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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第1.75部 喪失と再生
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1.75-2 復讐の剣

 私に懸賞金がかけられている、と知ったのは、たまたまだった。

 それもかなり最悪な展開で。

 街道を歩いているところで、いきなり武装した四人組に囲まれた。全員がすぐに剣を抜いて、誰何も何もなく切りつけてきた。

 私の居合が炸裂した。

 一瞬で二人が絶命し、一人が腕を切り飛ばされ、さらに片足を膝で断ち割られた。

 四人目は一番最後に狙った分だけ、時間的の余裕があったのと、こちらの反応に恐れをなして、尻もちをついたために、服を腹から胸まで切られたものの、ほとんど無傷。そして悲鳴をあげて、逃げてしまった。

 残されたの私と、死体二つと、重傷で虫の息の男。

 その半死半生の襲撃者が、かろうじて話した内容で、懸賞金のことがわかった。

 懸賞金を懸けているのは、シュタイナ王国の警察組織で、つまり国家から私は目をつけられている。

 死体の持ち物を確認し、人相書きが見つかった。

 三人目も息絶えて、とりあえず、私はその場を後にした。

 人相書きにある髪型は比較的、今と近い。その長い髪の毛を、バッサリと短くしておく。

 他にはどうしようもないので、そのまま旅を続けるしかない。

 こうして本当の逃避行が始まった。

 あまりに人を切りすぎた。私の剣は、私の手は、汚れている。

 切らずに済ませることは、できるだろうか。

 賞金稼ぎが目的の剣士が、それから何度となく、私に襲いかかった。

 私は、彼らを切らないことにした。

 武器を跳ね飛ばす、当て身を食らわせる、投げ倒す。

 最初は不安と自暴自棄が半分ずつだった。

 切られてもいい、と思っている自分がいたのだ。

 でも剣士たちは私を傷つけられなかった。彼らは気を失い、あるいは逃げ出し、それだけ。

 私は、人を切らないことをやっと、覚え始めたようだった。

 腹部の傷が痛むことは頻繁にある。襲撃者を撃退する関係で、彼らから金を奪うことができたので、医者や薬屋に金を払うことはできる。

 ただ、どの医者も私の傷には驚くし、症状を話しても、原因は想像もできない、と言うだけだった。薬屋も、あるところでは高価な薬を売りつけようとし、あるところでは、医者と同じようにその症状を和らげる薬はない、と言うだけ。

 つまり、腹部の痛み、後遺症は、少しも変わらずに、私の生活の一部のままだ。

 そんな中で、その男と出会った。

「やっと、見つけたぞ」

 シュタイナ王国の中部に位置する小さな宿場だった。

 私は医者の建物から出てきたところで、その男とばったり出くわしたのだ。

 顔を合わせれば、私も相手が誰かわかる。

「シュウラ」

 彼は、カイゴウの元でともに剣を学んだ、シュウラだった。

 何年ぶりに会ったか、もう思い出せないけど、風貌も、体の雰囲気も、すぐに記憶と結びついた。

 彼は険しい顔で、こちらを睨んでいる。通りを行く旅行者や町人が不思議そうにこちらを見ているが、通り過ぎていく。

「お前は、自分が何をしたか、わかっているのか!」

 突然の怒号に、でも私は動じなかった。

 彼に事情を全て説明するのは不可能だし、私も全ては知らない。

 カイゴウとユミータを切ったのは、今になってみれば衝動だったし、そうでなければ、抗えない流れの中での出来事だった。

「ユミータの陰謀よ」

 自分でも素っ気無く、そして曖昧な弁明だけど、そう言うしかない。

 もちろん、シュウラがそれで納得するわけもないし、何も理解できないだろう。実際、シュウラの表情にはより怒りの色が濃くなって現れた。

「二人を切っただろう! サリー!」

「先生とは、単純に腕くらべになった。それは事実よ。私の方が強かった。だから私が生きている」

「先生に、恩義を感じないのか! お前の師だろう!」

 シュウラはいよいよ平静を失っている。ただ、それをどうしたら鎮められるか、私にはわからない。

 だから、自然と話した。

「剣術に、師も弟子もないでしょう? あなたは師匠が剣を向けてきたら、黙って切られるわけ?」

「自分が誤っているのなら、それも止むを得ない」

「私は何も間違っていない」

 この一言がきっかけになったのだろう、シュウラが剣を抜いた。

 彼が本気だと、剣が語っている。

 私の命を奪うという決意、気迫が漲っている。

 それを前にして、私は動かない。

 二人が固まったように動かなくなり、周囲に町人が少し集まり、不安そうに眺め始める。

 シュウラが切りかかってこないのは、彼に油断がないことを示しているし、それと同時に、彼が落ち着いたことも示している。

 ここで怒りに任せてがむしゃらに突っ込んでくる使い手は、私の一撃で死んだだろう。

 そうならないのは、ひとえにシュウラの技量を明示していた。

 しばらくの沈黙の後、シュウラが剣を鞘に戻した。

「この街道の先に、大きな木が生えた開けた場所がある。茶屋があるところだ。三日後、そこで待つ。逃げるような恥を晒すな」

 すっとシュウラが身を翻し、去って行った。

 騒動を聞きつけた医者が表に出てきて、私を睨んだ。

「うちの前で斬り合いはやめてくださいよ、剣士さん」

「あなたの客が増えるからいいじゃないの」

 冗談をわざと口にして、気持ちを切り替えた。

 シュウラの背中が小さくなっていく。そのまま彼は振り返らずに通りを折れて、私の視界から消えた。

 まったく、これから、どうしたものか。

 と、ここでいきなり激痛が走り、呼吸が止まる。片膝をつくと、建物に入ろうとした医者が戻ってくる。

「言わんこっちゃない」彼が私を抱える。「診てやるから、しっかりしなさい」

 そのまま私は建物の中の診察室で、寝台に横になって、医者の触診を受けた。

「かなり深く斬られたな。しかし、医者の対処は万全だったと見える」

 痛みがおおよそ引いていたので、私は冷静に医者の言葉を聞いていた。

「痛みが出ても短い時間のようだから、薬を飲んでも、薬が効く頃には痛みは消えるだろう。どうするね、常に服用する薬を飲むか? 痛み止めだから、少し意識が曖昧になるかもしれない」

「必要ないわね」

 意識が曖昧になる、という言葉がどれくらいの曖昧さを意味しているかわからないけど、私は命を狙われる身だ。

 もしもの時に集中力が弱くなり、それで切られるのは、嫌だった。

 考えすぎかもしれないけど、私は現実主義者になろうと考えた。

 医者は呆れたようだが、無理強いはしなかった。

「痛みは何年かすれば、消えると思う。人間の体は、治ったようでも治っていない、ということがままあるし、しかし、長い時間が経て治っていく、ということもある」

 そう言う医者は何歳だろう? と私は彼をじっと見た。五十代か。

 医者としては、信用できそうだ。

 その病院を出て、旅籠に部屋を借りた。

 三日後、決闘をするのは避けられない。

 私は部屋に入って窓際に立ち、じっと通りを見た。

 いったい、どうするのが正解だろうか。

 しばらく、私は意味もなく、人が行き交う通りを見下ろしていた。





(続く)

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