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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第1.5部 鮮やかなる技
45/136

1.5-4 取り込み

 コラッドは大柄な男で、どこか粗野な感じがする。ただ、一方で頼れるような気配もあった。

 その彼は俺が作った寝台の一つに腰掛け、モエが用意したお茶の入った器を受け取った。不思議そうに器の中を覗いている。

「茶葉なんて、なかったはずだが?」

「故郷の村でよく飲んでいたお茶ですから、ご安心を。山の中でたまたま見つけたのです」

 モエがそういうと、恐る恐る、コラッドは口をつけた。不思議そうな顔で俺とモエを見る。

「初めて飲む味だ。悪くはない」

 すっとモエが頭を下げる。コラッドはもう一口、飲んでから、声を潜めた。

「君たちを狙っていた男たちの死体は、私たちで片付けておいた」

 そうか、そんなことは忘れていた。今まで、大抵の場合は放置していたのだ。

「お手間をとらせました。剣術を教える機会もなく、申し訳ないです」

 頭をさげると、コラッドは小さい声で返事をした。

「実は、お二人には内々にお願いしたいことがある」

 その口調にただならぬものを感じて、俺はこっそりとモエを見た。彼女と目が合う。同じ感想なんだろう。

「できることには限りがあります」

「その剣の腕を借りたい」

 剣の腕、か。

「暗殺ですか?」

「察しがいいな」

「どなたを? こんな山の中に、争う相手などいないと思いますが」

 ずいっと、コラッドがこちらににじり寄った。正確には、寝台から動かずに、身を乗り出しただけだけど、体が大きいので迫力がある。

「ゾルドを、切ってほしい」

 ふむ。それは、かなり難しいな。自然と考えはサリーに及んだ。

「サリーがいますから、不可能かと思います」

「お二人が同時にかかれば、どうとでもなると私は思っています」

 そう言うコラッドの表情は真面目そのものだ。冗談を言っているようではないし、考えていないわけでもない。彼なりに冷静に考え、計算し、サリーに対処できる、と考えているのだ。

「すぐにはお返事できませんし、色のいい返事が出来るとも思えません」

 仕方なく、俺は正直に答えた。こうなってはサリーに誘われたとはいえ、この山賊と関わったのは大失敗だった、ということだ。

 でも、そうか、サリーの剣術を見られたのは、収穫ではある。

「あなたがたを探しているものが、多数、この山に紛れ込んでいます」

 急に話が変わったので、少し安心して、俺はモエの方を振り向いた。彼女は真剣な顔を崩さない。それもそうか。

 向き直ると、コラッドは気むずかしげな顔をしていた。

「相当な手練のようですが、ここでは我々に有利な要素がある」

「罠ですね?」

 答えたのは僕じゃない。モエだ。ここ一週間、僕はかなりの時間を剣術の稽古に費やしたけど、モエはそこらじゅうを歩き回っていて、食事の前後しか小屋にいない様子だった。

 探検している中で、罠を見つけたんだろう。

 彼女の言葉を聞いても、コラッドは小揺るぎもしない。

「彼らは何も知らない。それでもそろそろ気付きつつある。お二人を安全にしておけるにも、限度がある」

 どうやらその主張で俺たちを揺らしに来たようだ。

「なら、謝礼を置いて、出て行くまでのことです」

「その謝礼の代わりとして、と私が言ったら?」

 うーん、現実的じゃない。

 俺の中での最大の関心事は、やはり、サリーだった。

「サリーに勝てるという確信がありません」

 やはり、そこは譲れなかった。

 勝てない勝負をする必要がある場面もある。自分の死が何かの利になることもあるし、決着までに時間を稼げば、勝てないまでも負けない、という状況を作り出せる時もある。

 でも今回の件は、俺にもモエにも得るところはないもない。

 やはりここを出た方がいいだろう。

 その時、外で何か物音がした、と思ったら、即座にそれが悲鳴に変わった。

 俺とモエは得物を掴んで外へ飛び出した。

 小屋の周りに複数の人間。服装では見分けがつかないが、三人がこちらに背を向け、、十二人がこちらを向いている。三人の方が、コラッドが連れてきた山賊か。彼らの側に一人、倒れていて、動かない。

 十二人の方は、査問部隊なんだろう。

 次の瞬間に起こったことは、俺には寸前に察知できたけど、査問部隊の連中は想定外だっただろう。

 風を切る音が連続し、とっさには勘定できない数の矢が彼らに襲いかかった。

 ほとんどは木の幹や地面に刺さったが、査問部隊のほぼ全員が体のどこかしらに矢を受けた。

 モエと俺が同時に飛び出す。狙うのは矢を受けていない奴だ。

 剣が縦横に走り、僕が二人、モエが一人を切った。これで相手は九人だが、しかし彼らも自身の異常に気付いたようだ。

 剣を抜いているが切っ先は定まらず、体が震えている。

 矢に毒が塗られているのは、常套手段だ。査問部隊もこの事態は想定していなかったのだろう。査問部隊は優秀だが、山の中では、山賊に分があったということ。

 彼らは撤退しようとしたが、動きが通常のそれではない。

 モエと俺を防ぎ止める力はもうなかった。

 一方的な殺戮が発生し、査問部隊の残りの九人も、地に倒れた。

「凄まじい腕だとよくわかった」

 小屋のそばに立っていたコラッドが声をかけてくる。

「この小屋ももう安全ではない。砦へ来るといい」

 俺は違和感の正体が、ぼんやりと理解できた。

 コラッドはここに襲撃があることを知っていて、弓を持った部下を潜ませていた。それは俺たちに恩を売るためだ。

 その恩に報いるために、ゾルドを殺せ、と暗に言っているのだ。

 隠れ家が危険というシチュエーションさえも、コラッドの謀かもしれない。俺たちを堂々と砦へ入れることができる。

 そうなると俺とモエに、ゾルドから剣術の指南についての話がないのも、コラッドの策のうちだろうか。いや、それは考えすぎか。理由がない。

 何はともあれ、このままこの小屋にいるのは危険だし、砦の方が安全ではある。

 それでもここで山賊と別れる、という選択肢も有望ではあった。

 それができなかったのは、ただ、サリーの剣をもっと見たい、という俺の変な欲求のせいかもしれない。

「先ほどの話は聞かなかったことにします」

 俺はコラッドにそう宣言すると、彼は軽く顎を引いた。でも顔は全く納得していない。むしろ、部下がいなければ、もっと圧力をかけてきそうな雰囲気だった。

 砦に行けば、さすがにコラッドも表立って俺たちを勧誘しないだろう。

 荷物をまとめて、砦へ移動した。移動しているうちに、どこかから現れた男たちが合流し、彼らは全員が弓を持っていて、矢筒も背中にある。彼らが査問部隊を襲ったのだ。みな若く、血の気が多そうだった。

 砦に着くと、ゾルドが迎えてくれた。

「報告は聞いている。隠れ家を襲われたと」

「助けていただきました」

「我々としても、あまり揉め事は歓迎できない」

 おっと、俺が望む展開になったぞ。

「早いうちに、別の場所へ移ろうと思っています。いえ、今すぐでもいいのですが」

 さりげなくそう言うと、ゾルドが強く頷く。

「良いだろう。必要なものを渡す代わりに、一つ、頼みがある」

「なんでしょう?」

「今夜、宴を開く。そこでサリーと立ち合ってくれないか? 俺の前で」

 思わずゾルドの瞳を見つめていた。本気の目だ。

「殺し合え、と?」

「良いだろう?」

 良いも悪いもないけれど、いつの間にか近くにゾルドの部下も、コラッドの部下も集まり、二十人ほどの集団が俺たちを取り囲んでいる。剣の腕が使えそうな身振りの奴は十人ほど。

 さて、無傷で突破できるか、と自然と考えたけど、それはやめた。

 サリーと堂々と剣を交えられるなら、それも良いだろう。

 もっと剣術を知りたいし、単純に自分の成長を試したかった。

 愚かしい判断だった、と気付いたのは、だいぶ経ってからだけど、この時には何も感じなかった。

「良いでしょう。今夜ですね?」

 俺の返事に、ゾルドが笑う。

「勇敢だな。尊敬するよ」

「サリーを切っても、許されるのですか?」

 その問いかけに、ゾルドは不敵に笑って応じる。

「彼女を切れる奴を、俺は知らないよ」

 どうやら俺がかませ犬のポジションらしい。

 精々、足掻いてやるよ。

「部屋を用意する。そこで調子を整えれば良い」

 ゾルドの身振りで、山賊の一人が俺とモエを砦の奥へ連れて行ってくれた、山賊たちの塊も、散ったようだ。

「どういうつもり? 死にたいの?」

 歩きながらモエが訊いてくる。

「死ぬ気はないよ。勝てるさ」

「不安だわ。あの女は、底がしれない」

 そこはお互い様、と思ったけど、俺は黙っていた。

 案内された部屋で食事をして、あとは俺はひたすら、以前に見たサリーの剣のことを思い返していた。

 興奮するでも、恐怖するでもなく、淡々と、頭の中で無数の動きをイメージした。

 夕日が眩しい、と思って顔を上げる。

 そろそろ夜だ。

 決着をつけるときは、もうすぐそこだった。





(続く)


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