4-8 短い時
騎士学校に入学し、寮の部屋に移った。
制服を用意したり、学校で必要なものを揃える必要もあったけど、まずは剣だった。
例の村の鍛冶屋の剣は、まだ来ない。シタロが工面してくれた剣を受け取ったけど、前の剣とは少し長さも重さも違って、慣れるのに時間がかかりそうだった。
剣聖の前で真剣の立ち合いをした、という噂は学校中に広まっていて、初めて登校した僕を、クラスメイトは遠巻きにしている。一年生に途中編入で、平均年齢は僕よりもだいぶ下だ。
一週間すると、クラスメイトで話しかけてくる生徒もいて、僕も彼らと話すようになった。
ただ、誰の判断だったのか、座学はそのクラスで受ける一方、実技は四年生と一緒だった。
そのクラスではリーとリックがいる。二人がきっかけになり、四年生たちは自然と僕と打ち解けた。四年生がみんなリーと同等の使い手かと思ったら、そうでもない。
どうもシタロが教えてくれたように、生徒の半分は経歴のため、地位を得るために騎士学校に入っているだけで、剣の腕があるわけではない。
実際、リーやリックのそばにいる生徒だけは、僕も侮れない連中だ。
騎士学校での生活は、今までに経験したことのないものになっていった。
自分より年下の少年少女に恐れと敬意を向けられる。
自分より年下ながら、自分と同等の剣技を使う人間がそばにいる。
何より、自分がとても構わない存在が、すぐそばにいる。
新しい剣が届いたのは、騎士学校に入って数ヶ月が過ぎた頃だった。例の鍛冶屋が送ってくれたのを、僕はシタロの使者から受け取った。
すでに研ぎも終わっていて、輝いて見えた。
騎士学校でリーに見せると、彼は唸りながら、
「これを折るのは無理だな」
と、悔しそうに口にした。
僕は剣に慣れるために長い時間の訓練を自分に課して、同時に騎士学校の生徒が使う、様々な剣技を身につけていった。
さらに半年が過ぎて、冬になった。シュタイナ王国には雪は滅多に降らないらしい。
春には二年生に進級し、実技では五年生に混ざるはずで、それは両方とも、だだ進級しただけになる。そうなるはずだった。
急に騎士学校の校長室に呼び出させ、そこへ行ってみると、いつか見た男性が椅子に座って待っていた。
どこで見たのかは、すぐ思い出せた。
騎士学校に入る前の、剣聖の前での立ち合い。
この男性は、剣聖の列の中心にいた人だ!
「カイ、座りなさい」
どうするべきかわからず、ぼうっとした僕を、校長先生の声が我に帰らせた。少しギクシャクしつつ、空いている椅子に座った。斜め横に剣聖がいる。
校長先生が咳払いをして、話し始めた。
「こちらは、筆頭剣聖のソラ・スイレン閣下です」
「堅苦しいのはいいよ」ソラが素早く割り込んだ。「カイ、僕のことを変に意識する必要はないよ」
僕は恐縮して、頭を下げた。
「騎士学校はどうだい? 楽しい?」
「いえ、あ、はい、勉強になってます」
どうにか答えると、ソラが小さく笑った。
「子どもに混ざって、面白いかな?」
「座学は、仕方ありません。僕には、学がありません」
「そうとも思えない成績だけど?」
言ってソラが校長先生を見ると、先生は冷や汗を拭っているようだ。
自分でもよく知っているけど、座学で苦労することはない。今のところ、知っていることを確認するようなものだ。でも僕は実際に学校に通ったことはないから、ここで勉強をするのも、必要だと考えていたんだけど、違うのかな。
筆頭剣聖がこちらに向き直る。
「剣技の授業での成績も聞いている。四年生とも遜色ないらしい。手応えは?」
「リー、リックとは、ほぼ互角かと」
「本気でやっている? カイ」
何を尋ねられているか、即座に理解できた。
本気というのは、実際に切る気で、ということだ。
「リーやリックを切れるかい?」
今度ははっきりと、ソラは言った。
「切れると思います」
「あの折れた剣でも切れるかな?」
立ち合いの場面が、脳裏に浮かんだ。
あの時のことは、何度も何度も考えたことだ。
実際の戦場だったら、あそこでリーは容赦しない。武器をほとんど失った僕に全力で向かってきて、それを僕がどう凌げたのか、それとも凌げないのか。
答えは出ていないけれど、やることは決まっている。
「切られるまで、切ることを諦めません」
そう答えていた。
ソラがじっとこちらを見てから、軽く頷く。何を考えたんだろう?
「きみを騎士学校から出すべき、という主張がある。まぁ、主に僕とカナタがそう主張しているわけだけど。カナタというのは次席剣聖。知っているよね?」
「はい、存じています。しかし、騎士学校から出す、というのは……」
「きみは剣聖候補生だから、近衛騎士に組み込む、というのが妥当だけど、別の方向がいいかな、と僕は考えている」
別の方向?
ぐっとソラがこちらに身を乗り出して、それだけでも僕は緊張した。
「地方へ行ってみないか? きみは旅をしてばかりの人生のようだけど、もうちょっと、それを続ければいい」
「旅? 地方? よく分からないのですが、どういうことですか?」
「派遣武官、という役職があって地方の査察が主な任務だよ。所属は王属兵団で、近衛騎士には劣るけど、それでも高位の部隊だ」
すぐにシタロの話を思い出し、シュタイナ王国の仕組みを思い描いた。
悪い話ではないけど、でも、僕の立場はどうなるんだろう?
疑問が表情に出ているようで、ソラがにっこり笑った。
「騎士学校は特例で、在籍していることにする。その代わり、こちらからの座学の課題は郵送で提出してくれ。うまく工夫するよ。もしかしたら教師を君につけるかもしれないが、それは受け入れてくれ。実技の方は問題ないだろう。あとはきみ次第だが、行く? 行かない?」
こういう時は、即断即決が絶対だ。
そもそも騎士学校に通うのは、兵士になる人間だ。
兵士は余計なことを考えない。
それを教えてくれたのは、ミチヲだった。
「行きます」
僕の返事に、ソラがすぐに席を立った。
「春には出発できるように、手続きする。事前に告知があるが、まぁ、心の準備ぐらいはしておいてね。じゃ、また」
あっさりとソラは部屋を出て行って、彼がいなくなってから、校長先生が深く息を吐いた。
「きみは本当に、ただの剣聖候補生なのか?」
呆れたように校長先生が言うけど、僕にはよく理解できない。
「あの方は、生ける伝説だよ。それがまるで友達のようにきみに接する。きみという生徒が、私にはよくわからんよ」
ソラ・スイレンの名前は、ミチヲからも聞いていた。筆頭剣聖で、精神剣という特殊な能力を持つ。絶対剣聖とも呼ばれるらしい。
でも実際に彼と対面してみると、普通の男性にも見える。さっきのような自然なやり取りが、板についているというか、どこも違和感を与えない。
不思議な人だけど、でも、その強さは折り紙付きのはずで、ただ、その強さが測れないのは、明らかに高い実力があることを示している。
本当に強い人は、それを相手に悟らせない。
校長室を出て、僕は窓の外を見た。冬とは思えないほど暖かい。
また、旅か。
今度は何を見れるんだろう?
じっと、僕は外を見て、それからゆっくりと歩き出した。
(続く)