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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第1.5部 鮮やかなる技
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1.5-9 一時の安らぎ

 キールとの畑仕事は、脇腹の傷に響いたけど、サリーに比べればマシだろう。

 彼女は二週間も眠り続けた。どんどん痩せていき、医者が持ってきた粉を煎じた水を飲ませるしかできなくて、モエでさえ心配する始末だった。

 彼女が目を覚ました時、俺とモエ、キールは夕食を食べていて、突然にサリーが呻いたので、しんと静まり返ってしまった。

 三人が見ている前で、サリーが目を開き、こちらを見た。

「痛い」

 シュタイナ王国の言葉で彼女がそう言って、その時にはモエが外に駆け出していた。彼女は医者のところに何度も行っていて、この場にいる誰よりも足が速い。

 俺はサリーの枕元にしゃがみ、彼女の手を取った。まるで力は入っていないが、温もりはある。それだけで少し安心だ。

「自分の名前は覚えている?」

「バカにしないで」

 さっきよりはっきりと、サリーが発音し、わずかに僕の手を握り返しさえした。

 夜になる前に医者が来て、サリーを診察し、いくつか質問した。モエが通訳をして、時折、サリーに強い調子で答えを促す。このくらい激しく当たった方が、サリーも張り合いがあるだろう、と勝手に解釈して、俺は黙っていた。

 すぐにサリーは眠ってしまい、しかし医者は、もう大丈夫だろう、と言った。

 その言葉の割に、翌日は一日中、サリーは目を開かず、俺たち三人は何も手につかないような有様だった。

 次に目を覚ました時、サリーは寝返りを打ち、

「お腹、空いた」

 と、比較的、明確に発音した。

「重湯ならいいらしい」

 俺がそういうと、わずかにサリーが顔をしかめる。それもいい兆候だ。

 キールが作った重湯をサリーに少しずつ食べさせた。

 そんな具合で、サリーはじわじわと回復したけど、運び込まれて一ヶ月と半月で、どうにか体を動かせる程度になった。その間、僕とモエは子どもの時を思い出して、キールと一緒に農作業に励んでいた。キールとやり方について意見交換したりして、意外に充実している。

 季節が秋を通り越そうという時に、サリーは小屋の縁側まで出てきて、立ち上がることもできるけど、さすがに剣術は無理だと僕は見ていた。

 その頃には山賊がどうなったのかは、聞き出していた。

 コラッドによる反乱というか、乗っ取りは失敗したようだ。ただ、ゾルドも無事ではなかった。あの騒動の中でコラッドの仲間に殺されたようだ。ただ、そのコラッド自身は、サリーが切ったと聞いた。

 では山賊はどうしたかといえば、名前も聞かなかったゾルドの副官の一人が頭目になったらしい。

「あの男は好きじゃなかった」

 それはサリーの言葉で、サリーはもう山賊と縁を切った、と言いたいようだ。

 というわけで彼女は俺たちを探し始め、最終的に例の岩場での斬り合いになった、ということか。

 小屋の縁側で、夕方、俺とモエの剣術の稽古を、サリーが見ていることが多い。

 俺たちはたまには剣を向け合うが、今は別々の稽古をしている。

 俺は和音の歩法と、居合を繰り返す。モエは一弦の振り、そして居合だ。

 居合を二人共がやっているのは、サリーが口頭で指導してくれるからである。

 これからどうなるかはわからないけど、俺、モエ、サリーの居合の技量は、サリーが一番、早く鋭い。完成度もサリーが一番である。

 彼女が言うことは、ものすごく細かい。わずかな姿勢の違いや重心のズレ、動かし方を指摘して、モエどころか僕でさえ閉口するほど、細かいのだ。

「それで本当に雷の剣聖なの?」

 サリーは何度もそう言ってモエを挑発するが、モエは怒りを爆発させる寸前で、相手は怪我人だと思って耐えているようだった。そうでなければ、相手の方が優れた使い手と考えて、自分を説き伏せ納得させているか。

 俺はモエよりも有利な点として、精神器があるので、サリーの実際の動きを詳細に把握できるし、それを再現もできる。だからサリーの指摘は、より細かく、どうでもいいような分野になっていた。

 真意が計りづらいけど、その言葉を参考に剣を振ると、わずかに早く、強く、なるのがわかってきた。

 冬になり、だいぶ冷え込んできても俺たちは毎日、稽古をした。もう畑仕事は終わりになり、キールは部屋の中で藁を使った細工をしたり、山に入って猟をして、肉は保存に適したように加工して、骨や皮をこれも細工品に加工している。俺たちはいよいよただの居候になった。

「あんたたちの剣術は良い大道芸になるよ」

 彼はそんなことを言って朗らかに笑う。もう俺たちが密入国者とも思っていないようだ。

 サリーは立ち上がり、動きも回復してきた。剣を抜くことはないが、実際に俺とモエの体に触れて、体の動きを示したり、自分の体で示したりする。

 真冬になり、雪が降った。

「さすがに雷の剣聖、と訂正するよ」

 その日は、その冬で五回目の雪の日で、うっすらと白く染まった小屋の裏手で、俺とモエは稽古をしていて、サリーはものすごく久しぶりに自分の剣を下げている。

 サリーの言葉に、モエが胡乱げになる。

「あんたにそう言われても、皮肉にしか聞こえないけど」

「よくやっているわ。普通の人の吸収じゃないし。そこのデタラメ人間は別として」

 デタラメ人間とは俺のことだ。

 まぁ、返す言葉もない。

「ちょっとやってみましょうよ。一回だけ」

 ゆらりとサリーがモエの前に進み出た。モエはまだ苦々しげな顔だ。

「あんたみたいな怪我人に剣を向けたくない」

「一度よ」

 モエは根負けしたようだ。

 二人が向かい合い、モエの方は明らかに居合の構えを取った。

 サリーは前と同じ、構えのない構え。

 合図もなく二人が動いた。

 閃くように白刃が走り、止まる。

 モエもサリーも、お互いの首筋に触れるか触れないかで、剣を止めていた。

「いい腕になったわね、お嬢ちゃん」

「どうだかね」

 二人が剣を下げる。どちらともなく笑みを交わすあたり、女は俺にはよく理解できない生物だなぁ。

 サリーがこちらを見て、

「やってみる?」

 と言った、俺は堂々と答えた。

「見ててくれ」

 俺は小屋の裏に積み上げられている薪の一本を取り上げると、放り投げた。

 それに向かって、俺は踏み込んだ。

 薪が二つに割れる前も後も、俺が剣を抜いたようには見えないはずだ。

 軽い音ともに薪が、一本から二本になり、地面に落ちる。

「お見事」

 軽く拍手して、サリーが笑う。

「私の居合の極意を、よく理解しているわね」

「まだ真似しているだけだよ」

「その技は、静寂の太刀、と呼ばれている。その名を持つにふさわしい技量だわ」

 静寂の太刀か。

 この剣術は、極めて特殊な居合だと俺はもう理解していた。

 歩法は、一直線で、速さが命になる。

 それと同時に、この歩法は、相手の意識の注意を引かないように、始まる。予備動作はないし、真正面から不意を突くような、そういう歩法なのだ。

 そして居合自体は、超高速で、サリーはどうか知らないが、俺の技量では、二の太刀はない。

 一撃必殺なのだ。まぁ、居合はそもそもそういうものだし、構わないだろう。

 サリーが自分の腰の剣を外すと、こちらへ放ってくる。

 受け取った俺に、サリーが笑みを見せる。

「その剣をあげるわ。良い剣よ」

「そうかい」

 俺は自分の腰の剣を鞘ごと外し、サリーに投げ渡した。

「そこそこの剣だよ」

「記念にもらっておくわ」

 受け取ったサリーの剣の鞘、その鯉口とは逆の方に触れ、すっと引くと、そこに短剣が現れた。サリーがニヤッと笑った。

「気づかないかと思ったけど、目敏いね」

「二刀流を使うのか?」

「いいえ、ただの興味本位よ」

 抜いた短剣を見るが、しっかりとした作りで、興味本位にしては本格的だ。

 それを鞘に戻し、剣を腰の後ろに釣ってみる。うん、悪くない。

「ありがとう、大切に使うよ」

「私から盗んだ剣術を貶めないように」

 初めて見る晴れ晴れしい顔でサリーが笑った。

 その夜は、小屋の中でいつになく賑やかに話をし、その背景に雪が降っているかすかな音が続いた。

 明かりを消し、それぞれに眠りに落ちる。

 かすかな音がして、俺は目を開いた。ぼんやりとした小屋の中。

 片目を失って研ぎ澄まされた第六感は、正確に機能して、俺はそっと床を抜け出し、外へ出た。背中を向けていた彼女がハッとして振り返る。

「気づいたの? 私も体が鈍ったわね」

 サリーが微笑む。俺も笑って見せた。

 今も雪が降っている。足跡が朝まで残っているかはわからない。でもサリーは、足跡は消えると踏んでいるんだろう。

「私は消えるわ」

「そうか。まぁ、止めないよ」

「また剣を練り直すわ。じゃあね、ミチヲ」

「うん、気をつけて」

 サリーが笑う。

「止めてくれれば、もう少し一緒にいてもいいけど?」

「止めないよ。きみにはきみの道がある」

「そういうところは、好ましいわね。また会いましょう」

 雪に足跡を残して、サリーが歩き出した。

 振り返ることはない。

 彼女の姿が雪のカーテンの向こうに消え、それから僕は小屋に戻った。キールもモエも眠っている。

 僕は床に戻り、じっと目を閉じた。

 頭の中に、サリーの剣筋が無数に浮かんだ。

 彼女の気配は、まだ僕の中にはっきりとあった。




(続く)










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