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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第1.5部 鮮やかなる技
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1.5-7 試行錯誤

 モエが戻ってきて、俺の包帯を変えてくれた。少しずつ周囲が明るくなり、朝が近い。

「あの隠れ家から持ってきたの?」

「三日前にね」

「三日前?」

 そうやら俺は三日も意識不明だったらしい。

「さっさと峰を越えましょうよ。ここにいても、いいことはないわ」

「体がもうちょっと動けばね。なんか、全身が痛むけど、どうしたんだろう」

「いろいろあったのよ」

 いろいろが気になったけど、尋ねるべきじゃないようだ。

 包帯が新しくなって、やっと自分の傷の具合が推測できた。包帯が真っ赤だし、モエが言うには毎日交換したらしい。傷口を縫ってくれたようけど、相当、深いのだ。

「目は見える?」

「左目はダメだね。何も見えない」

 僕がそう答えると、モエが呆れた顔になる。

「そんな簡単に言わないでよ、重大じゃないの。不便だと思うけど」

「まぁ、片目が見えるし、良いんじゃないの?」

「あんた、昔からそういうところがあったわよ。心配して損した」

 それからモエが用意してくれた保存食を食べ、俺は例の窪地の中の基地に入って、横になった。まだ体が激しく痛むので、運動を控えるように、と彼女に念を押された。それにしても、いったい、どこで傷めたんだ?

 モエがどこかへ行ってしまい、僕は一人で薄暗い中、じっとして目を閉じていた。

 暗闇に浮かぶのは、サリーの剣、その動きだ。

 何度も何度も、確認した。

 特別な居合。剣の振りも早いが、体の動かし方が見たことがない。

 相手に動きを予測させないこと、一撃で仕留めることを、何よりも追求している。

 そもそも居合がそういうものだが、このサリーの動きは、極端にその良さを追求している。

 どうしたら対処できるのか、それが悩ましい。

 いつかの剣士の言葉が浮かんだ。

 全く新しい筋が来る。

 そうなのだ。

 ここでいくらサリーの動きを検証したとしても、それは無限にある筋のうちの、一つに過ぎない。その筋で剣が襲ってくることは、二度とない。

 だから、いくらあの筋の受け方を想像しても、無意味だ。

 どうしたら、全く知らない一撃に、反撃できるのか。

 答えが出ないまま、ひたすら繰り返し、彼女の体の動かし方、姿勢、踏み込み、重心移動、そういう全てを検証していた。

 人の気配がして、モエだった。

「食事よ。大したものはないけど」

 外へ出ると、何かの根菜のようなものが放られてくる。もちろん、生だ。

 旅の中ではこういうものを食べることも多い。

 剣を抜いて、土で汚れている皮を全部、削ぎ落としてから食べた。硬いが、まぁ、腹に入れば問題ない。ちょっと不安だったけど、食べてみれば、腹を壊しそうでもない。

「あの女に勝てそう?」

 水筒を渡しながら、モエが声をかけてきた。

「わからないな。速さ比べになる」

「速ければ勝てる、とは思っているわけだ」

「体が万全になれば、そうなるよ。いつになるかわからないけど」

 苦虫を噛み潰したような顔になり、モエが自分の芋をかじる。

 彼女は食事を終えると、またどこかへ行ってしまった。俺はまた基地に戻り、横になってじっとしていた。眠気がやってきて、眠ってしまった。

 夢の中だと思うけど、俺は剣を振っている。繰り返し繰り返し、様々な振りを繰り返す。

 敵はいないけど、まるで敵を前にしているような振り方をする自分が、滑稽だった。

 それでも夢の中の俺は、ひたすら剣を振る。

 何を見ようとしている? 何を見ている?

 自分で自分に問いかけると、俺は動きを止め、じっと前を見る。

 影が滲み出すように、誰かが現れた。

 旅の剣士でもない。サリーでもない。

 一番近いのはモエだけど、顔はないし、どこが似ているかはわからない。

 相手が剣を構えて俺も剣を構えた。

 俺の一撃と、影の一撃が交差する。

「ミチヲ?」

 目が覚めた。冷や汗が全身を覆っていた。

 外を伺うと、もう薄暗い。夕方なんだろう。モエがこちらを覗き込んでいる。俺は這い出すようにして、外へ出た。体は少し楽になった。これなら一週間もせずに、普段の動きを取り戻せそうだ。

 昼間と同じ芋と一緒に、彼女は魚を一尾、放ってきた。見事な手前で三枚下ろしにしてあって、骨を剥がれた身は二枚、尻尾でくっついている。

「火を起こすのは、さすが無理だから。新鮮だから、食べても大丈夫だと思うよ」

 というわけで、魚を食べ、芋を食べ、水を飲んで、萌が見張りをすると言って聞かないので、僕はまた暗闇に戻った。

 眠るとさっきの夢の続きを見そうだった。怖いわけではないけど、気持ちのいい夢ではない。

 どうやら、俺は、生きることに執着しているようだ。

 暗闇がいつの間にか俺を包み込み、目の前で想像の剣が翻っている錯覚に襲われる。

 切られる。死ぬ。想像の中で、俺は何度も身に剣を受け、肉を切られ、骨を絶たれ、命を失った。架空の血煙が立ち込める。

 鳥のさえずりがして、朝だとわかった。

 外へ出ると、モエが蹲っている。眠ってはいない。じっと気配を消して、それでいて周囲に注意を払っている。だから俺にもすぐ気づいた。

「ちょうど良かった」彼女が囁く。「さっきから人の気配が遠くにする。移動しましょう。急いだ方がいいと思う」

 秘密基地ともお別れか。

 少ない荷物を抱えて、二人で森の中を彷徨うように進んだ。俺にはまさに彷徨っているようにしか感じられなかったけど、どうもモエには目的地があるらしい。

 斜面を上っていくと、徐々に視界が開けていく。木々がまばらになり、ついに岩場になった。

 なるほど、峰を越えようということだったんだ。

「山賊たちはどうなったのかな」

 俺が尋ねると、モエはこちらを振り返りもせずに、答えた。

「知らないわよ。ただ、私たちはもう彼らと関わっても、少しの得もないのは明らかね」

「その通り」

「サリーと剣を交えたさそうね」

 おっと、心を読まれたらしい。

「あなた、今に死んじゃうわよ」

 いつになく強張った声で、モエが言った。俺はそれがどこかおかしくて、こらえきれずにちょっと笑ってしまった。足を止めて、モエがこちらを振り返る。本気で怒っている顔だ。

「あなたを巻き込んだのは私だけど、あなたに死んで欲しいわけじゃない」

「うん、わかっている。よくわかっているよ」

「あなたを連れ出したのは失敗だった」

「え? なんでそうなるの?」

 思わず聞き返すと、モエの顔が少し歪んだ。

「私のせいで、あなたに怪我をさせて、私、私……」

 どうやら、責任を感じているらしい。モエらしくない気もしたけど、そう、彼女は前からこういう優しい子だったな。

「気にしないでいいよ。俺は、これでも楽しんでいる」

 急に足元の石を拾って、モエが投げつけてくる。ひょいと避けられる、軽い投げ方だ。

「本当だよ。いろんな剣を見てきた。それに、自分の可能性にも、気づいた」

「この……! バカ……!」

 次々と石を投げつけられるけど、全部、避けた。

「避けるな!」

「これでも俺は怪我人だよ?」

 モエは諦めたようで、また前を向いて歩き出した。俺もそれについていく。

 峰を越えて、岩場を下りていく。前方にまた森林。そのすぐ先に、また木が生えていない峰がある。あそこを抜ければ、アンギラスへ大きく近づく。

 木々の間に進み、下草をかき分け、いよいよ人の痕跡もないので、剣を抜いてそれで植物を切り払って進んだ。

「こんなことをしたら、追われるんじゃない?」

「私たちを追ってくる人がいると思う?」

「山賊も査問部隊も探していると思うけど」

「誰も私たちに歯が立たないわよ。死にたがりじゃなきゃ、追ってこない」

 そういう理屈か。

 うーん、一つ、気になる点がある。それはモエが本当に忘れているのか、もしくは忘れたふりをしているのか、俺にはよくわからなかった。

 日が暮れて、草むらに紛れるようにして休んだ。僕は想像よりも早く具合が良くなってきた。

 翌朝になり、移動を再開する。森林地帯の斜面を下り、上り、また岩場に出た。

「やっと追いついたわ」

 背後の気配には気づいていた。モエもだろう。

 モエは僕と並んで振り返り、憎々しげに呟いた。

「あんた以外に追ってくる相手もいないと思っていたわよ」

 岩場へ進み出てきたサリーが、愉快そうな笑みを見せた。

「お互い、願ったり叶ったりかしらね」

「願ってないわ」

 モエが前に出ようとするけど、それを俺は遮った。自然、俺とサリーが離れて向かい合った。

「殺した手応えではなかったけど、その傷で、私に対抗できる?」

「片目が見えなくても、もう一方の目があるんでね」

 僕も笑うことができた。

 不思議なものだ。命をやり取りをした相手、自分を傷つけた相手に、親しみを感じ、仲間のようにすら感じる。

 これから、また剣を向け合うのに、この暖かさは何だろう。

 まるで剣の冴え冴えとした冷たさと相反するような、暖かさだ。

「今日で最後になるかしらね」

 一歩、サリーが踏み出す。

「どうだろう」

 僕も、一歩、踏み出した。




(続く)



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