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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第1.5部 鮮やかなる技
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1.5-2 隠れ家

 山賊の頭目は、ゾルド、という男で、山賊の頭目となれば何となく大男を想像していたけど、小柄で、どちらかといえば悪知恵が働きそうな雰囲気だ。

 副頭目として二人の男が控えていて、そのうちの片方、コラッドという男の方が、よほど山賊の理想像に近い。とにかく体格がいい。まぁ、山賊に理想像があれば、だけど。

 ゾルドは建物の奥の部屋で、俺とモエに対面した。

「どこから来たね? 長旅のようだが」

「シュタイナ王国の西部国境ですよ」

 俺が真実を話すと、ゾルドはそれを疑ったようだった。

「ここまで一ヶ月じゃとても利かないが、本当か?」

「俺は元は傭兵だ。蛮族と戦っていたのさ」

「傭兵? 剣術を使うのか?」

 そう言いながら、ゾルドは俺の頬の傷をじっと見て、それから部屋の壁際に控えているサリーを見た。

 サリーが軽く頷く。

「私の一撃を凌いだ人は、久しぶりよ。かなりの腕だわ」

「で、そちらの女は?」

 興味はモエに移ったようだ。モエは黙り込んで、じっと睨んでいる風だった。

 またサリーが発言した。

「彼女は剣聖って名乗っているけどね」

「剣聖?」

 さっき以上にゾルドの表情に疑いの色が浮かんだ。

「モエ・アサギ、が、お前か?」

「私の名前もこんな辺境まで轟いているとは、嬉しいわ」

 全く嬉しそうでもなく、むしろ不快げにモエが答えると、ゾルドが唸って、顎を撫でた。

「モエ・アサギについては、俺たちも情報を得ている。行方不明、と聞いていたが、逃げたのか? 剣聖が?」

「剣聖でも一人の女ですからね」

 まだ不愉快そうなモエの返事に、ゾルドが少し笑った。一人の女、という表現が面白かったんだろう。俺だって面白かった。黙っていたけど。

「サリー殿に二人を加えれば、仕事はやりやすくなるな」

 副官のコラッドがそう言うと、うむ、とわずかにゾルドが唸り、しかし結論には慎重なようだった。

「これはもうどうしょうもないことだけど」

 急にサリーが発言したので、俺も含めて、全員がそちらを見た。彼女は平然としている。

「そこの二人を追っている連中が、私に勘違いか何かして、襲いかかってきたのよ。はっきりさせておくけど、私から襲ったんじゃないわよ」

「それで?」

「私、連中を切っちゃったわ。五人ほど。仕留め損ねた三人は逃げた」

 その言葉で、俺は内心、歯噛みしていた。あと三人、きっちり切ってくれれば、問題はもう少し楽だったのに。

 そんな俺をよそに、ゾルドは真剣な顔になり、こちらを見た。

「あんたたちをこれから縛り上げて、そのどこかの誰かの前に放り出す、という決断はどうだろう?」

 まぁ、そうなるよなぁ。

「抵抗しますから、全力で」

 俺が答えるより前にモエがそう言った。嫌なことに、ゾルドやコラッド以上に、サリーが嬉しそうな気配を発散させてる。

 彼女の相手は正直、したくなかった。

 ただ、ゾルドは俺とモエの実力を知らないし、そもそも二対一になる、と考えたようだった。

 深くため息を吐き、部屋の隅の部下に何か合図をした。

「二人には少し、身を隠してもらおう。俺たちとしても、あまり山の中を騒がしくしたくない」

「ここに匿ってくれる?」

「馬鹿を言っちゃいけない。隠れ家を用意する」

 それはまた、都合がいいことで。

「何の謝礼も払えないけど、どうすれば?」

「俺たちに剣術を教えてくれれば、それでいい。できれば仕事を手伝ってくれてもいいが」

「仕事?」

「追い剝ぎさ」

 それはまた身も蓋もないな。

 結局、その建物の中に滞在したのは短い時間で、ゾルドの部下の若い男の先導で、俺とモエ、それになぜかサリーが付いてきて、四人で山の中にまた分け入った。

 何か目印があるようだけど、俺には見分けがつかない。

 日が暮れるのでは、と思った時、その小屋が見えた。斜面に作られていて、比較的大きい。ただ、大きな岩に寄り添うように建てられていて、その岩の側から見れば、建物を見落としそうだった。考えられているんだろう。

 中に入ると、土埃がひどいけど、まぁ、生きてはいける。

 若い男が川のある方向を教えてくれた。案内して欲しかったけど、彼はすぐに帰るらしい。食料と燃料は建物の中に保存されていた。

 サリーはどうするのかな、と思ったら、彼女は残ると言い出した。

「川へ行きましょうよ。迷ったらいけないし」

 モエがすごい瞳で睨みつけても、サリーは平然としている。三人で森の中を進み、川を目指した。

「あなたはこの山のことを把握しているの?」

 俺がサリーに尋ねると彼女は軽い調子で応じた。

「暇なときに歩き回っているからね。地の利は何よりも大事なものでしょ? 傭兵なら、知っているはずだけど?」

「ええ、まぁ、基礎中の基礎ですけど。俺はちょっと、山はまだ経験が浅い」

 と言っているうちに、川の流れる音がして、川も現れた。モエが無言なのが、ものすごく怖いけど、とりあえず持ってきた小さな甕に水を入れて、小屋へ引き返す。

 戻った時にはすでに日が暮れていた。周囲は真っ暗だ。木が密集していて月明かりもかすかだった。

 燃料を燃やして、片付けは明日にして、とりあえずはその明かりの中で休める場所を確保した。

「さっき、あなたがここに残って片付ければよかったのでは?」

 からかい交じりにサリーがモエにそう言ったけど、当のモエは無言だ。怖い。

 保存食と白湯で食事を済ませて、俺とモエは揃って小屋から出た。サリーも自然とついてくるけど、まぁ、構わないか。

 外に出て、ほとんど真っ暗の中で、お互いに向かい合う。

 サリーが見ている前で、俺とモエはいつもの稽古をした。

 真剣を抜いての実戦形式の稽古。

 相手を傷つける前に剣を止めることくらいは、それぞれができるので、それで成立する際どい稽古だ。

 お互いの剣が鋭く翻り、かすかな光に瞬き、宙を走る。

 しばらく、それを続けて、すっと身を引いて、向かい合う。

「なかなかの見世物ね」

 サリーが拍手をして、そんなことを言う。モエが彼女を睨めつける。今にも切りかかりそうだった。ただ、サリーの様子には油断も隙もない。

 拍手しているのに、次の一瞬には剣を抜いてくるんじゃないか、と思わせるものがある。

「確かにそこのお嬢さんは剣聖らしい。雷の剣聖、その太刀筋に相応しい鋭さではある」

「本気じゃないわよ」

「本気の程度が知れるから、その言動はやめたほうがいいわ」

 どうやらモエとサリーは相性が悪い。俺は割って入るしかない。

 俺以外に、他に誰もこの場にいないし。

 二人の視線を遮る位置に移動して、どうにかなだめる。

「二人にはそれぞれ、プライドがあるのは、わかった。まぁ、落ち着いて、少し休もう」

 納得した雰囲気じゃなかったけどモエが小屋の中に入る。

 でもサリーは入ろうとしない。

「えっと」剣呑な雰囲気でもないけど、やっぱり怖いな。「何か用がある?」

「あなたの剣術は、正確すぎる」

 いきなり言われても、理解できない。

「これでもほとんど我流だけど?」

 誤魔化すべく、そう言ってみるけど、サリーは納得していないようだ。

「私の一撃を、あんなに正確に受けた人はいない。どうして?」

「たまたまだよ、たまたま。他に何か、ある?」

 こちらも腑に落ちない表情のまま、サリーは僕を見て、動かない。当然、俺もシラを切るべき。動かない。

 無言の対峙はサリーが視線をそらして、それで終わった。

「私は例の砦に戻るわ。近いうちに、また来るから」

 やれやれ。ホッとするよ。

 サリーは帰ると決めたらあっさりと去って行った。夜の中でも目が効くらしい。もちろん、俺も夜目は鍛えている。こんなに暗いところは滅多にないけど、夜襲をしたりされたりは、無数の例があるのだ。

 小屋の中に入ると、モエがブスッとした顔でこちらを見た。

「あの女、気に食わないわ」

「でもかなり使うよ、あれは」

「私もそれは認める」

 まるでサリーがすぐそばにいるかのように、モエが声を潜めた。

「あまりに速過ぎるけど、あれは理にかなった剣術だと、思い起こすと感じるけど、どう?」

「信じられない冴えだった。モエの見立ては間違いじゃない」

「あの女と剣を合わせるべきだと思うけど?」

 モエが言っているのは、サリーの剣術を盗み取れ、ということだけど、どうしたものかな。

「考えておくよ」

 結局、その日は壁に背中を預けるような姿勢で、座って眠った。

 翌朝から小屋の中を整える作業を始めて、工具と適当な材木が揃っていたので、簡易的な寝台を組み立てた。モエは食料を探しに行く、とどこかへ出て行き、昼間に帰ってきた時には山菜をだいぶ手に入れていた。

 小屋での生活が三日目になると、もう何の不自由もない環境になっていた。

 その日の昼間、フラッとサリーがやってきた。荷物を持っていて、その荷物の中には燻製にされた何かの肉の塊があった。

「これ、差し入れ」

 彼女はにっこりと笑うと、その笑みをすぐに挑戦的なそれに変えた。

「差し入れの見返りに、あなたの剣術、試させて」

 願ったり叶ったりだけど、しかし、背筋が冷えて仕方ないのは、なぜだろう……?







(続く)

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