3-6 才能の萌芽
春になるまでに様々なことがあったけど、今までの人生であったことのない人々と交流が持てたのは、新鮮な展開だった。
モエは傭兵会社に登録してる男女を次々と僕にぶつけてきた。
世間話の相手、札遊びの相手、というのもあったけど、大抵は、剣術の稽古の相手として、僕にあてがった。
僕は今まで、ミチヲの剣術くらいしか知らなかった。
世の中にはこんなに多様な、個性的な剣技があるのか、と心底から驚いた。
多くの傭兵が二十代、三十代で、もちろん僕とは比べ物にならない時間、剣を振るっているし、実戦もくぐり抜けている。何よりも体格が違う。
これは推測だけど、モエは手加減を禁じたらしい。
自然と、僕は傭兵たちと木刀を持って向かい合い、一方的に叩き伏せられた。
やり返せる余地はまい。だって、僕と彼らでは実力が違いすぎる。
こうして剣術の稽古、というより、ただただ叩きのめされるのが、日常になった。
彼らを憎く思わなかったのは、僕がそういう、ものを深く考えない人間だったからかもしれない。
そんな傭兵たちは、木刀を置くと、様々な話を僕にしてくれる。大抵は戦場での失敗談で、成功談は少ない。失敗談も、仲間が死ぬような決定的な失敗もあれば、ちょっとした失敗もある。
彼らは大抵、楽しそうで、それは僕には理解しづらい面もある。
なので、傭兵の一人に、質問していた。
「仲間が死んで、笑えるのは、どうしてですか?」
その傭兵は狐に包まれたような顔になり、何か考えたようだった。
「そうだな、まぁ、笑って済ます、しかないのかもな」
「笑って済ます?」
「こっちもあっちも、お互いに剣を向け合っている。こっちも相手を殺しているし、あっちもこちらを殺している。そこでいちいち、復讐とか考えていたら、キリがない。もちろん、復讐する奴もいるが、うちの連中は、揃って傭兵になりたがった奴だから、その辺はサバサバしているかもな」
「そうですか」
その場にいた傭兵の一人が楽しそうに言う。
「社長は俺たちみたいな、欠陥品を集めている感じもあるし」
欠陥品?
僕にはとても彼らが何かを欠いているとは思わなかった。
もしかしたら、人の生き死にについて彼らはあまりにも投げやりで、軽く扱いすぎているかもしれない。
でもそれが逆に、別の、人間のあり方を示している気もする。
頓着しない、一直線な生き方。
一ヶ月が過ぎた頃に、モエが自ら僕に稽古をつけてくれる場面がやっと来た。傭兵会社が借りている運動施設の建物の中で、もちろん、傭兵たちが十人ほど、めいめいに見物してる。
木刀を持って、モエが僕の前に立った。僕も木刀を構える。傭兵たちが囃し立てた。
スゥッと、僕は前に踏み出す。
途端、モエの姿が消えた。
でも反射的に木刀を横に振って、その木刀に強烈な衝撃。
手がビリビリと痺れて、木刀が手から離れた。
強烈な一撃を胴に受けつつ、転がって距離を取る。
「まだまだ」
自分の木刀で、モエが転がっていた僕の木刀をこちらへ跳ね飛ばしてくる。
何度か打ち合う、と言うより、一方的に叩きのめされた。
モエは他の傭兵たちよりも、動きが洗練されているのがわかってきた。無駄がないし、何より速い。
「次で最後」
彼女がそう宣言して、僕はそれをやる気になった。
もう半年以上前に、モエとミチヲが木刀を向け合っているのを見て、何度も想像し、実際に体も動かしていた。
ただ、これは攻撃の技じゃない。
もっと隠していてもよかったかもしれないけど、モエなら何か、意見を言ってくれるかもしれない。
ミチヲに見せるにはまだ不完全で、でもモエならいい気がした。
間合いを把握して、僕は一歩目を踏み出す。
よろめくような踏み込み。もちろん、モエは見逃さない。
僕は次の一歩で、決定的にバランスを崩す。その時にはすぐ近くまで、モエの木刀が迫っているのが見えた。
木刀が翻り、僕を、かすめる。
そう、捉えてはいない。
僕は三歩目でさらに崩れたバランスのままモエの一撃をかわして、側面に出ていた。
モエの側面は無防備に見えた。
僕は可能な限りの速さで、木刀を繰り出す。
しかし結局、それは失敗した。
信じられない速度でモエがステップを踏み、木刀を振るったけど、それは後になってわかること。
その時に理解できたのは、彼女が本気になれば、もっと速いということで、つまり、自分がどうなったかよりも、モエの剣術にだけ意識がいっていた。
手から木刀が吹っ飛び、どこをどう打たれたか、身体中に激痛が走ったまま僕は床に倒れていた。
呻くだけでも、体が痛む。
どうにか体を起こすと、傭兵たちが静かなのに気付いた。
モエは怖い顔でこちらを見ている。
「す、すみません」
どうにか声を出す。
「未完成な技を、見せました」
「未完成なものか」
モエは表情を変え、憮然としている。
「ミチヲに習ったのか?」
「いえ、自分で、考えました」
そうか、とモエが自分の木刀を手の中で回転させつつ、言う。
「あの技には名前がある。和音の歩法だ」
「和音の歩法?」
全く知らない。
「三つの踏み込みをセットにして、一つの鋭い踏み込み以上の速度を出す、そういう特別な歩法なんだ。本当に教わっていないのか?」
「はい」
モエが木刀を振って、壁際にいる傭兵の一人を指名した。
「カイ、もう一回、やって見せろ。こいつを相手に」
傭兵は、参ったなぁ、と言いつつ、モエから木刀を受け取り、僕と向かい合った。
正直、疲れきっていたし、体の痛みが酷すぎた。
傭兵が打ち掛かってくる。
僕はさっきと同じことをした。
でも、三歩目で足が滑って、転倒していた。一瞬の静寂の後、傭兵たちが笑い始める。
バツが悪そうな顔で、モエが僕を抱え上げる。
「やりすぎた。一応、医者に診てもらうか。お前たちは稽古をしていなさい」
抱えられたまま、医務室に向かう途中で、モエが話してくれた。
「和音の歩法のテクニックは、非常に複雑でね、私もお前の年齢の時にはもちろん、使えなかった。使えないどころか、少しもできなかっただろう。ミチヲの目も、なかなか鋭いと思ったよ。お前には才能がある」
才能がある。
そう言われてもピンとこなかった。
それも表情に出ていたようで、モエは笑いながら、僕の顔を覗き込んだ。
「私はこれでも剣聖だった女だよ。それが才能があると言っているんだから、信じなさい」
「は、はい」
「稽古のやり方も変えなくちゃね」
医務室について、初老の医者が顔を出す。僕の体のあちこちに触れたりして、怒った顔でモエの方を見た。
「誰がこんな酷いことを?」
モエは悪びれもせずに「私」と答えた。
医者がため息を吐いて、部屋の奥から何かの液体を含ませた布を大量に持ってくる。
「社長、こんな子どもを叩き潰すような会社ですか? うちは」
「この子どもはただの子どもじゃない。ミチヲが見出して、私も認めている存在だ」
「それでも子どもは子どもです。愛情を持って接するべきですよ」
「愛にもいろいろある」
そうでしょうよ、と半ば諦めた口調で言って、医者は僕の体のそこここにひんやりする布を当ててくれた。
「今晩はここで面倒を見ますから」
「そんなに重傷?」
「それほどでもありませんよ、どなたかが手加減したんでしょう。明日には痛みもないはずですから、安心してください」
頼んだよ、と軽い調子で言って、モエは出て行ってしまった。
「あの人は剣のことになると、我を忘れる」
医者が寝台に横になる僕のそばで、椅子に座って言う。
「剣が好きなんだろうな、何よりも。命を奪うものだということを、理解しているかも怪しい」
「悪い人ではないと思います」
僕がそういうと、医者が額を撫でてくれた。
「悪い人じゃないのは、知っているよ。しかし勘違いしちゃいかん。子どもを打ちのめすのは、悪いことだ」
「これも稽古です」
「どうやら君も、剣が好きらしい。困った人種だよ」
医者はその後、一通りモエのあれがいけないこれがいけないと並べ立ててから、「これは秘密だからね」と口止めして、次の患者が来たので、そちらへ行ってしまった。
気づくと眠っていて、目が覚めたら真っ暗でビックリした。
体の痛みはほとんどないけど、動く気にもなれずに、僕は昼間の、あの歩法のことを考えた。
最初はうまくいった、でも次は失敗した。
どうしてだろう?
体がうまく動かなかったこともあるかもしれない。
でももっと、技術的に足りないような気配もあった。
どちらにせよ、モエに見せたのは正解だったらしい。
彼女はあの歩法について知っていたし、僕のことも認識を改めたようだったし。
春になるまで、まだ時間がある。
ミチヲに強くなった自分を見せられる、と思うと、それだけで嬉しかった。
(続く)




