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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第4部 剣聖の弟子 流浪編
37/136

4-6 剣聖の剣技

 四つの宿場を一つも休まずに、僕は歩き続けた。

 背中の傷だけは気になるので、包帯を替えたり薬をかけたりして、その間には休んだくらいで、あとは不眠不休だ。

 目的の宿場に着いてみると、すでに剣聖はどこかへ去っていた。町人に聞き込んだところだと、剣聖は伴も連れずに一人で行動しているらしい。どちらの街道を選んだのかを尋ね、それを追った。

 最初から数えると六日の不眠不休の結果、小さな村で休んでいる剣聖に追いついた。

 村の中でも刀鍛冶の老人の小屋にいた剣聖は、自分の剣が研がれていくのをただ見ていた。

「私に用があるのかい?」

 剣聖は気さくに声をかけてくる。老人の作業のそばを離れ、僕と一緒に小屋を出た。これはきっと、老人の集中を乱したくない、という気持ちだろう。

「名前は?」

「カイ・エナです」

「どこから来た? 顔立ちはパンターロだが、遠すぎる。移民の子か?」

「パンターロから参りました」

 ふむ、と彼は頷き、そして僕の体を軽く眺めた。

「気配でわかるが、よく訓練されている。どういう用件か、聞いてみる気になった」

「お手合わせを」

「手合わせ? 私が誰かも知らないのかい?」

「剣聖のお一人と、見ればわかります」

 クックと愉快そうに彼は笑った、そして老人がいる小屋の中に何か声をかけ、僕に「ちょっと歩こう」と言って、村から出る方向へ歩き始めた。色々な人の後を追ったように、僕はその背中についていく。

「私の名前は、シタロ・オーリッヒ。第九席の剣聖で、称号は、鎮の剣聖だ」

「はい」

「手合わせをするとは、死も厭わないということだが、知っているかい?」

「もちろんです」

 急に頭の中に、カンバのことが浮かんだ。

 彼とはまるで違う気配を放出するシタロを前にして、カンバの暢気さ、日和見主義の強さが、よくわかった。

 ミチヲから教えてもらったけど、剣聖の座につけば、あとは死闘の連続になる。剣聖は負けて死ぬまで剣聖で、常に多くの人間に戦いを挑まれ続ける。

 シタロは、カンバとは全く違う。僕ともかけ離れているように感じた。

 シタロは僕よりも多くの人を切っている。それも僕よりも強い人を、切っただろう。

 敵うわけがないのは、自然な発想だ。

 でも僕はそれでも、シタロと手合わせをする気になっていた。

 初めて人を切り、さらに多くの人を切り捨てた。

 僕は心を取り戻せたかはわからない。

 わからないまま、旅をして、ここまで流れてきた。

 自分に心があるのか。それともないのか。

 剣聖と立ち合えば、何かがわかる気がした。

 理屈ではなく、感じていた。

「いい目をしている」

 僕をいつの間にか見ていたシタロが微笑み、すぐに前に向き直り、進んでいく。

「あの刀鍛冶は良いぞ」

 急に話題が変わったので、なんのことかわからなかった。

「あの老人の噂が気になって、ここまで来たんだ。良い剣を打つ。私の剣を新調するつもりで、来たんだが、半ば断られたよ。完成は半年後だと言われた。それでも依頼して、今の剣を研いでもらっている」

 その話の行き着くところは、さっぱりわからない。ただ黙って、僕は歩いた。

 剣聖は途中で曲がり、また曲がり、道は元のところへ出た。そのまま鍛冶屋の小屋へ戻っていく。剣聖はもう何も言わなかったので、僕も無言だ。

 鍛冶屋の小屋に戻り、剣聖は中に入ったが、僕は、ぜひにも立ち合いたいという意思を示すため、外で待った。

 剣聖が出てきた時、腰には剣があった。老人も一緒に出てくる。

「立ち合いにはその剣でいいのかな」

 立ち合ってくれるのだ。

 興奮して、そして一瞬で冷静になった。

「よろしくお願いします」

 僕は距離を置いて、剣を抜いた。

 実戦、それも今までに相手をした誰よりも強力で、勝利は不可能に近い相手。

 どうしてそんな相手に挑むのか、考え始めたらわからなくなり、気持ちが鈍っただろう。

 自然と、相手のことを考えるのはやめた。

 相手の技量が僕を切るのは一つの側面だ。

 ただ、相手の技量がどれほどでも、僕を傷つけるのは彼の剣になるだろう。

 剣だけを見ればいい。

 そうすれば自然と、相手の全てが見えるだろう。

 剣聖が腰の剣をゆっくりと抜いた。

 向かい合い、剣を向け合い、そして間合いを測る。

 緩慢な動作。時間の流れが感覚から切り離される。

 シタロの静かな気配。

 何かを探る気配。でもそれはこちらも同じ。

 僕が相手の剣技を知らないように、相手も僕の剣技を知らない。

 ただ、純粋な技術ではこちらが圧倒的に不足している。

 攻めるべきだ。

 そう思っても、シタロには隙がない。

 どこから切りかかればいい?

 様々な展開が脳裏に浮かび、否定される。

 まるで相手の掌の上に、僕がいるような錯覚。

 何をしても、反撃が僕の命を奪う。

 恐怖。怯え。

 心の中が冷えていく。

 その冷えが体の動きも鈍くするだろう。

 今、切りかかられたら、反撃も出来ないだろう。

 落ち着くように集中した。

 シタロは攻めてこなかった。

 どれくらいの時間が過ぎたのか。

 わずかなシタロの切っ先の動き。

 今だった。

 一瞬に全てが凝縮された。

 お互いの剣が空を切る。

 僕の両足が複雑なステップを踏んだ。

 和音の歩法、それを牽制に、続けざまに五線譜の歩法。

 シタロの剣がもう一度、空を切り、その背後に僕は立っていた。

 一撃でいい。

 一弦の振りで、十分。

 繰り出す必殺の一撃。

 でもそこが、限界だった。

 手を止めた理由はわからない。

 シタロの剣が、背後も見ずに、僕の額の目の前に切っ先を据えている。

 僕の剣は、シタロの首筋に向かっているが、わずかに距離があった。

 両者が手を止めたが、一瞬早く、シタロの一撃の方が僕の頭を貫いている。そういう間合いだった。

 さっと、シタロが剣を引き、僕も姿勢を整えた。

 呼吸が激しく乱れている。それがなかなか、治らなかった。

「良い剣だな。見事だ」

 剣聖が僕を認めている?

 彼は笑顔を見せ、それから僕の剣をじっと見た。

「素晴らしい冴えだった。剣聖の座をかけた戦いだったらと思うと、ゾッとするよ」

 さっとシタロが剣を鞘に収めた。それから小屋の前にじっと立っていたらしい鍛冶屋の老人に声をかけた。

「この若者に、剣を作ってもらえるかな」

 老人が深く頭を下げた。

 意味がわからない。僕だけが置き去りにされたような状態だった。

 それから老人と剣聖が何か話をして、老人は僕の体に触れたりした。

「お見事な技量でした」

 老人の嗄れた声に、僕はまだぼんやりとしたままだった。

「カイ・エナ、王都に来るつもりはあるんだろう?」

 僕の前に立ったシタロが、僕の肩に手を置いて言う。

「きみには是非とも、騎士学校に入ってもらう。少し、年齢が合う相手は少ないだろうが、我慢してくれ。私からも便宜を図ってみる」

「それは……」

 えっと、頭の中がパンターロの言葉とアンギラスの言葉で混乱する。

 シュタイナ王国では、なんと言ったか……。 

 そう。

「僕を剣聖候補生にしていただけるのですか?」

 にっこりとシタロが笑った。

「それに十分、値する剣技だった。あの歩法はかなり前に似たものを見た」

 思わずシタロを見返すと、彼は遠くを見る目になった。

「もう十五年より前になるかな。和音の歩法、だろう?」

「ええ、はい」

「剣聖の一人が、使っていた。あの剣聖は、私が知る中で一番、早い剣を使った」

 モエのことだ、と直感した。

 シタロもそう思っているのだろう、嬉しそうにこちらを見返した。

「あの方々は、まだ生きているのだな。それだけでも、きみに会った意味はあった。さあ、剣を納めろ」

 言われるまで、僕は剣を手に提げていた。慌てて、鞘に戻す。

「きみの時間を無駄にするのも悪いから、王都へ寄り道せずに戻ろう。戸籍はどうなっている?」「仮のものを登録してあります」

「そうか、パンターロから来たんだものな。いいだろう、そこは私が取り計らう。剣聖はこの国ではかなり強い権限を持っているのだよ。しかしきみは、すごい顔色だぞ。大丈夫か?」

 自分の顔色は、自分じゃわからない。

 そう反論するわけにもいかず、笑みを見せようとして、その瞬間、緊張と集中の最後の線が切れた。

 視界が歪んだと思った時には全てが溶けて、体が傾いた、と思ったところで意識が消えた。

 目を覚ますと、見知らぬ天井が目の前にあり、起き上がったところで、やはり見知らぬ部屋だった。部屋というか、質素な小屋の中だ。パンターロの生まれ育った小屋に似ている。

 農民の小屋かな。しかし、ここは?

 立ち上がると少し足が震えたけど、立てた。外へ向かおうとしたところで、逆に入ってきた少女がいる。僕を見て持っていたカゴを落としたが、すぐに外に顔を出し、「母さん!」と叫ぶ。

 足音がして、中年の女性が入ってきた。

「お休みになってください。今、剣聖さまを呼んで参ります」

 女性の言葉に従って、先まで寝ていた布団に戻った。

 そうか、僕は気を失ったんだ。

 少しして先ほどの女性が、シタロと一緒に戻ってきた。

「いきなり気を失って驚いたよ。具合は? 動けるか?」

「ご心配をおかけしました」

 僕が謝ると、シタロが笑みを深くする。

「謝る必要はない。失神する疲労で、あれだけの技とは、こちらこそ恐れ入ったよ」

 猛烈に恥ずかしいけど、逃げる場所もない。

 そんな僕を気にした様子もなく、シタロが言った。

「明後日の朝、この村を立つ。王都へ行くぞ」

「はい」

 実感が伴わないまま、僕は返事をした。

 僕が剣聖候補生として、王都へ行く?

 信じられない。

 けど、現実だ。






(続く)

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