2-10 強き者の宿命
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アマヒコの剣聖就任には、十二人の剣聖が一堂に会して、議論することになった。
僕はほとんど発言せず、フカミは肯定派、カナタは中立、という形で、はっきりした反対論はなかったが、剣聖たちに共通する思いはある。
それは、アマヒコがあまりに若い、ということだ。
彼は今年、十七歳になる。
しかも彼は剣聖候補生ではなかった。その上、騎士学校に強引に入れた後にその途中で、フカミが近衛騎士団に引き抜いた形だ。
異例ずくめと言える。
もちろん、僕が十五歳で剣聖になった、という前例はある。
だがここでも、アマヒコが、剣聖候補生ではない、という事実が、剣聖就任に待ったをかけていた。
僕は剣聖候補生で、騎士学校の生徒の時、剣聖の一人と決闘をし、相手を切って、剣聖の座に着いた。
これには何の問題もない。むしろ自然であり、誰も文句を言えない、はっきりした形だった。
アマヒコは全く違う。
剣聖候補生ではなく、騎士学校は中退、剣聖と決闘する必要もなく、剣聖の座に着く。
まさに全てが異例だ。
議論はそんな不規則さを、果たして歴史に残していいのか、というところへ移っていた。
今までに剣聖の座が空席になることは、ほとんどなかったと、歴史書にはある。剣聖を切ったものが剣聖の座に座る、というのが公の絶対の掟で、剣聖が突然の病気で死ぬことなどは、稀だったからだ。
査問部隊、暗殺部隊の活躍は、当然、歴史の闇の中だけど。
議論の結果、アマヒコを剣聖に就けることが決まりそうになった。
「悪いけど」
僕は堂々と手を挙げた。十一人がこちらを見る。
「僕がアマヒコと決闘を行う」
ざわっと空気が震え、しかしすぐに静かになった。全員がそれぞれの瞳でこちらを見ている。
「僕が切られたら、彼が筆頭剣聖だ。それで全てが落ち着く」
「死ぬつもりか? ソラ」
言ったのはフカミだった。僕は彼に笑顔を見せる。
「死ぬのはあいつだ」
「勝てるわけがない。彼は、最強だ」
「やってみなくちゃ、わからんさ」
議論は僕が切られたらどうするか、というところに進みかけたけど、すぐに終わった。
フカミ以外に、僕が切られて終わる、と、考えなかったからだ。
不服げなフカミをよそに、決闘は行われることに決まった。
明日でもよかったが、陛下の臨席が必要なため、三日後に時間が作られた。
「勝てるのか?」
決闘の前日、一人で稽古している僕のところへ、カナタがやってきた。
「負けるとは思っていない」
「不安だよ、俺は」
「僕が不安じゃないのに?」
「秘策があるんだな? 教えろよ」
僕は答えなかった。別に話がアマヒコに伝わることを恐れたのでもなく、なんとなく、秘密にしたかった。
つまり、自信がなかったのかもしれない。
決闘のその日、その時間に、王宮の中庭に、僕は立っていた。
中庭に面したバルコニーに、国王陛下がいる。政治家も何人かいたし、軍人もいる。
中庭には、十二人の剣聖と、アマヒコ。
僕とアマヒコは中庭の真ん中に進み出て、特に合図もなく、お互いに剣を抜いた。
これから、この少年を切るのかと思うと、逆に恐ろしくなる。
才能を、可能性を、摘み取ることになる。
僕はそれを自ら、やろうとしているのか。
間違ったことをしている。
でも、ここでこの少年を切らない限り、僕という存在の正しさを証明できない。
自分を捨てるか、相手を斬って捨てるか。
こういう時、剣聖の立場を放り投げて、逃げられればいいのに。
モエはそれをやった。
ミチヲも、そんな彼女を支持している。
僕にはとても、できないことだ。
じりっと、アマヒコが間合いを狭める。攻めてこない。それもそうだ。彼の剣は受けから始まる。
僕は構えていた剣の切っ先をわずかに変えて、切り込んでいった。
鋭い踏み込み。
間合いが消える。
高速の連続攻撃、十六弦の振り。
全てが防がれ、回避される。
間合いを取る暇はない。
畳み掛けるように、波濤を繰り出す。
その間にも和音の歩法を連続させ、間合いを自在に支配し、側面へ回り、振り向いたアマヒコに、さらに、波濤。
彼がいくら未来を見たところで、それは見えるだけで、受けることにはならない。
はずだった。
すっと、手元に剣が差し込まれ、危うく手首を落とされるところだった。
僕の方から間合いを取る。アマヒコは呼吸を整えるためか、動かない。
なるほど。
いくら連続で攻撃しても、その中には隙があり、わずかなそこを突けば、こちらの攻撃を崩せるのか。
これで勝ち筋は一つ、消えた。
だが、無効ではない。
僕は改めて間合いを消し、連続攻撃を再開する。
手首を落とされるくらい、なんだ。
先程よりも激しい、一気呵成の、隙のない攻めを繰り出す。
また、手元にアマヒコの剣が伸びてきた。
こんな芸当ができる騎士は、いない。
会ったことがない。
しかし、アマヒコは無敵ではない。
手首に痛みを感じる。
アマヒコが驚く気配。
何を驚く?
斬り合いをしているのだ。
怪我をしてもおかしくなんてない。
むしろ、それが当然だ。
僕の剣が構わず、アマヒコの左手首を落とす。
彼の剣が揺れる。
終わった。
僕の一撃は下がろうとしたアマヒコの胸から首、顎へと走り抜けた。
よろめき、倒れたアマヒコから、血が吹き出た。
僕は呼吸を止めたまま、自分の手首を見る。
深い傷だが、手首の半分にも達していない。
剣を鞘に戻し、僕は陛下に一礼した。拍手が降りてくる。
救護の女性が駆け寄ってきて、僕の手首を治療してくれた。
全てが終わって夕食を私室で食べていると、カナタとフカミが揃ってやってきた。
「わしには見えなかったよ、あれは」
無念そうにフカミが言う。
「未来が見える故の、臆病、恐怖。何より、最適解しか見えない」
「そんなこともなかったですよ。彼の力は本物だった。確かに、未来を見ていました。だから、僕は未来を限定し、回避不可能な状況を作った」
包帯の巻かれた手首を見せる。
「彼は一度、僕の手首を攻めて、失敗した。だから僕はわざと二回目を作った。同じ展開を。彼にはそれしか見えなかったし、僕もそこにだけ隙が生まれるように、加減した。彼が本当に未来を見ているのなら、その隙から僕を倒すところまでいかないのは、わかったはずだ。わかったはずだけど、彼は僕の手首を狙った。安易な方へ流れてしまった」
「結果、決定的に間違った」
「失敗を悟った時には、遅かったでしょうね。対処できないように、僕も誘導しましたし。そうなってしまえば、もう未来が見えようと、どうしようもない。彼が見る未来は、僕の手首を落とせず、逆に自分の手首が落ちる、それだけになった」
驚いたよ、とカナタがつぶやき、肩をすくめた。
「さすがは、筆頭剣聖だ」
「あと五年も経てば、違ったと思うよ」
「惜しいことをした」
珍しく、フカミが声を震わせた。
「失敗したのは私だった」
「気に病むことはないさ、フカミ。才能なんて、どこにでもある」
慰めにならないようなことを言いながら、僕は食事を再開した。再開しながら、尋ねる。
「その話のために来たの?」
「ミチヲとモエの件だ」
おっと、それは知りたい情報だ。
「パンターロヘ抜けられたかい?」
「国境地帯でいざこざがあったようだけど、突破したみたいだね。それ以後の詳細はまだわからないけど。どうする? 査問部隊に調査させる? でもパンターロとアンギラス、それぞれに話を通すのは、ややこしい。アンギラスもそろそろ、不愉快だろうし」
「もういいんじゃないかな、あの二人は」
その一言で、フカミが顔を上げ、カナタもこちらを見た。
「彼らのことは、もう、放っておこうか。それが両者のためになる」
「剣聖の空席はどうしますか?」
「空けておけばいいんじゃないの?」
フカミが顔を歪める。
「あの小娘がいつか戻ると?」
「まさか。二度と戻らないさ。しかしアマヒコとの一件で、剣聖も血生臭くなった。しばらくはそれを洗い流すための時間にしよう」
二人は軽く頭を下げ、フカミは退出した。
「どうしたの? カナタ」
「お前」
彼は苦笑しながら、言った。
「今日は、死ぬ気だったな?」
「いつだって死ぬ気だよ」
「なんで、精神剣を出さなかった?」
「そこまでの相手じゃない」
突然、カナタが声を上げて笑った。
「なんだよ、カナタ。何がおかしい?」
「いや、何でもない。久しぶりにお前の剣を見れて、良かった」
「お前だって、技を磨いておけよ」
ああ、とか、うん、とか、曖昧なことを言って、カナタが部屋を出て行こうとする。
その背中から、
「お前を切るのは、俺の役目だからな」
と、静かな声が流れてきた。
僕は何も言わなかった。
彼が出て行って、一人で食事をした。
グラスの中身を飲み干し、席を立って窓際に歩み寄る。
夜の王都は、方々の明かりに浮かび上がっているようだ。
今日、僕は一つの剣を亡き者にした。
そしてこれからもきっと、それを繰り返す。
自分の剣の証明のために。
いつか、僕を切る誰かが現れるまで、それは続くんだ。
長い時間に、なりそうだった。
(第2部 了)




