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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第3部 剣聖の弟子 立志編
23/136

3-2 見えた筋

 ミチヲが両親と話し合っているのは、何度か見かけたけど、僕は近づけてもらえなかった。

 その代わり、小屋の中に留め置かれることもなく、畑や山で、普通どおりに生活できるのは嬉しかった。

 毎日のようにミチヲは小屋にやってきて、数時間は話をしていく。どういう話かは、やっぱりわからない。

 以前と変わったことがあった。村の子ども達に、大人が剣術を教え始めた。前から十歳を超えると、暇があるものは剣術の稽古をしたけど、年齢の括りをやめて、仕事がないもの、もしくは、仕事を終えたものは、稽古の輪に加わる。

 一度、僕の生活している小屋から出てきたミチヲが呼び止められ、先生役の大人に、剣術を見せてくれ、とせがまれた場面があった。

 どうするのかな、と思うと、ミチヲは子どもの一人から木刀を受け取り、先生と向き合ったのだ。

 無言である。先生もさすがに気づいたようだ。

 どのようにでもかかってこい、と姿が如実に語っていた。

 でもミチヲは構えもしていないのだ。ただ棒を手に下げている。

 攻める気も受ける気もない、そう見えた。

 どうするんだろう?

 先生は木刀を構え、じりじりと間合いを測る。滑稽だったのは、先生の木刀とミチヲの木刀の長さが、まったく違うことだ。

 倍ほども違う。つまり、先生の一撃が届く間合いでも、ミチヲの木刀はかすりもしない。

 でもその木刀を選んだのはミチヲだ。それは先生も当然、考えただろう。

 ミチヲには、その間合いの差をひっくり返す見込みがある。

 それ故に先生も簡単には動けない。

 僕はミチヲを注視した。

 山賊を打ち払った剣術が見れる、と考えていた。

 突然、先生が大声をあげた。気合いを入れたんだろうけど、打ちかかるには至らない。

 一方のミチヲは無言。姿勢も変えない。

 また間合いが変化し始める。先生の間合いは、すでに一撃を当てる距離だ。

 それ以上進むと危ない、と僕は見ていた。

 先生は今、確実に一撃を与えられる間合いになった。まだミチヲの木刀からは距離がある。あるけれど、それ以上の距離を詰めてしまうのは、どこか、危ない。

 なんでだろう?

 それは……先生が飛び込む瞬間に、ミチヲも踏み込んでくる?

 両者が同時に動けば、間合いは一瞬でなくなる。

 つまり、木刀の長さの差は、無意味になる。

 それどころか、短い方が有利になる気さえする。

 でもそれを先生に伝えるわけにもいかない。集中を乱すと思ったし、僕の感覚が正しいのかもわからなかった。

 わずかにミチヲが姿勢を変えた。

 誘いだと、後になればわかる。

 先生が大きく踏み出し、木刀を振り上げて、一直線の打ち込み。

 翻ったミチヲの影が、視界で踊った。

 甲高い音ともに先生の木刀が宙に舞い、先生が尻餅をつく。その鼻先にミチヲの木刀が突きつけられた。

 そして落ちてきた木刀を、ミチヲが片手で受け止めた。

 子供たちが歓声をあげ、拍手する。ミチヲは軽く頭を下げ、そっと二本の木刀を地面に置いて、こちらを見た。

 その時になって彼が少し目を丸くした。

 僕は見返すしかない。

 歓声も上げず、拍手もせず、僕は彼を見ていて、きっとそれが、変に印象的だったんだろう。

 ミチヲが去って行って、稽古が再開されたけど、僕は稽古が終わるまで、別のことを考えていたし、小屋に帰って夕飯を食べ始めても、考え続けていた。

 ミチヲは先生の木刀を跳ね飛ばした。

 あれは、本気だったのか?

 それがこの時の僕にはわからなかった。

 だってあの瞬間、ミチヲは先生の木刀を狙わず、先生の首筋を打ち据えることができたように、僕には観察された。

 本当の剣を持って向かい合っていたら、それで先生は死んでいる。

 稽古でも、本気の木刀で首を打ち据えれば、死んでしまうだろう。

 なら、あの木刀を跳ね飛ばしたミチヲの剣は、ただの演技、パフォーマンス、ということになる。

 みんな、あの一撃の本当の怖さに、気づいていないのかな?

 僕の父は剣術には詳しくなく、この質問をしても、答えがないことはわかっていた。

 知っているのは、ミチヲだけだろう。

 だから翌朝、仕事が早く終わったらミチヲのところへ行っていいのか、両親に訊いてみた。

 父は難しい顔になり、母はどこか悲壮だったけど、行っていい、と認めてくれた。

 その日は急いで薪割りと畑の手入れを済ませ、ミチヲの小屋に向かった。同じ村で三歳年上の少年が、念のために、とついてきた。

 二人で山の中のかろうじて見分けがつく道を進み、急勾配の斜面にある小屋にたどり着くと、まるで僕たちが来るのを知っていたようがミチヲが外に出てきた。

「話は歩きながら聞くよ。薪を探しながら」

 そうして三人で森の中に入り、薪を拾いつつ、僕はミチヲに昨日の夜、考えたことを話した。

「木刀を跳ね上げた意味は?」

「意味? 意味はない」

「じゃあ、理由」

「理由か。お前は少し、理屈っぽいな」

 ミチヲはそう言って笑ったので、僕はちょっとムッとした。

「だって、あそこで木刀を吹っ飛ばしても、意味がないと思う。先生を倒せたんじゃないの?」

「詳しく話してみて」

 こちらを見もせずミチヲが促してくる。考えていたことを、短くするのに少し考える時間が必要だった。

「木刀を飛ばす前に、先生の首を飛ばせた」

 自分で言っておきながら、過激すぎたな、と思った。実際、お目付役の少年が動きを止めて、こちらを驚いた表情で見ている。

 でもミチヲは軽く頷くだけだ。

「勘違いですか?」

「事実だ。よく見ていたと思う」

 その言葉で、僕の考えが正しかったことがわかった。

 これで、僕の目的は、達成されたことになる。

 ミチヲが何も話そうとしないので、黙って薪を拾うのも機会を無駄にする、という考えのもと、僕はミチヲの過去について尋ねてみた。

「ご両親は何も言っていなかった?」

 そんなことを言われて、「何も」と答えるしかない。そうか、小屋にやってきて、そんな話にもなったんだろう。

「ミチヲは、どこから来たの?」

「シュタイナ王国だ」

「元は剣士だった?」

「剣士という職業はないけど、剣を取っていたのは事実だな。傭兵だった」

「傭兵?」

「金で雇われる兵士だ」

 その言葉に、僕はあまり興味を惹かれなかったけど、一緒の少年が歓声をあげた。

「剣術で生活するなんて、かっこいいなぁ」

 そんなことを言うと、ミチヲは微かに笑ったようだった。

「命がけだぞ。剣で生きるっていうのは、そういうものさ」

 そんな話をしているうちに、薪も集まり、小屋に一度、戻った。

「カイ、確認したいことがある」

 僕たちが帰ろうとすると、ミチヲがそう言って呼び止めた。

「何?」

「剣術をやる気はあるか?」

 剣術?

「今でも村でやっているよ」

「本気でやるか、ということだよ」

 本気? どういうことだろう?

 すぐには連想が働かなくて、適当に答えるしかなかった。

「考えておく。仕事も忙しいし」

 ミチヲは苦笑いして、「また会おう」と小屋に入っていった。

 帰り道、一緒の少年が僕の肩を叩いた。

「なんだよ?」

「お前、さっきのあれは、お前を弟子にしたい、っことじゃないのか?」

「え? そんなことはないと思うけど」

 弟子にしたい?

 本気で剣術をやるっていうのは、ミチヲから指導を受ける、ってことなのかな。

「でも、お父さんもお母さんも許さないよ」

「惜しいよなぁ」

 そんなことを言いながら、村に着いてそれぞれに家に帰った。

 両親が待ち構えていて、いろいろ聞かれたけど、剣術をやるか誘われたことは、黙っていた。話したのは、この前の剣術の稽古で、先生は本当なら死んでいた、ということがわかった、ということだけど、それだけで、母が泣き崩れて、びっくりした。父は無言だ。

 ものすごく気まずいまま、その日は眠って、翌朝も空気は変わっていなかった。でも仕事をする必要はあるし、天気も良かった。

 そうこうして、数日が過ぎて、またミチヲがやってきた。

 僕は例によって外に出されるのかな、と思ったらが、逆に小屋の中に来るように、父に言われた。

 初めて両親と三人で、ミチヲと向かい合った。

「お子さんを、悪いようにはしないつもりです」

 前置きもなく、ミチヲがそういうと、母が叫ぶように言った。

「当たり前です! そんな、当たり前です!」

「お子さんには才能がある。いえ、才能があると思う」

「そんな曖昧なもので、この子をあなたに預けろと?」

 父の声はいつもより低くて、攻撃的な意志が伺えた。

 それでにもミチヲは動じない。

「本人の努力が全てです。私はそれを支え、導くだけです。どこへ進むか、どこまで進むかは、彼が決めるでしょう」

「そんな、無責任な……」

「誰にも人の命に責任を持つことはできません」

 ミチヲがそういうと、母は泣き始め、父は黙った。

 僕とミチヲだけが、平然とお互いを見ていた。

 無言の時間が続き、ミチヲは軽く頭を下げた。

「ご家族で、考えていただけますか? 私は所詮は流れ者です。お気になさらず」

 小屋から出て行くミチヲを見送る僕を、母親が強く抱きしめた。




(続く)

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