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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第4部 剣聖の弟子 流浪編
36/136

4-5 圧倒

 宿場を見物して数日で、変な目で僕を見る町人が増えた。

 外国人が珍しい、というだけではないな、と思っていたけど、町娘たちがこちらに恐怖の視線を向けるので、やっとわかった。

 僕が人殺しだという噂でもあるのだろう。

 道場にはあの後、二回だけ見物に行ったけど、他の見物客も門人もこちらを敵意に満ちた目で見るので、もう行くのはやめた。

 マツバの家に警察が来たこともあった。僕はハラトが用意してくれた書類を提示し、彼らは役所に正式に登録するように、と釘を刺していった。どうも彼らは密入国を理由に僕を拘束したかったらしい。

 どうやらここに落ち着いてもいられないようだ。

 初日からずっとこちらを怯えた目で見るマツバは、ほとんど会話もしない。

 一方のカンバは僕を何度も道場に誘う。どうやら実力を見たいらしい。三回の見物で、あの道場の実力を僕はおおよそ把握していた。

 どんな形式でも、彼らは僕に勝てないだろう。

 だからカンバの誘いには丁寧に断ることを繰り返した。

「カイ殿は何かに怯えているのですか?」

 食事の間でも、カンバは空気が悪くなることを少しも気にしない。初めて会った時とは別人だった。

「腰の剣が飾りでないというのなら、道場へ来るべきです。負けるのが怖いのですか?」

「私は遊びに興味はありません」

 こちらも売り言葉に買い言葉で、そんなことを言っていた。

 勢いよく、カンバが立ち上がった。

「表に出て、決着をつけよう」

「決着など」僕は座ったまま答えた。「つける必要はないと思います」

「愚弄するか!」

 僕は反応を返さなかった。マツバはおろおろとしている。

「先生方、ここはどうか、俺に免じて、落ち着いてください。カイ先生、明日、道場へ行ってください。それで済むのです。何も、命をかけるわけではない、いいでしょう? どうか、どうか、頼みます」

 僕はため息を吐いて、しかし明言を避けた。

 翌日の朝食の席でも、カンバは僕を批難し、マツバは僕を道場へ行くように念を押す。

 断りきれず、朝食の後、僕は道場へ向かった。

 玄関から中に入ると、門人十三人が動きを止めた。師範の男もこちらへやってきた。

「お前がカイだな? カンバから聞いているぞ」

 どう答えるべきかわからない僕を助けるように、師範がこちらを睨みつけて、言った。

「実力を見せてもらおうか。我々の遊びに付き合ってもらう」

 仕方ない。僕は諦めた。

 道場に上がると、剣を渡すように言われて、僕は素直に渡す。代わりに木刀が渡された。

 師範の号令で、門人が壁際へ移動し、そこから一人がこちらへ進み出てくる。

 一対一は守るようだ。

 相手の門人は二十歳くらい。僕よりも上背がある。筋力も強そうだ。

 ものすごい大声をあげたので、それで逆にこちらが冷静になった。

 ミチヲもモエも、傭兵たちも滅多に声をあげなかった。

 僕も声をあげない。

 相手がすっと踏み込んでくる。でも露骨だったし、何の工夫もない。

 一直線で、単純だ。

 すれ違った。

 門人たちが黙り込んだ中で、僕の一撃を首に受けた門人が、重い音ともに倒れた。

 殺してはいないが、気は失っている。

「次だ!」

 師範が声を上げるけど、震えを隠しきれていない。

 二人目の門人が出てくる。小柄で、動きはすばしっこそうだけど、少しの挙動を見るだけでも、常識の範囲内だ。

 さっきと全く同じことを僕はやった。

 相手は牽制の一撃の後に側面に回り込もうとしたようだけど、そうはさせない。

 牽制の踏み込みに合わせて踏み込み、回り込ます間も無く、首へ一撃。

 また倒れた門人に、師範が目を剥いていた。

「カンバ! 行け!」

 三人目としてカンバが出てきたが、彼は明らかに怯えていた。僕の剣術の冴えを理解できないわけがない。むしろ、こちらの実力、余裕を見せるように、二人を打ち倒したのだから、理解してもらわないと困る。

 木刀をとって向き合い、カンバは例のごとく、声をあげた。

 なるほど、臆病を振り払うには、声もいいかもしれない。

 でも声では、誰も倒せない。

 僕は動きを止めた。駆け引きが必要な相手ではないのは明らかだ。

 それは油断だったと、理解したのは背中に痛みを感じてからだ。

 本当に慢心していたら、死んでいただろう。

 反射的に振り返り、背後から不意打ちをしてきた門人を打ち倒した。

 その手には僕の剣がある。背中に濡れる感触、血が流れている。

 門人たちが同時に大声をあげ、木刀を手に押し包んできた。

 痛みが僕を瞬間で最高の緊張へと高揚させ、体の全てが切り替わった。

 夢中というわけでもなく、自然と体が動いた。

 終わった、と考えた時、十三人の門人は全て床に倒れ伏し、師範もその中に混ざっていた。

 つまり道場の中で立っているのは僕一人だ。

 誰も殺していない。いつかカンバが言っていた、逃げ、という表現を思い出した。僕は今、逃げなかったわけじゃない。逃げる必要はなかった。

 床に転がる抜き身の剣と鞘を拾い上げ、僕は道場を出た。

 警察が待ち構えていたけど、数人を残して道場へ踏み込んでいく。僕についた二人の警官は、僕を確保するわけでもなく、むしろ、背中の傷について尋ねてきた。

「医者へ行きます。どこか、教えていただけますか?」

「懇意の医師がいます。ご案内します」

 警官は丁寧だった。いつの間にか集まっていた町人をかき分け、警官とともに医者の元へ行った。医者は老人だったが、口調もしっかりしているし、動きもキビキビしている。

 背中の傷を見て、「いい体だな」などと呟いた。

 それから背中の傷を縫ってくれて、薬をふりかけ、包帯も巻いてくれる。

「三日は運動は禁止。落ち着いて過ごしなさい」

 返事をして立ち上がり、そばで待っていた警官のひとりと一緒に、外へ出る。

「事情を聴いてもよろしいですか?」

 僕はマツバやカンバのことを、正直に話した。カンバの悪意をどう伝えるかが難しかったけど、可能な限り客観的に話した。

 カンバが捕まれば、僕が人を切ったと話したことも警察に伝わるだろうと考え、そのことは自分から話した。

「異国でのことですから、調査も追及もできません」

 警官はそう言ってくれた。

 マツバの料理屋へ戻ると、三階の広間でマツバが項垂れていた。僕に気づくと、その目には涙が光っている。

「先生、申し訳ない、申し訳ないですが、出て行ってください。こんなことになるとは……その、とんでもないことを……」

 なんのことかは推測するしかないけど、あるいは、例の道場が叩き潰されたことで、マツバは立つ瀬がないのかもしれない。

 僕は荷物をまとめた。

 次の宿場へ向かっても良かったけど、背中の傷が気になった。今までの人生で、一番深い切り傷だ。

 医者の判断を聞いた方がいいだろうな。薬ももらえるかもしれない。

 荷物を手に医者の元に戻ると、老医師は目を丸くし、

「うちにいなさい。三日だけな」

 と言ってくれる。でも、彼にも迷惑がかかるかもしれない。

「気にするな。医者とは因果な職業で、そういうこともよくある」

 結局、三日間、僕は病院の裏にある医者の家で過ごした。何かさせてくれと言ったけど、背中の傷に障るから、と何もさせてくれない。

 三日目が過ぎ、宿場を出る朝、病院に警官がやってきた。今度こそ殺人を追及されるか、と思ったけど、そうではなかった。

「ここから四つ南に向かった宿場に、剣聖様がおられる、ということをお伝えしに参りました」

「剣聖?」

「もし、お会いしたいのなら、お急ぎください。では、旅のご無事を祈っております」

 警官はあっさりと去ってしまった。

 医者が僕の背中に薬を塗り、軽く肩を叩いた。

「剣聖に会いに行け、若いの。お前の噂が本当なら、何かわかるだろう」

 実感が湧かないまま僕は宿場を離れ、南へ向かった。




(続く)

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