1.25-6 出会いの地へ
新しい剣に慣れるまでに、数回、手傷を負った。
でもそれだけでまるで自分の体のように、その剣は馴染んだ。腰に吊っても、不思議と姿勢が乱れない。むしろ足が動かしやすいくらいだった。
あの鍛冶屋が本物だということに本気で気づいて、礼を言いに行こうかとも思ったけど、殺人者の礼なんて欲しくもないだろう、と思い直して、私はそれを止めてしまった。
どこかに落ち着けば、必ず噂に取り巻かれ、忌避される。
どこかで金や一晩の宿のために剣を手に取り、人を切った。
それでまた私は人ではないように見られる。
流れ、切り、また流れる。
最終的には人里離れた山の中に分け入った。季節は春になっていて、動物が活発に活動している。
熊に出くわし、構わず切った。
狼の群れに囲まれ、これもまた一頭残らず切り捨てた。
猪も切った。
そんな動物たちの肉を保存する方法も考え出して、食い繋いだ。時には小動物を仕留め、その肉を使ってさらに大きな動物を誘き寄せたりもした。
塩がないと困るのが、まず直面した大きな問題だったが、たまたま山の斜面を歩いて、そのうちに木が生えていない岩場になり、そのまま峰を越えようとした途中で、岩塩だろうものを見つけた。
剣を使って塩を削ぎ、持っていた袋に収めた。場所をちゃんと覚えておくことも忘れずにして、また森に分け入った。
春が過ぎて、夏になった。
服はボロボロになり、髪の毛も伸びたけど、髪の毛は剣で適当に切った。
こんな原始人のような生活をして、何がどうなるとも思えなかった。
ただ、森の中で一人でいると、周囲から自分に向けられていた視線が、どれほど私の本質とは関係ないかが、わかった。
周りにいる人々が私をどう評価しても、私がそれでいきなり変わるわけではない。
周りに合わせようと少しずつ変わっていくしかない、という気持ちが、私の中にあるけれど、それでもきっと私の本当の本質は、そんな気持ちでは変わらないだろう。
一人きりで山の中にいると、自分を自分で見つめることになるし、とにかく、外部からの評価というものが全くないために、自分というものを強く意識する。
それも、人間という総体の中における自分、とか、村や町の中の自分、とか、そういう他人の評価が一切、介在しない形で、自分を自分で判定し始める。
私が人殺しだから恐ろしい人間だ、という評価を何度も人々から受けてきた。
しかし森の中ではどうだろう。
私が人殺しでも誰も私を恐れない。恐れるとすれば、私自身が私を恐れる、という状況以外、存在しない。
そうなれば、私は私に問いかける。
お前は人殺しであるお前自身をどう思うのか? と。
一事が万事、この調子で、とにかく自分で自分を評価する気持ちになることが圧倒的に増えていった。
剣術については、目ぼしい発見はない。長く動物しか切っていないと、剣を持つ相手と向かい合う感覚を、忘れそうだった。だから、一日にほぼ同じ時間だけ、剣を手に取り、剣術の稽古をした。
発見はないけれど、山を徘徊した関係で、どうやら基礎的な体力は鍛えられたらしい。
脚さばきの力強さ、腕の振りの力強さは、かなり上がっている実感がある。
ただし、やはりそれを試す相手はいない。
一人きりでどれくらいの時間を過ごしたのか、わからなくなった時、突然、数人の男性と出くわした。
彼らはみな、腰に剣を下げている。全員の動きが明らかに機敏で、普通の木樵ではないとわかる。
私に気付くと男たち、三人全員が剣を抜いた。私は彼らに近づきつつ、何か話しかけるべきだけど、何を言うべきか、考えた。
考えているうちに、男の一人が切りかかってきた。きっと、私を人間ではない化け物か何かだと思ったのだろう。
その男を切ることはできた。
しかし、私は切らなかった。
それが山にこもって自問自答した答えだったかもしれない。
剣を弾き飛ばされた男が尻餅をつく。その時には、私は剣を鞘に納めている。
これもまた魔法めいていたかもしれない。
男二人がぽかんとこちらを見て、一人は悲鳴をあげて、逃げ出した。
「えっと」どうにか声が出た。自分の声なのに、掠れていて他人の声みたいだ。「どこから来たの?」
男二人が顔を見合わせるが、剣をしまおうとはしない。油断なくこちらへ向けているが、構えは腰が引けていて、いつでも切れると私は無意識に考えた。
「俺たちは」
男の一人が声を出した。かすかに震えている。
「山を、管理している」
「管理?」
私が問いかけると、二人がじりっと距離を取った。警戒というより、怯えているな。
「管理って、木樵に雇われているとか?」
「いや、俺たちは……その……」
じっと見つめて、なんとなくわかった。
「ならず者なの? 山に巣食っている? そういうこと?」
男二人が同時に打ち掛かってきた。
私は容赦しなかったけど、殺さない程度の慈悲はかけた。
瞬間の二連撃で二人の剣を吹っ飛ばす。一本の剣は高く舞い上がり、もう一本は近くの木の幹に突き刺さって停止した。
男二人は斜面を転がり落ちる。悲鳴をあげて、回転が止まると、そのまま走ってどこかへ逃げようとする。
「ちょっと待ちなさいな」
私は落ちてきた剣を掴み、逃げ遅れている方の男に投げつけた。
剣は男の頭の横を突き抜けて、地面に食い込んだ。
その男は恐怖のあまり失神し、結局、私が活を入れて意識を強引に戻した。
「そちらさんのアジトに興味があるわ」
「ば、化け物……」
「若い女に化け物はないでしょう。さあ、連れて行って」
こうして私は山賊の砦の存在を知った。
まぁ、ものすごい歓迎を受けたけど。砦の前に四十人からの山賊が勢ぞろいし、そのうちの半分はこちらに弓を向けていて、矢は当然、番えてある。私がここまでの道案内にした男は、もう死んでも良いらしい。
私はそんな光景を前にして、一緒にここまで来た男を放り出した。
別に山賊に仲間にして欲しいわけじゃない。ただ、どういう連中がこの山にいるのか、それが気になった。もうこの山を降りて、別の場所へ行く頃合いだろう。
さっさと背を向けた私に、威勢の良い声がかかった。
「待たれよ!」
改めて振り返ると、細身の男が進み出てきた。彼が手を振ると、弓を持った男たちが、一斉に弓を下げた。どうやら害意はないことをはっきりさせたいらしい。
仕方なく待っていると、男が私のすぐ前に来た。
「魔術のような剣術を使う、と部下に聞いた」
「魔術ではないね、ただの剣術だよ」
「若いな。どこか、行くあてはあるのか?」
正直に答えても、問題ないだろう。
「家もないし、故郷もない。家族もいない。全くの自由でね」
「少し、ここに滞在してくれないか?」
意外な意見でもなかったが、しかし、私に何ができるだろう。
「私に山賊をやれ、ということ?」
「剣術を教えて欲しい」
「誰に?」
「私の部下たちに」
そう言って、グッと彼が近づいてきて、私はいつでも剣を抜けるように意識した。
「それと」彼が小さな声で言う。「私の護衛を頼みたい」
それは本当に意外な言葉だった。
「なんで護衛を? 仲間があれだけいるじゃないの」
「私は信用できる人間が欲しい。それも、腕の立つ奴が」
まったく、おかしな方向に流れ始めたな。
「あんた、山賊にしちゃ、臆病すぎない?」
「慎重と言ってくれ」
なるほど、ずる賢そうな男だけど、人は見た目によらない、っていう言葉は、適用外らしい。
「私は流れ者だし、金もないけど、人を切ることに躊躇しない。それでもいいのなら、少しはここにいてもいい」
まさに不敵という感じに、彼が笑った。
「とりあえずは春まででいい。俺はゾルドという名前だ。あんたは?」
「サリー」
「よろしく、サリー。まずは体をよく洗って、新しい服を着ろ」
山賊が身だしなみを整えるとは、イメージに相反するなぁ。しかし、ゾルドの部下は、みんな、いい身なりをしている。町人に混ざっても違和感はないだろう。
「久しぶりにお風呂に入りたいよ」
「用意しよう」
こうして私は山賊の砦に、一時的に身を置くことになった。
それから数週間で、何度か山賊たちに剣術を教えようとしたが、まさかそんな短期間で結果が出るわけもない。少しずつ山賊たちの中の権力闘争も明らかになってきて、コラッドという大男が、警戒するべき相手だとわかってきた。コラッド派の山賊の男たちがかなりいる。
まぁ、それでもいざとなれば、私一人でもコラッド派を全員、切れるだろう。
暇なときは、砦の周囲の地理を把握することに努めた。もしコラッド派が逃げ出したら、と考えた。山賊の方が地の利に通じるのは当たり前だけど、それでも何もしないのも何となく、違う気がした。
我ながら、真面目なことだ。
その日も、そんな巡回の最中で、いきなり、森にはそぐわない男たち八人に囲まれた。
問答する間もなく斬りかかられた。
何も知らずに切られるわけにもいかない。ただ、そんな冗談を言う余裕もないし、剣の嵐が私を押し包んだ。
一瞬だった。
静寂の太刀で一人を切り倒し、剣を翻し、和音の歩法で男たちの間に分け入る。四弦の振りで二人を切り刻み、再び和音の歩法で間合いを取り、しかし即座に改めての和音の歩法で間合いを詰め、四弦の振り。
そうして瞬く間に五人を切った。残った三人はあっさりと逃げ出した。それもいつかの山賊が逃げるのとは違い、油断も隙もない、整然とした撤退だった。
しかしこの五人は何者だろう?
そう思っていると、人間の気配が近づいてきた。一人、いや、二人か。
私の方からそちらへ近づいた。
足が太めの木を踏み折り、想像より大きな音がした。
一人は女性。剣の柄に手を置いている。
もう一人は男性。落ち着いた様子でこちらを見ている。
私は思わず声をかけていた。
「あら、こんな山の中で、何している?」
(第1.25部 了)




