れたが、慈愛や優しさでのみ、受け入れたわけではない、と十年も経たずに発覚するが、母はまだそれを知らない。
祖母は、自分の息子が切られて死んだことにショックを受け、そのまま寝たきりになり、死んでいた。祖父と母が協力して僕を育てたが、僕が六歳になった時、祖父は行動を始めた。
全ての財産を売り払い、手に入れた莫大な金を手に、イシザ村へ移住した。そこにある古びた道場を買い取り、改装し、そこで生活を始める。
六歳の僕に木刀を持たせた祖父は、それを振るように言った。
この時のことを僕はよく覚えている。
それまでと全く違う険しい表情の祖父。
僕はそれを深く考えもせず、軽く道場の隅の柱を打った。
「本気でやれ!」
いきなり、怒鳴られて、僕は混乱し、思わず泣き出した。
祖父の対応は単純だった。
僕を木刀で叩き伏せ、激しく怒鳴りつけた。その内容はもう忘れてしまった。というか、痛みがひどすぎて、言葉を意識できなかったんだろう。
僕の泣き声と祖父の怒声に驚いた母が道場へやってきたが、その母も叩き伏せられた。
こうして地獄の日々が始まった。
連日に及ぶ剣術の稽古。激しい打擲と罵倒の連続。
十歳にもならない子どもには、再現不可能な剣術を、祖父は僕に叩き込んだ。
一弦の振りを習得するまでに三年が必要だった。音階の歩法は、四年で形にした。
それからの数年で、一弦の振りは二弦の振り、四弦の振りへと進歩し、音階の歩法は完璧な和音の歩法になった。
最初こそ僕と向かい合って木刀を振っていた祖父は、ただ声を張り上げ、打擲するだけになっていた。
祖父がどうして僕を鍛えようと思ったかは、今も分からない。
父が剣聖に切られたこと、と無関係ではないはずだ。
それは、敵討ちをさせたい、ということだろうか。
でも僕には、剣聖に悪意があったとも思えない。そもそも、剣聖と立ち合う、ということは、憎悪や悪意が入り込む余地のない仕組みだと、僕は考えるようになった。
剣聖と決闘をするというのは、純粋な力比べ、技比べではないのか?
祖父自身は、近衛騎士でも剣聖には挑まなかった。
このことを考えると、別の側面も見える。祖父は、剣聖に挑もうとしなかった自分自身を、恥じている、という可能性だ。
その恥は、父は剣聖に挑んだのに、自分はそれすらしようとしなかった、という父に対する呵責に近いだろうか。
どう考えても、僕の中では祖父の発想というものは、理解が及ばない最たるものではある。
論理的ではないし、単純な構造のようなものは見えない。
きっと、いろいろな思いが絡み合って、それが僕にぶつけられている、と考えるしかなかった。今、祖父が自分の願望をぶつけられる相手は、僕しかいないのだ。
その日も僕は一日の稽古を終え、祖父が下がった後で、一人で木刀を振っていた。
和音の方法と同時に四弦の振りを繰り出す。
柱が打たれて震える。
その時、何の前触れもなく、僕の両腕の周囲に何かがまとわりついた。
腕が捻るれるような錯覚があり、そのうねる何かが限界まで集中し、僕は感覚の上で、それを解き放つイメージをした。
無意識だった。
刹那。
不可視の力が走った。
轟音とともに道場の壁に巨大な穴が空いている。
僕はひっくり返っていて、座り込んでその穴を見た。柱があった場所には、柱の根元だけが残っていて、柱自体は消えている。
母が道場に駆け込んできて、祖父も遅れてやってきた。二人とも穴をぽかんと見ている。
僕だってそうだ。
何が起こったんだ?
「何をした? 何が起こった?」
僕のすぐ横にやってきた祖父が尋ねてくるが、僕は首を振るしかない。母はぺたりと座り込み、もう一度、穴を見てから、今度はこちらを真っ青な顔で見た。
祖父が尋ねてくる。
「何をやった? 説明しろ」
説明しろも何も……。
僕には何もわからなかった。
「この現状を説明する要素が一つある」
祖父が僕のすぐ横に屈み込み、話し始める。
「極めて稀に存在する、超常の力を扱うものがいる。その能力は、精神器と呼ばれ、様々な形態で発現する。その精神器の中でも、攻撃に特化した精神器は、精神剣、と呼ばれる。お前が使ったのは、精神剣だ。そうだろう?」
精神剣?
言葉よりも何よりも、僕はただ恐怖していた。
「精神剣の持ち主は、シュタイナ王国ではまだ五人もおらん。そしてその全員が、剣聖になっている」
祖父の顔を見ると、その表情は母とそっくり土気色ながら、笑顔だった。
「お前は剣聖になれる。剣聖になれるぞ!」
僕はもう一度、壁の穴を見た。
あの力を人間にぶつけてしまえば、十中八九、人間の体は吹き飛んでしまう。絶対に死ぬということ。
ここに至って、一つの事実に僕は気づいた。
精神剣の有無に関わらず、祖父は、僕に人殺しになるための訓練を施していたのだ。何年もの時間をかけて、僕をそういう殺戮のための装置にするべく、やってきたことになる。
そして精神剣の覚醒により、事態はまた次の段階へと進んだことになる。
僕は自分で何も決定しないまま、進むべき道が、意図的に、そして別の面では自然と、限定されつつあるのを感じた。
その限定を振りほどくことは、できそうもなかった。
(続く)




