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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第2部 高みのさらに高み
21/136

2-10 強き者の宿命

     ◆


 アマヒコの剣聖就任には、十二人の剣聖が一堂に会して、議論することになった。

 僕はほとんど発言せず、フカミは肯定派、カナタは中立、という形で、はっきりした反対論はなかったが、剣聖たちに共通する思いはある。

 それは、アマヒコがあまりに若い、ということだ。

 彼は今年、十七歳になる。

 しかも彼は剣聖候補生ではなかった。その上、騎士学校に強引に入れた後にその途中で、フカミが近衛騎士団に引き抜いた形だ。

 異例ずくめと言える。

 もちろん、僕が十五歳で剣聖になった、という前例はある。

 だがここでも、アマヒコが、剣聖候補生ではない、という事実が、剣聖就任に待ったをかけていた。

 僕は剣聖候補生で、騎士学校の生徒の時、剣聖の一人と決闘をし、相手を切って、剣聖の座に着いた。

 これには何の問題もない。むしろ自然であり、誰も文句を言えない、はっきりした形だった。

 アマヒコは全く違う。

 剣聖候補生ではなく、騎士学校は中退、剣聖と決闘する必要もなく、剣聖の座に着く。

 まさに全てが異例だ。

 議論はそんな不規則さを、果たして歴史に残していいのか、というところへ移っていた。

 今までに剣聖の座が空席になることは、ほとんどなかったと、歴史書にはある。剣聖を切ったものが剣聖の座に座る、というのが公の絶対の掟で、剣聖が突然の病気で死ぬことなどは、稀だったからだ。

 査問部隊、暗殺部隊の活躍は、当然、歴史の闇の中だけど。

 議論の結果、アマヒコを剣聖に就けることが決まりそうになった。

「悪いけど」

 僕は堂々と手を挙げた。十一人がこちらを見る。

「僕がアマヒコと決闘を行う」

 ざわっと空気が震え、しかしすぐに静かになった。全員がそれぞれの瞳でこちらを見ている。

「僕が切られたら、彼が筆頭剣聖だ。それで全てが落ち着く」

「死ぬつもりか? ソラ」

 言ったのはフカミだった。僕は彼に笑顔を見せる。

「死ぬのはあいつだ」

「勝てるわけがない。彼は、最強だ」

「やってみなくちゃ、わからんさ」

 議論は僕が切られたらどうするか、というところに進みかけたけど、すぐに終わった。

 フカミ以外に、僕が切られて終わる、と、考えなかったからだ。

 不服げなフカミをよそに、決闘は行われることに決まった。

 明日でもよかったが、陛下の臨席が必要なため、三日後に時間が作られた。

「勝てるのか?」

 決闘の前日、一人で稽古している僕のところへ、カナタがやってきた。

「負けるとは思っていない」

「不安だよ、俺は」

「僕が不安じゃないのに?」

「秘策があるんだな? 教えろよ」

 僕は答えなかった。別に話がアマヒコに伝わることを恐れたのでもなく、なんとなく、秘密にしたかった。

 つまり、自信がなかったのかもしれない。

 決闘のその日、その時間に、王宮の中庭に、僕は立っていた。

 中庭に面したバルコニーに、国王陛下がいる。政治家も何人かいたし、軍人もいる。

 中庭には、十二人の剣聖と、アマヒコ。

 僕とアマヒコは中庭の真ん中に進み出て、特に合図もなく、お互いに剣を抜いた。

 これから、この少年を切るのかと思うと、逆に恐ろしくなる。

 才能を、可能性を、摘み取ることになる。

 僕はそれを自ら、やろうとしているのか。

 間違ったことをしている。

 でも、ここでこの少年を切らない限り、僕という存在の正しさを証明できない。

 自分を捨てるか、相手を斬って捨てるか。

 こういう時、剣聖の立場を放り投げて、逃げられればいいのに。

 モエはそれをやった。

 ミチヲも、そんな彼女を支持している。

 僕にはとても、できないことだ。

 じりっと、アマヒコが間合いを狭める。攻めてこない。それもそうだ。彼の剣は受けから始まる。

 僕は構えていた剣の切っ先をわずかに変えて、切り込んでいった。

 鋭い踏み込み。

 間合いが消える。

 高速の連続攻撃、十六弦の振り。

 全てが防がれ、回避される。

 間合いを取る暇はない。

 畳み掛けるように、波濤を繰り出す。

 その間にも和音の歩法を連続させ、間合いを自在に支配し、側面へ回り、振り向いたアマヒコに、さらに、波濤。

 彼がいくら未来を見たところで、それは見えるだけで、受けることにはならない。

 はずだった。

 すっと、手元に剣が差し込まれ、危うく手首を落とされるところだった。

 僕の方から間合いを取る。アマヒコは呼吸を整えるためか、動かない。

 なるほど。

 いくら連続で攻撃しても、その中には隙があり、わずかなそこを突けば、こちらの攻撃を崩せるのか。

 これで勝ち筋は一つ、消えた。

 だが、無効ではない。

 僕は改めて間合いを消し、連続攻撃を再開する。

 手首を落とされるくらい、なんだ。

 先程よりも激しい、一気呵成の、隙のない攻めを繰り出す。

 また、手元にアマヒコの剣が伸びてきた。

 こんな芸当ができる騎士は、いない。

 会ったことがない。

 しかし、アマヒコは無敵ではない。

 手首に痛みを感じる。

 アマヒコが驚く気配。

 何を驚く?

 斬り合いをしているのだ。

 怪我をしてもおかしくなんてない。

 むしろ、それが当然だ。

 僕の剣が構わず、アマヒコの左手首を落とす。

 彼の剣が揺れる。

 終わった。

 僕の一撃は下がろうとしたアマヒコの胸から首、顎へと走り抜けた。

 よろめき、倒れたアマヒコから、血が吹き出た。

 僕は呼吸を止めたまま、自分の手首を見る。

 深い傷だが、手首の半分にも達していない。

 剣を鞘に戻し、僕は陛下に一礼した。拍手が降りてくる。

 救護の女性が駆け寄ってきて、僕の手首を治療してくれた。

 全てが終わって夕食を私室で食べていると、カナタとフカミが揃ってやってきた。

「わしには見えなかったよ、あれは」

 無念そうにフカミが言う。

「未来が見える故の、臆病、恐怖。何より、最適解しか見えない」

「そんなこともなかったですよ。彼の力は本物だった。確かに、未来を見ていました。だから、僕は未来を限定し、回避不可能な状況を作った」

 包帯の巻かれた手首を見せる。

「彼は一度、僕の手首を攻めて、失敗した。だから僕はわざと二回目を作った。同じ展開を。彼にはそれしか見えなかったし、僕もそこにだけ隙が生まれるように、加減した。彼が本当に未来を見ているのなら、その隙から僕を倒すところまでいかないのは、わかったはずだ。わかったはずだけど、彼は僕の手首を狙った。安易な方へ流れてしまった」

「結果、決定的に間違った」

「失敗を悟った時には、遅かったでしょうね。対処できないように、僕も誘導しましたし。そうなってしまえば、もう未来が見えようと、どうしようもない。彼が見る未来は、僕の手首を落とせず、逆に自分の手首が落ちる、それだけになった」

 驚いたよ、とカナタがつぶやき、肩をすくめた。

「さすがは、筆頭剣聖だ」

「あと五年も経てば、違ったと思うよ」

「惜しいことをした」

 珍しく、フカミが声を震わせた。

「失敗したのは私だった」

「気に病むことはないさ、フカミ。才能なんて、どこにでもある」

 慰めにならないようなことを言いながら、僕は食事を再開した。再開しながら、尋ねる。

「その話のために来たの?」

「ミチヲとモエの件だ」

 おっと、それは知りたい情報だ。

「パンターロヘ抜けられたかい?」

「国境地帯でいざこざがあったようだけど、突破したみたいだね。それ以後の詳細はまだわからないけど。どうする? 査問部隊に調査させる? でもパンターロとアンギラス、それぞれに話を通すのは、ややこしい。アンギラスもそろそろ、不愉快だろうし」

「もういいんじゃないかな、あの二人は」

 その一言で、フカミが顔を上げ、カナタもこちらを見た。

「彼らのことは、もう、放っておこうか。それが両者のためになる」

「剣聖の空席はどうしますか?」

「空けておけばいいんじゃないの?」

 フカミが顔を歪める。

「あの小娘がいつか戻ると?」

「まさか。二度と戻らないさ。しかしアマヒコとの一件で、剣聖も血生臭くなった。しばらくはそれを洗い流すための時間にしよう」

 二人は軽く頭を下げ、フカミは退出した。

「どうしたの? カナタ」

「お前」

 彼は苦笑しながら、言った。

「今日は、死ぬ気だったな?」

「いつだって死ぬ気だよ」

「なんで、精神剣を出さなかった?」

「そこまでの相手じゃない」

 突然、カナタが声を上げて笑った。

「なんだよ、カナタ。何がおかしい?」

「いや、何でもない。久しぶりにお前の剣を見れて、良かった」

「お前だって、技を磨いておけよ」

 ああ、とか、うん、とか、曖昧なことを言って、カナタが部屋を出て行こうとする。

 その背中から、

「お前を切るのは、俺の役目だからな」

 と、静かな声が流れてきた。

 僕は何も言わなかった。

 彼が出て行って、一人で食事をした。

 グラスの中身を飲み干し、席を立って窓際に歩み寄る。

 夜の王都は、方々の明かりに浮かび上がっているようだ。

 今日、僕は一つの剣を亡き者にした。

 そしてこれからもきっと、それを繰り返す。

 自分の剣の証明のために。

 いつか、僕を切る誰かが現れるまで、それは続くんだ。

 長い時間に、なりそうだった。




(第2部 了)

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