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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第4部 剣聖の弟子 流浪編
32/136

4-1 新天地

 始祖国アンギラスへ抜けたのは、春になってからだった。

 冬の間は、パンターロとアンギラスの国境地帯で過ごし、交易の物資をやり取りする会社で、用心棒として実績を上げる、という越境の準備に時間を費やした。

 パンターロの国内ながら、国境地帯には国から逃れようとする不穏な連中が多いし、国境警備隊の中には横暴を振るう輩もいて、用心棒の仕事には事欠かない。

 一人も切り殺すことなく、僕は仕事を続け、それが名声のような感じになった時、アンギラスへ行く仕事にありつけた。

 春になっていて、雪もだいぶ溶けた。

 輸送はつつがなく終わり、アンギラスの領内で、僕は勝手に部隊を離れて、身を隠した。

 それからは必死にパンターロの国境から離れることだけを考えて、全速で移動した。

 追っ手がないとわかったのは初夏になった頃で、アンギラスの夏の暑さを実感した。

 ミチヲの言葉に必ずしも従う必要はない、とわかっていたけどパンターロにいる間から、アンギラスの地図と一緒に、シュタイナ王国の地図も手に入れていた。

 今、アンギラスの中部にいて、しかし身分は全く保障されていない。

 何かしらの仕事を探して、そこからのつながりで、アンギラスでの身分を作る必要がある。

 街道を進まなかった関係で、閑村をいくつか、通り過ぎた。

 どの村も人気がなく、貧しさに支配されている。通りかかっただけで、決して立派な服装をしているわけでもない僕に、村の子どもたちが何かしらをねだってくる。

 無視して、通り過ぎるしかない。

 アンギラスの首都に位置付けられる、聖都と呼ばれる都市は一度、見物したかったけど、そこまでの余裕もない。そろそろしっかりとした町で腰を落ち着け、資金面でも、人脈でも、構築するべきだった。

 小規模の宿場にたどり着き、例の如く、皿洗いをさせてくれ、と願い出た。結果は、すでに手は足りている、という返事で、断られた。

 二、三軒の料理屋や旅籠を当たったけど、仕事はない。

 これまでの旅でこういう時に選んでいる手法を、アンギラスでも試す気になった。

 それは、賭場に顔を出す、というやり口だ。小さな宿場で、それもパンターロとは違うアンギラスにも関わらず、賭場は雰囲気でわかる。

 その賭場は宿場の外れの、明らかにさびれた旅籠にあり、目印になったのは、玄関口でタバコを吸っている三人の男だ。

 見た目は町人だが、視線の配り方が普通じゃない。

 僕は彼らに近づき、「人手は足りている?」と、話しかけてみる。

 リーダーらしい男がこちらを見て、威嚇するような表情になった。

「ガキのくるところじゃないぜ」

 実力を見せるしかない。

 男の一人の手を掴み、投げた。鮮やかに男は地面に墜落し、そのまま伸びてしまった。

 まったく、手ごたえがないが、演武には最適だ。

 目をむいた二人が同時に立ち上がり、問答無用でつかみ掛かってきた。

 僕はそれを剣も抜かずに撃退し、縛り上げておく。叫ばれると厄介なので、猿轡も噛ませておく。それから彼らが腰を下ろしていたところに、今度は僕が座った。

 しばらく待っていると、旅籠から初老の男が出てくる。こちらを見て、縛られている男たちを見て、にっこり笑った。

「腕に自信が終わりかな、お若い方」

「こいつらよりは、自信はある、と言える」

 僕を見て、縛られたままの男たちが何か喚くが、初老の男はそれに頓着しなかった。

「なら、私のそばにいなさい、お若い方。名前は?」

「カイ」

「良いだろう、カイ、おいで」

 初老の男が歩き出したので、僕はゆっくりと立ち上がり、その背後に続いた。

 彼はそのまま宿場でも一番大きいように見える旅籠に入っていった。泊まっているのかと思ったら、ここが彼の店だった。

「今は息子に譲ってね。自由な生活さ」

 僕は奥の部屋に通してから、彼は椅子に座ってそう言った。僕は立っている。

「私の名前はハラト。改めてよろしく、カイ。欲しいものは?」

「寝泊まりするところ、食事、身分」

 さりげなく言ったから、という理由ではないだろうけど、身分、という言葉に彼は反応しなかった。じっとこちらを見て、小さく頷いた。

「パンターロから来たのかい?」

「よくご存知で」

 驚きを隠す術も、だいぶ身についた。自然と答えられた。

 ハラトは何度か頷き、わずかに笑った。

「武者修行でもないね。何かから逃げている?」

「逃げてはいるが、それはたまたまだな。目的地はある」

「どこだい?」

「シュタイナ王国」

 ふーん、というのが反応で、やや拍子抜けした。でも彼がまったく僕の言葉を信じていないとか、僕に誤魔化されたとか、そういうことを考えていないのは、気配でわかった。シュタイナ王国へ行くことは、彼の中では意外でもなんでもないらしい。

「良いだろう、カイ。少し、私のそばにいなさい。勉強した方がいいことも多い」

「例えば?」

「無闇に力を出さないこと。隠す努力ということさ」

 今度はこちらが頷く。もっともだな、と感じた。

 彼の用心棒を制圧した後だから、余計に強く感じる。

 すぐにハラトは休むといってさらに奥の部屋へ行ってしまった。入れ替わりに若い女性が出てくる。こちらを見て目を丸くし、それからこちらの腰の剣を見た。

「用心棒を変えたのかしら?」

「今日から僕が務めると思います」

「あら、そう。前の人たちより優しそうでよかった。私はサヤバ。またね、用心棒さん」

 彼女はそのままハラトとは逆の方、店の表へ行ってしまった。どういう立場の人だろう?

 何の指示もなかったので、その部屋で僕はじっとして夜を明かした。

 日が差してしばらくすると、ハラトがやってくる。嬉しそうに笑っている。

「律儀だな、お若い方。よく逃げなかった」

「あなたが約束を破るはずはない、と思いましたが」

「うん、うん、いい答えだ」

 彼は机に向かうと、何かの書類を作り始めた。ドアがノックされ、若い男たちが入れ替わり立ち替わり、やってくる。全員が書類を持っていて、ハラトはそれを確認し、署名したり、判を押したりしている。

 初めて見る仕事のやり方だけど、ミチヲが前に話して聞かせてくれた話の中に、似たものがった。

 どうやらハラトは組織か何かを統括しているらしい。それもこの大きな旅籠の経営だけではなく、もっと大きなことをしているようだ。

 店は息子に譲ったと言っていたけど何をやっているのやら。

 半日が過ぎ、昨夜の女性、サヤバが食事を持ってきた。僕の分もある。

「食べよう」

 サヤバは無言で下がっていって、話す間はなかった。ハラトがさっさと食事を始めたので、僕も倣った。

 食事が終わる頃、サヤバがまたやってきて、今度はハラトと何か話していた。専門用語が多いけど、彼女も男たちと同様に、何かの仕事を統括しているようだ。

 どうやら食器を下げに来たついでに話をしただけで、話はすぐ終わり、サヤバは食器を持って部屋を出て行った。

 あとは午前中の繰り返しになる。夕方になり、やっとハラトが立ち上がった。

「この宿場で一番美味い店に行くとしよう」

 そんなことを言って、ハラトが部屋を出るのに、僕は無言で続いた。

 行った先は、旅籠から一区画ほど離れた場所にある、こぢんまりとした料理屋だった。中に入ると、店主だろう男の大声が出迎える。カウンターだけの店で、今は誰もいない。店員がすぐにやってきて、しかしハラトと世間話をするだけで、ハラトも注文したりはしない。

 僕はハラトの隣に腰掛け、店の様子を見ていた。

 パンターロの、今はない料理屋がなんとなく、思い出されて、胸が痛んだ。

 店長や店員のみんなは、何をしているんだろう?

 店主が大声で店員を呼び、店員が素早く料理を運んできた。なんのことはない、串焼きだ。

「これが美味いんだ、わかるかな、お若い方にはこの味が」

 僕は一本を、口へ運んだ。

 確かに美味い。美味いけど、串焼きだ。

「料理にはいろいろなものがある。私は手の込んでいないものが好きだ」

 ゆっくりと食べながら、ハラトがそんなことを言った。

 何かを伝えたいのかもしれないけど、この年齢の人間が言うことは、何もかもが説教じみて聞こえて、僕は苦手だ。最近、そう気付いた。

 食事の途中に酒が出たけど、僕は断った。未だに酒は苦手なんだ。

 食べ終わると、ハラトは会計もせずに店を出たので、ちょっと動揺したけど、僕も平然と彼に従った。常連なんだろうとは思っていたけど、会計をしないのは、ツケにしているか、あるいはどこかで自動的に支払われるのか、そうでなければ、根本的に払う必要がないのか。

 自分の関わった相手のことが、まだ一日の付き合いとはいえ、さっぱりわからなくなり、不安になりそうだったけど、どうにか考えないように努力した。

 旅籠に戻り、ハラトがすぐに僕に声をかけた。

「一部屋を与えるから、そこで生活しなさい。私はいつも今日のような予定で生活している。朝はあの部屋に、今日、私が現れた時間より前にはいるように。いいね?」

「はい」

「じゃ、おやすみ」

 ハラトの姿が廊下の奥に消え、それから僕は、ハラトと入れ違いにやってきた女中に案内された部屋に、落ち着いた。

 長い二日間だったな。

 布団を自分で引いて横になると、すぐに眠ってしまった。

 翌朝、目が覚めて、時計を見るとまだ余裕のある時間だ。あまりに深く眠っていて、寝坊したような気がしていた。

 身支度をしていると朝食が運ばれてきたので、それで朝食を済ませ、例の部屋へ行った。

 中に入るのはどうかと思い、ドアの脇に立っていると、ハラトがやってくる。

 こちらを見てにっこり笑い、しかし何も言わずにドアを開けて中に入る。僕もその後を追う。

 壁際に立ったまま、僕はハラトを見た。

 この老人に関する興味は、昨日より、俄然、高まっていた。




(続く)


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