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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第1.25部 冷酷と無感情の狭間
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1.25-5 新しい剣と共に

 村に降りると、村人から聞き出して、鍛冶屋の小屋に向かう。

 他に行く当てもないし、とりあえずは、剣も欲しい。

 本当に無償なら、だけど。

 老人の言葉を信じ切るのも変だったけど、それでも剣が必要だ。正直、今の剣がそれほど長く使えるとも思えなかった。

 鍛冶屋の小屋は粗末で、引き戸も滑りが悪かった。

「こんにちは」

 中に入ると、誰もいない。留守かな?

 出直そうかと思うと、背後に気配があった。

「用か?」

 ぶっきらぼうの低い声。振り向くと、小柄な男性が立っていた。手には袋を下げている。買い物帰りらしい。

「あなたが鍛冶屋さん?」

「そうらしいな」

 男性は私を押しのけて小屋に入ろうとして、私に触れた途端、急に動きを止めた。なんだろう? それから彼は私の体をジロジロと見て、そして今度こそ無理やり小屋の中に入った。

「あの」私も小屋に続いて入る。「剣が欲しいのですが」

「金は?」

「ありません」

 だろうな、という答えが返ってきた。そうか、今の私は借り物の服だし、とても金があるようには見えないか。

「いつまでここにいる?」

「仕事がないので、仕事があれば、いつまでもいられますけど」

「この村で殺人は無しだ」

 びっくりした。この男性は、私が人を切る事を生業にしていると、何か聞く前に見抜いている。そんな人に出会ったことはなかった。

「お前からは血の匂いが強すぎる。わかるものにはわかる」

 そんな補足があった。うーん、ちゃんとお風呂に入ろう。

「すぐ出て行くのなら、そこらにある剣を一本、渡す」

 彼が指差した方を見ると、縦に長い箱の中に、無数の剣が放り込まれている。どれも飾り気のない刀剣だ。

「ちゃんとした剣は作ってもらえないのかしら?」

 こちらから押してみると、男性が笑みを見せた。

「誰もそんなことは言っていない。半年だ」

「半年?」

「半年後、夏になる頃にここに戻ってこい。まずは材料を集めなくちゃいかん。夏には万全な形で渡せるだろう」

「えっと、お代はどれくらい?」

 男性が無表情に戻る。

「いらん」

「いらん?」

「無償だ。その代わり、半年、生き延びろ」

 という感じで、私は雑然と管理されていた剣の中から一本を選び出し、それを整えてもらい、砥いでもらって、その村を出た。

 どうやら、本当に無償で剣が手に入る。信じられないが、夢じゃないだろうか。

 それから、借り物の剣が想像以上に使えることは、すぐにわかった。

 いつかの闇取引の商人の追っ手に捕捉され、斬り合いは避けきれないどころか、多すぎるほどだった。

 それから半年の間に、どれだけ切ったかわからないほどを切り、ついに追っ手が諦めるほど、私は人を切った。

 剣は刃こぼれもせず、ちゃんと砥げば切れ味も落ちない。

 暖かい気候になり、日差しが強くなった。そろそろあの村に戻ろうと、私は考えた。

 その頃にはただの旅の剣客となっていて、シュタイナ王国の様々な町にある道場で、剣を教えたりして、どうにか食いつないでいた。ただ、すぐに私が人斬りだという噂が広まり、ひとところにい続けるのは難しかった。

 久しぶりに人を切らなくても済む時間を経て、夏になろうという時、あの村にやっとたどり着いた。

「死ななかったようだな」

 鍛冶屋はそう言って私を出迎えた。

 たいした世間話もなく、彼はすぐに剣をこちらへ寄越した。それも手渡すというより、投げ渡すのに近い。

 手に取ってみると、少し重い。長さが少し他の剣よりあるので、そのせいだろうか。

「気が向いて、小細工をした」

「小細工?」

「鞘の反対を抜いてみろ」

 言われるがままに、鞘の柄とは反対側を抜くと、そこに短剣が現れた。

「隠し武器?」

「そうだ。何かの役にも立とう。強度も切れ味も、問題はない」

 私は短剣を元に戻し、やっと長い剣を抜いた。

 白銀に輝いて、美しい。

 よく切れる剣だと、見るだけでわかる。パチンと鞘に戻す。

「本当に無償でいいの? 今なら、わずかにお金を出せるけど?」

「では、酒でも飲もう」

 意外な展開だった。鍛冶屋はまた無表情なので、本当に酒が飲みたいのか、それとも謝礼を受け取った形にするためにそう言ったのか、よくわからない。

 結局、私が村の中の小さな酒屋で、一番いい酒の小瓶を買い求め、鍛冶屋へ持って行った。

 彼は一人暮らしのようで、かなり雑然とした居間で、私と向かい合った。

「居合を使うように見えるが、正しいか?」

 酒を小さなグラスに注ぎつつ、鍛冶屋が尋ねてくる。やはり鋭い目を持っている。

「確かに、居合を使うわね。どうしてわかるの?」

「剣術家はそもそも、一般人と体の運びからが変わってくる。農民には農民の体の使い方があり、商人には商人の体の使い方がある。お前には剣術家の動きが備わっているし、その中でも、居合術に通じた人間の癖がある」

「聞いたこともないけど、図星だし、信じるわ」

 二人でちょっとだけグラスを合わせて、それぞれに一口飲んだ。

「しかし、私の知らない居合術だと思う。どういう名前で呼ばれる?」

「静寂の太刀」

 鍛冶屋が考え込むように、自分のグラスに視線を落とし、無言になる。私は素早くグラスを干して、じっと答えを待った。ちょっと喉元、お腹が焼けるような感覚があった。

「静寂の太刀。知らない剣だ。今でも、剣術は先へ進んでいるのだな」

「そうらしいわね」

「誰から教わった。始祖は誰だ?」

「考えたのは、私の師匠。理屈は師匠が組み立てたの。実際に形にしたのは、私」

 そうか、と鍛冶屋が舐めるようにグラスの中身を飲み、こちらを見た。

「お前の名前は?」

「サリー」

「年齢は二十歳ほどか。素晴らしい才能だ」

 どうもいろいろな人が私の才能を褒めてくれるけど、今の私にはそれはどこか、責めているような気配を受けずにはいられない言葉だ。

 私の才能は、今になってみれば、効率良く、より多くを殺す、そういう才能になっている。

「迷えば、斬られるぞ」

 いつの間にか黙っている私に、鍛冶屋がそう言って、睨むように目を見てきた。

 私はそれを振り払うように、酒瓶を手に取り、彼のグラスに中身を少し注いだ。

「いっそ、斬られたら楽かもね」

 自分で言っておいて、びっくりした。

 そうか、私は斬られたいのか。今まで、意識していなかった。

「誰もが思うことだ、サリー」

 鍛冶屋が低い声で答える。

「誰もが、生きることを捨てたくなる瞬間がある。何かを犠牲にし、何かを忘れ、何かを蔑ろにして、多くの人間が生きている。そういう失ったもの、損ったものを考えれば、誰もが自分の生にどれほどの価値があるか、悩む」

「あなたも?」

「私の剣で、大勢が死ぬ。私もまた、人を切っているようなもの」

 ゆっくりとグラスを口へ運び、鍛冶屋が細く息を吐いた。

「しかし、私は良い剣を作りたい。昨日よりも良い剣を今日、作りたい。今日よりも良い剣を明日、作りたい。それだけで、生きているようなもの。罪は降り積もり、罰はいや増すが、しかし、私はこの道を選び、進むと決めた。全てを覚悟して、選んだのだよ」

 私はじっと彼を見たが、彼は目を伏せ、動かない。

 私にそこまでの覚悟があっただろうか。

 私の剣は、どこへ向かっている? 私は全ての咎を受ける覚悟が、あるのか?

 しばらくの無言の後、鍛冶屋が顔を上げた。やはり無表情だ。

「お前はお前の道を行け。私の剣が、お前の支えになることを祈る」

 彼がグイッとグラスを煽り、空になったそれをこちらへ突き出した。

 私は酒瓶を傾け、そこに酒を満たした。




(続く)


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