表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第2部 高みのさらに高み
20/136

2-9 新たなる力

     ◆


 シュタイナ王国へ戻って、国王陛下へ報告をした。

 フカミも同席したが、彼は戻る途中で、唐突に初老の姿に戻っていた。

「お前たちでも勝てぬのか?」

 国王陛下は訝しげだったが、僕とフカミが頭を下げていると、別の話を始め、ミチヲたちの話は終わったようだった。

 謁見の間を出る寸前に、陛下がこちらを向いた。

「モエ・アサギのことを不問としたいが、どうか」

 意外な言葉だった。

「剣聖から除名、でございますか?」

 フカミの言葉を聞いて、僕は納得がいった。

 陛下は小さな声で、「それが妥当であろう」と言って、今度こそ、部屋を出て行った。

 剣聖の控え室に行くと、そこでカナタが書類を片付けていた。

「自分の部屋でやったらどうだい?」

「二人を待っていたのさ」

 三人で卓を囲む。

「フカミ、事前に陛下にお伝えしたな?」

 僕が尋ねると老人はニヤニヤと笑う。

「あの小娘に関わっても、ロクなことにはならん。もう国を出ておるわけで、無関係になるのが正しいと思うが、違うかな」

「負けたからか?」

「負けたら、死んでいる。しかし私は生きている。私の勝ちだ」

 どこかで聞いた理屈だが、しかし、真実でもある。

 僕とカナタが力を合わせれば、この化け物も処分できるはずだが、その機会はまだ訪れていない。

「先に報告書を読んだけど」

 カナタが話題を変えるように、こちらに僕が事前に送った報告書を開いて見せた。

「ミチヲは精神器の持ち主っていうのは、本当かい?」

「そうとしか思えない。逆算すれば、その結論しかないんだ」

「詳しく知りたいね」

 僕は椅子の上で少し姿勢を変えて、考えて話した。

「未来予測、と思ったこともあったけど、それに限りなく近いだけで、未来を知っているわけではない」

「いきなりだな。過去の記録を漁っても、未来を予知する精神器はないよ」

「もしそうでなければ、超精密、かつ、超高速の、空間の支配と認識なんだろう」

 カナタがわずかに身を乗り出す。

「それは、剣が自分に向かってくるのを、感覚的に察知して、その次の動きを予測できる、そういうことか? 確かにそれなら、未来予知に限りなく近い、と言える」

「これは本人に聞いていないが、視覚や聴覚ではなく、第六感に近いわけで、やはり精神器なんだろう。この第六感が、全ての攻撃を察知するとすれば、僕の精神剣を避け続けることができたのも、これで説明がつくよ」

「精神剣を避けた、と報告書にあったが、本当か?」

 頷く僕に、カナタが渋面になる。

 フカミが静かに発言した。

「あの能力は、小僧が剣術を学ぶのに、最適でもある」

「どういうことです?」

「剣術の基礎的な要素の全てを、把握するのに役立つ。体をどう動かすのか、重心をどう動かすか、そういうことを、普通に見るよりも詳細に観察できる」

 カナタが笑った。

「それは理屈ですよ。剣術は型を繰り返すだけじゃない。型をいくら飲み込んでも、実戦の場では効果的ではない」

「そこが、あの小僧の才能なんじゃろう。あれはあれで、ある種の化け物よ」

 ずいっと身を乗り出したフカミが、カナタを見て、笑ってみせる。

「あの剣筋の冴えは、実際に見ると驚くぞ」

「頭に留めておきます」

「しかし、もう後を追う理由は消えたがな」

 姿勢を戻し、今度はこちらを見る。

「剣聖の座が一つ、空いたな。どうする?」

「仕方ないよ。騎士学校から一人、腕の良い奴を引っ張り上げるしかないんじゃないの」

「実は、良い才能の持ち主がいる」

 言いながら立ち上がったフカミが「ついてくるが良い」と部屋を出て行った。仕方なく、僕とカナタもそれに続いた。

 三人で王宮を出て、近衛騎士団の屯所へ向かう。

「騎士学校の生徒ではないのですか?」

「二ヶ月前、卒業した」

 二ヶ月前は、僕はここにいなかった。噂も聞いていないが、どういう奴だろう。

 近衛騎士団の団員が稽古を積む道場へ行くと、すぐにフカミが誰を狙っているか、わかった。

 と言うより、その少年はこの場の主役だった。

 道場の真ん中に立ち、次々と立ち向かってくる近衛騎士を、棒であしらっている。

 見たこともない剣術だが、合理的なのはわかる。

 僕たちに気づくと、稽古が中断する。フカミが少年に歩み寄った。

「久しいな、アマヒコ」

「先生、お久しぶりです」

 アマヒコ、という名前らしい。フカミが彼に私とカナタを紹介した。少年ははにかんだように笑い、

「お二人のことは存じています」

 と、控えめに言った。

「ソラ、ちょっと相手をしてやってくれ」

 フカミの言葉にはどこか、楽しげな気配がある。僕も別に不服はないので、近衛騎士の一人から棒を受け取った。

 道場の真ん中で、アマヒコと向かい合う。

 シンと、道場が静かになった。

 すっと、彼が踏み込んでくる。真っ正直な、一撃。

 こちらはそれを受けようとした。

 したが、こちらの棒をすり抜けるように、アマヒコの棒がきた。

 無様なのはわかったが、間合いを取って、回避する。

 なんだ? 今のは。

「逃げるな、ソラ」

 やはり愉快がっているフカミの声。

 今度はこちらから打ちかかる。

 こちらの棒が弾かれ、反撃は鋭い。

 とにかく、攻撃は全て不規則で、型がないように感じる。

 それなのに、まるで狙ったかのように最短距離で向かってくる。

 もう一度、間合いを取った。

「逃げるな」

 再び、フカミの声。

 僕の頭の中にあったのは、不快感と、不気味さ、だった。

 何かがおかしい。

 何がおかしいんだ?

 三度目の打ち合いで、僕の手首をついにアマヒコの棒の切っ先がかすめた。それでも僕は間合いを維持して、剣術を繰り出した。

 波濤、それを崩しに使った、八弦の振り。

 それをアマヒコはことごとく、弾き返した。

 やはり最短距離で弾いている。

 そこが、ミチヲとは少し違うと、考えていた。

 ミチヲの受けは、最低限の動作で受け止めるという意味で、最短距離を来る。

 だがアマヒコの受けは、一撃ずつに正確に打ち返してくる。

 怯えている?

 でも、何に?

 しばらくこちらが攻勢を続けたが、崩しきれなかった。こちらの棒は一回も相手に当たっていない。

 間合いを取り直して、仕切りなおそうとする。

 だが今度はそれをアマヒコが許さなかった。間合いを潰して、連続攻撃。

 受けていくうちに、こちらの姿勢が乱れて行くのがわかった。

 何もかもがおかしい。

 アマヒコの剣術は、練度が高いとも思えないし、合理的とも言えない。

 しかし反撃の動きが潰され、受けも不完全になっていく。

 どうなっている?

 何だ、これは?

 最後の一撃が、受け切れず、僕の首筋の寸前で止まる、という一瞬に、僕は構わず前に出た。

 二人の体がほとんど密着する。

「それまで」

 フカミの言葉に、僕は棒を下げ、一歩、距離をとった。

「相打ちですね」

 にこりとアマヒコが笑うのを、僕は睨みつけた。

「精神器の使い手だな?」

「さすがに、バレますか」

 おどけたようなアマヒコを無視して、フカミを見る。彼はどこか嬉しそうだ。

「剣聖になるには不足かな」

「この程度の剣術で、剣聖にさせたくはない」

「しかしお前と対等の実力だ」

「真剣を使えば、わからない」

 大げさにフカミがため息を吐いた。

「アマヒコと相打ちになっても、構わないのか?」

 不愉快な理屈だ。答えないでいると、フカミが背を向けて道場を出て行こうとする。カナタがこちらへやってくる。

「説明してやるから、こっちへ来い」

 僕は棒を近くの近衛騎士に放り投げ、フカミの後を追った。

 剣聖の控え室に入ると、フカミが話し始めた。

「あの少年と出会ったのは、偶然だ。おかしな剣術を使う、という噂を確かめに行って、出会った。実際、あの少年の剣術は今よりもひどかった。雑で、受けしかなかった。どう見ても、これから先に伸びていく筋ではない。そう思ったが、ふと、気づいた。少年には、稽古相手の棒が当たらない。これには何か理由があるはずだと、直感した」

「結論は?」

「彼は未来を予測できる」

 さっき、そんな存在はいない、と言ったばかりじゃないか。

「冗談か?」

「実際に立ち合って、冗談だと思うかな?」

 僕は真剣に吟味した

 未来を知っているのなら、あの受け方は納得できる。しかし、本当に未来がわかるのなら、攻めにこそそれが生きるはずだ。

 そこに曖昧な部分、矛盾とも言える部分がある。

「それで、近衛騎士団で訓練させているんだな?」

「少しずつ、自分の精神器を使いこなせるようになってきた」

「しかし、剣聖には早いだろう」

 そう言ったのは、カナタだった。

「実戦の経験はあるのか?」

「ない。近いうちに与えるつもりだ」

「その結果で考えよう。それでいいだろう? ソラ」

 僕としては、頷くしかない。

「才能があるのは、お前だけではないぞ、ソラ」

 フカミのその言葉は、重く僕の心に響いた。




(続く)





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ