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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第1部 失われた剣聖の誕生
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1-6 外へ

     ◆


 その日の小競り合いのきっかけは、まぁ、控えめに言っても、俺が起こしたようなものだ。

 伐採部隊の護衛をしているところへ、連絡会の若者十人がやってきた。こちらは俺も含めて十人。つまり数では互角だった。

 武装の度合いもそれほど変わらない。

 ただ、向こうには弓が二挺あった。

 最初は話し合いでどうにかしたかったが、それは僕の感覚でもあまりに図々しかった。

 何せ、こちらはよその土地を荒らしているのだ。

 だから、一番の正しい選択は伐採部隊と一緒に下がることだった。

 それができないのは、タツヤのよこしている見張り二人がいるからだ。

 この二人がいないだけで、違っただろう。

 当然、話し合いは破綻し、双方が剣を抜いた。

 一触即発、とはまさにこのこと。

 俺は伐採部隊を下がらせることにした。今なら、被害を出さないため、という理由で、伐採部隊を下げることができる。

 ただ、相手は相当、頭に血が上っていたららしい。

 矢が二本、宙を飛び、一本が伐採部隊の一人に命中した。悲鳴をあげて、倒れ、斜面を転がるのが、矢を目で追った先でよく見えた。

 この悲鳴が、恐慌状態を生んだ。

 結果、十対十の斬り合いになり、こちらは二人が負傷し、向こうも手傷を負ったものを抱えて、下がっていった。

 これによっていよいよ連絡会との関係は、悪化した。

 村に帰った俺はタツヤに呼ばれ、散々、批判され、責任を取るように言われた。

 タツヤも俺を切ったり追放することはない。自分の手駒として、自由にしたい、そう思っているようだった。

 なので俺は頭を下げ、連絡会にこれ以上に勝手をさせないように努力する、と頭を下げた。

 それから民兵の主な指揮者が集まり、作戦会議となった。タツヤが周囲の村に放っている間者が申し訳程度の情報を送ってきて、連絡会の部隊が集結しつつあり、トグロ村を制圧するつもりである、と報告があった。

 タツヤはさも当然のように、俺の部隊を前衛にすると宣言し、責任を取ると思って励め、と、心温まるお言葉も賜ってしまった。

 会議が終わり、俺は部下の二人と畑で合流した。

「どう考えても非はこちらにありますよ」

 片方が俺の顔を見るなり言った。もう一方が押し留めようとするが、振り払う。

「そう思うでしょ? ボス。わからなかったら、大間抜けですよ」

「わかっている、と答えて大間抜けの汚名を返上するのも、大間抜けだと思うがな」

「あのバカの頭領を連絡会に突き出すべきです」

 俺は首を振る。

「俺もそう思うが、じゃあ、あのバカの代わりを誰がやる?」

「ボスがやればいい。俺は支持しますよ」

「そういう柄じゃないさ。しかし、連絡会はどうにかしないといけないのは確かだ」

 俺はしばらく、黙って鍬を振るって考えをまとめた。

「森を返すしかないな」

 当たり前の選択肢しか、浮かばなかった。

「奪った土地を全部返し、賠償金も払い、元通りにする」

「そんな都合よくいきませんよ」

「だろうな。しかしそれ以外に、できることはない」

 青年二人は手を止め、俺だけが鍬を振り続ける。

「誰が交渉するんです?」

「知らん」

「そんな無責任な……」

「俺たちは村人だが、兵士という立場だ。ただ闘うだけさ」

「わかりました、つまり、うまく連絡会のみなさんをもてなして、盛り上がったところで、こっちは逃げる、ってことですね?」

 まぁ、そうなるかな。

 二人の青年がいろいろと意見を出し合い、話していたが、答えは出ない。

 やってみるしかないのだ。

 その日は夕方にタツヤから連絡があり、明日の作業は全部中止して、武装して彼の屋敷に集まるように、とのことだった。

 稽古をしてから、明日に備えた。

 早朝から支度をして、母さんに声をかけた。

「命を大事にね、ミチヲ」

「いい報告ができるようにするよ」

 タツヤの屋敷には、おおよその全員が揃っていた。

 簡易的な鎧を着たタツヤが全員の前に現れ、身軽に馬に飛び乗った。タツヤ以外、馬に乗る兵士はいない。そもそも、そこまで生きのいい馬がいない。

 形ばかりの演説の後、タツヤを先頭に、総勢五十名が屋敷を出た。

 どうやら連絡会の部隊はこちらに向かっており、俺たちがやろうとしているのは形の上では奇襲のようだった。

 事前の作戦会議では地の利を生かすとかいう意見も出ていたが、我らが頭領は方針を変えたらしい。

 それもそうか、奇襲をかけて相手を蹂躙すれば、楽しかろう。

 斥候を放つ程度の頭はあるようで、報告は入ってくる。俺も部下のうちから二人を、武装を解かせて、先行させることにした。タツヤの斥候が信用できないのと、タツヤを信用できないのが、理由だった。

 二人のお目付け役は、特に反応しなかった。

 途中で行軍を止め、陣形を変えた。もちろん、俺と部下七名が先頭に立たされる。

 前回の衝突で弓矢による攻撃を受けたので、俺は部下の二人に板を加工しただけの盾を持たせていた。あまりに適当な作りなので、タツヤとその取り巻きに笑われたが、構うものか。

 その陣形のまま山道に入り、狭い道を進んでいく。動きがとりづらい。徐々に急な斜面に張り付くような道になる。

 これは良くない。

 前方から誰かがやってくるので、俺は部隊の動きを止めた。

 返ってきたのは斥候に出した俺の部下だった。

 前方に連絡会の部隊四十名が待ち構えているという。

 少し遅れて、もう一人がやってきた。それも、斜面の上から、下草を掻き分けて転がるようにやってきた。

 斜面の上に、五十名の部隊がいる、という報告。

 なるほど、数ではこちら半分しかいない。

 しかも向こうの布陣の方が圧倒的に有利。

 俺は覚悟を決めて、同時に、負けたな、とも思っていた。

「本隊に伝令を出せ。撤退だ。戦闘態勢を取れ、俺たちが殿だぞ」

 帰ってきたばかりの部下の一人を後方へ走らせ、俺たち九人が剣を抜いた。

 連絡会からの最初の攻撃は投石だった。斜面を岩が次々と落ちてくる。

 どうにかやり過ごしつつ後退していると、声を上げながら道の前方から、四十人が突っ込んでくる。

 はっきり言って、道の幅は十人も並べない。

 並べないが、つまり相手は戦うのではなく、圧し潰すつもりなのだ。

「退け!」

 さすがの俺も超人ではないので、逃げるしかない。

 ただ、逃げるのにも限度があった。撤退中の本隊の動きが鈍く、追いついてしまった。

 何やっているんだ!

 しかしこうなっては覚悟を決めるしかなかった。

 本隊でも兵士たちがそれぞれに剣を抜き始める。

 まず、俺の部隊が連絡会の部隊四十名と衝突した。激しいもみ合いになり、怒号が飛び交う。

 トグロ村の本隊もいよいよ戦いに参加し、山道での衝突は膠着するかと思われた。

 ただし、敵は目の前にしかいないわけではない。

 俺は青年二人を連れて斜面を登ろうとする。

 だが、これは遅かった。

 斜面にたどり着いた時、ここでも岩が次々と転がり落ちてくる。木の幹の陰でやり過ごしつつ、本隊の中に岩が落ちていくのを見るしかできない。

 岩の一つがタツヤにぶつかって、彼が落馬するのが見えた。

 鬨の声が上がり、斜面の上に五十人の連絡会部隊が現れる。

 そのまま彼らは逆落としに斜面を駆け下ってきた。

 俺と青年二人は木の影から飛び出し、その五十人にぶつかっていった。

 焼け石に水なのはわかっているが、こうするより、他にない。

 一人切り、二人切ったのは、覚えている。

 あとは必死だった。

 何せ周りには敵しかいないのだ。

 途中で青年二人と合流し、山道を諦め、逆に斜面を駆け上がった。

 追っ手は二人を始末しただけで、執拗ではなくて、それにはさすがに感謝した。

 山の中を三人きりで逃れ、そのうちに見慣れた場所へ出たので、自分の居場所が分かった。すでに日は暮れかかっていて、危うく自分の位置が曖昧になるところだった。

 どうやら俺たちは山を一つ越えたようで、武装を解いて、普通の農民の姿をして道を小走りでトグロ村へ急いだ。

 剣を捨てることはできなかったので、もし見咎められたら危うかったけど、もう日が暮れて、道を行く人もいない。逆に目立ちそうなものだが、そもそも見る人がいないので、目立つも何もなかった。

 トグロ村に着いたのは明け方で、村のそこここで篝火が焚かれていた。

「ミチヲ!」

 タツヤの屋敷に向かおうとすると、中立に近い幼なじみがすっ飛んできた。

「今まで何をしていた! 状況がわかっているのか?」

「いや、今、帰ってきたんだ。状況は何も知らない」

「タツヤが重傷だ」

 危うく頷きそうになり、慌てて顔をしかめるようにした。

「生きてはいるのか?」

「口もきける。お前を殺すつもりだぞ」

「冗談だろ?」

「さっさと家に行け! 母親を守るんだ!」

 気迫は本物だった。

 俺は走って家に戻った。

 家の前に、村の若い男が二人いて、片方が母さんを背負っている。その二人は俺を見ると顔を青ざめさせ、乱暴に母さんを捨てると、どこかに逃げていった。

「母さん、大丈夫っ?」

 体を抱え上げると、母さんが顔を歪めて、縋り付いてきた。

「落ち着いて、母さん。荷物をまとめるんだ。できる?」

「ええ、ええ、ああ、なんてこと」

 母さんはゆっくりを体を起こし、緩慢な動作で家に戻る。俺は周囲を警戒し、近づいてくるものがいないか、確認した。

 そこへ、部下の青年の一人がやってくる。

「どうやら、バカ頭領はボスに全ての責任をおっ被せて、処刑してことを収める気になったらしいです。どうします?」

「どうもこうも」俺は肩をすくめる。「逃げるしかないな」

「お母さんもですか?」

「置いていくわけもいかない」

 青年が溜息を吐き、首を振った。

「まぁ、俺たちもそれしかないと思ってますよ。援護しますから、急ぎましょう」

「世話をかけるな、すまん」

「いいですよ。剣術を教えていただいたお礼もできていませんからね」

 それから母さんの荷造りを手伝い、俺はほとんど何も持たずに家を出た。母さんを背負って、トグロ村に背を向けた。

 こうして俺は唐突に、住む家と故郷を失ったのだった。




(続く)





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