2-9 新たなる力
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シュタイナ王国へ戻って、国王陛下へ報告をした。
フカミも同席したが、彼は戻る途中で、唐突に初老の姿に戻っていた。
「お前たちでも勝てぬのか?」
国王陛下は訝しげだったが、僕とフカミが頭を下げていると、別の話を始め、ミチヲたちの話は終わったようだった。
謁見の間を出る寸前に、陛下がこちらを向いた。
「モエ・アサギのことを不問としたいが、どうか」
意外な言葉だった。
「剣聖から除名、でございますか?」
フカミの言葉を聞いて、僕は納得がいった。
陛下は小さな声で、「それが妥当であろう」と言って、今度こそ、部屋を出て行った。
剣聖の控え室に行くと、そこでカナタが書類を片付けていた。
「自分の部屋でやったらどうだい?」
「二人を待っていたのさ」
三人で卓を囲む。
「フカミ、事前に陛下にお伝えしたな?」
僕が尋ねると老人はニヤニヤと笑う。
「あの小娘に関わっても、ロクなことにはならん。もう国を出ておるわけで、無関係になるのが正しいと思うが、違うかな」
「負けたからか?」
「負けたら、死んでいる。しかし私は生きている。私の勝ちだ」
どこかで聞いた理屈だが、しかし、真実でもある。
僕とカナタが力を合わせれば、この化け物も処分できるはずだが、その機会はまだ訪れていない。
「先に報告書を読んだけど」
カナタが話題を変えるように、こちらに僕が事前に送った報告書を開いて見せた。
「ミチヲは精神器の持ち主っていうのは、本当かい?」
「そうとしか思えない。逆算すれば、その結論しかないんだ」
「詳しく知りたいね」
僕は椅子の上で少し姿勢を変えて、考えて話した。
「未来予測、と思ったこともあったけど、それに限りなく近いだけで、未来を知っているわけではない」
「いきなりだな。過去の記録を漁っても、未来を予知する精神器はないよ」
「もしそうでなければ、超精密、かつ、超高速の、空間の支配と認識なんだろう」
カナタがわずかに身を乗り出す。
「それは、剣が自分に向かってくるのを、感覚的に察知して、その次の動きを予測できる、そういうことか? 確かにそれなら、未来予知に限りなく近い、と言える」
「これは本人に聞いていないが、視覚や聴覚ではなく、第六感に近いわけで、やはり精神器なんだろう。この第六感が、全ての攻撃を察知するとすれば、僕の精神剣を避け続けることができたのも、これで説明がつくよ」
「精神剣を避けた、と報告書にあったが、本当か?」
頷く僕に、カナタが渋面になる。
フカミが静かに発言した。
「あの能力は、小僧が剣術を学ぶのに、最適でもある」
「どういうことです?」
「剣術の基礎的な要素の全てを、把握するのに役立つ。体をどう動かすのか、重心をどう動かすか、そういうことを、普通に見るよりも詳細に観察できる」
カナタが笑った。
「それは理屈ですよ。剣術は型を繰り返すだけじゃない。型をいくら飲み込んでも、実戦の場では効果的ではない」
「そこが、あの小僧の才能なんじゃろう。あれはあれで、ある種の化け物よ」
ずいっと身を乗り出したフカミが、カナタを見て、笑ってみせる。
「あの剣筋の冴えは、実際に見ると驚くぞ」
「頭に留めておきます」
「しかし、もう後を追う理由は消えたがな」
姿勢を戻し、今度はこちらを見る。
「剣聖の座が一つ、空いたな。どうする?」
「仕方ないよ。騎士学校から一人、腕の良い奴を引っ張り上げるしかないんじゃないの」
「実は、良い才能の持ち主がいる」
言いながら立ち上がったフカミが「ついてくるが良い」と部屋を出て行った。仕方なく、僕とカナタもそれに続いた。
三人で王宮を出て、近衛騎士団の屯所へ向かう。
「騎士学校の生徒ではないのですか?」
「二ヶ月前、卒業した」
二ヶ月前は、僕はここにいなかった。噂も聞いていないが、どういう奴だろう。
近衛騎士団の団員が稽古を積む道場へ行くと、すぐにフカミが誰を狙っているか、わかった。
と言うより、その少年はこの場の主役だった。
道場の真ん中に立ち、次々と立ち向かってくる近衛騎士を、棒であしらっている。
見たこともない剣術だが、合理的なのはわかる。
僕たちに気づくと、稽古が中断する。フカミが少年に歩み寄った。
「久しいな、アマヒコ」
「先生、お久しぶりです」
アマヒコ、という名前らしい。フカミが彼に私とカナタを紹介した。少年ははにかんだように笑い、
「お二人のことは存じています」
と、控えめに言った。
「ソラ、ちょっと相手をしてやってくれ」
フカミの言葉にはどこか、楽しげな気配がある。僕も別に不服はないので、近衛騎士の一人から棒を受け取った。
道場の真ん中で、アマヒコと向かい合う。
シンと、道場が静かになった。
すっと、彼が踏み込んでくる。真っ正直な、一撃。
こちらはそれを受けようとした。
したが、こちらの棒をすり抜けるように、アマヒコの棒がきた。
無様なのはわかったが、間合いを取って、回避する。
なんだ? 今のは。
「逃げるな、ソラ」
やはり愉快がっているフカミの声。
今度はこちらから打ちかかる。
こちらの棒が弾かれ、反撃は鋭い。
とにかく、攻撃は全て不規則で、型がないように感じる。
それなのに、まるで狙ったかのように最短距離で向かってくる。
もう一度、間合いを取った。
「逃げるな」
再び、フカミの声。
僕の頭の中にあったのは、不快感と、不気味さ、だった。
何かがおかしい。
何がおかしいんだ?
三度目の打ち合いで、僕の手首をついにアマヒコの棒の切っ先がかすめた。それでも僕は間合いを維持して、剣術を繰り出した。
波濤、それを崩しに使った、八弦の振り。
それをアマヒコはことごとく、弾き返した。
やはり最短距離で弾いている。
そこが、ミチヲとは少し違うと、考えていた。
ミチヲの受けは、最低限の動作で受け止めるという意味で、最短距離を来る。
だがアマヒコの受けは、一撃ずつに正確に打ち返してくる。
怯えている?
でも、何に?
しばらくこちらが攻勢を続けたが、崩しきれなかった。こちらの棒は一回も相手に当たっていない。
間合いを取り直して、仕切りなおそうとする。
だが今度はそれをアマヒコが許さなかった。間合いを潰して、連続攻撃。
受けていくうちに、こちらの姿勢が乱れて行くのがわかった。
何もかもがおかしい。
アマヒコの剣術は、練度が高いとも思えないし、合理的とも言えない。
しかし反撃の動きが潰され、受けも不完全になっていく。
どうなっている?
何だ、これは?
最後の一撃が、受け切れず、僕の首筋の寸前で止まる、という一瞬に、僕は構わず前に出た。
二人の体がほとんど密着する。
「それまで」
フカミの言葉に、僕は棒を下げ、一歩、距離をとった。
「相打ちですね」
にこりとアマヒコが笑うのを、僕は睨みつけた。
「精神器の使い手だな?」
「さすがに、バレますか」
おどけたようなアマヒコを無視して、フカミを見る。彼はどこか嬉しそうだ。
「剣聖になるには不足かな」
「この程度の剣術で、剣聖にさせたくはない」
「しかしお前と対等の実力だ」
「真剣を使えば、わからない」
大げさにフカミがため息を吐いた。
「アマヒコと相打ちになっても、構わないのか?」
不愉快な理屈だ。答えないでいると、フカミが背を向けて道場を出て行こうとする。カナタがこちらへやってくる。
「説明してやるから、こっちへ来い」
僕は棒を近くの近衛騎士に放り投げ、フカミの後を追った。
剣聖の控え室に入ると、フカミが話し始めた。
「あの少年と出会ったのは、偶然だ。おかしな剣術を使う、という噂を確かめに行って、出会った。実際、あの少年の剣術は今よりもひどかった。雑で、受けしかなかった。どう見ても、これから先に伸びていく筋ではない。そう思ったが、ふと、気づいた。少年には、稽古相手の棒が当たらない。これには何か理由があるはずだと、直感した」
「結論は?」
「彼は未来を予測できる」
さっき、そんな存在はいない、と言ったばかりじゃないか。
「冗談か?」
「実際に立ち合って、冗談だと思うかな?」
僕は真剣に吟味した
未来を知っているのなら、あの受け方は納得できる。しかし、本当に未来がわかるのなら、攻めにこそそれが生きるはずだ。
そこに曖昧な部分、矛盾とも言える部分がある。
「それで、近衛騎士団で訓練させているんだな?」
「少しずつ、自分の精神器を使いこなせるようになってきた」
「しかし、剣聖には早いだろう」
そう言ったのは、カナタだった。
「実戦の経験はあるのか?」
「ない。近いうちに与えるつもりだ」
「その結果で考えよう。それでいいだろう? ソラ」
僕としては、頷くしかない。
「才能があるのは、お前だけではないぞ、ソラ」
フカミのその言葉は、重く僕の心に響いた。
(続く)