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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第2部 高みのさらに高み
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2-8 異質な存在

     ◆


 アンギラスでも放火は重罪である。

 しかし今、この村では三箇所ほどで火の手が上がっている。

 いつかのようなミチヲとモエへの襲撃と違うのは、火の勢いが強いことと、場合によっては村全体が火に包まれるような気配である。

 僕は一足に二人が部屋を取った宿へ向かった。燃えてはいないが、外で店のものが客を誘導している。宿にも炎が及ぶ、と思っているのだろう。

 ちょうどミチヲとモエが出てきた。今回は荷物を持つ余裕があったようだ。

 警告しようとした。

 しかし実際にはそれは間に合わなかった。

 銀色の弧が火の赤い光を跳ね返す。

 一瞬だった。

 モエの眼の前で、若い男が倒れる。村人のような服装だが、手には黒塗りの剣があった。

 しかし、寸前まで僕ですら、襲撃者の接近に気付かなかった。

 宿の店員が目を丸くしたが、店員が体を震わせた時、その胸にやはり黒塗りの短剣が生えていた。

 血に濡れている。背中から突き通されたのだ。

 すでにミチヲとモエを五人が包囲していた。

 二人は荷物を捨て、臨戦態勢である。

 僕に気づくと、ミチヲがかすかに首を振った。なので僕はそっと、近くの家の陰に隠れた。野次馬はいない。ほとんどの村人が火から逃れようとしている。

 二人を囲んでいる五人は、服装が村人でも、今の姿勢、体つきは、普通ではない。

 殺気はほとんどなかった。

 静かで、動きもない。

 五人の姿が流れるように動いた。

 三人がミチヲに、二人がモエに。

 モエの剣が閃く。

 二人が距離をとるが、片方は腕を切られていた。

 ミチヲの方はもっと悲惨だ。

 完全に見切っていたミチヲの反撃を受け、二人が倒れこみ、一人だけが後退したものの、その胸からボトボトッと血が落ちたかと思うと、その場で倒れた。

 五人はあっという間に二人になった。

「素晴らしい冴えですな」

 言いながら、二人のすぐそばに立ったのは、フカミだった。

 モエは彼の顔を知っている。すぐに表情が変わった。

「死の剣聖よ」

 彼女の口がそう動いた。ミチヲは堂々と、フカミへと歩み寄った。

「剣術比べと行くかね」

 剣を抜いたフカミも、間合いを詰める。

 お互いの剣の間合い。

 ほとんど一つに聞こえる剣と剣の衝突音。

 十二弦の振りはまったくの互角。

 そこからフカミは、波紋の攻めと十二弦の振りの合わせ技、連鎖の剣を繰り出す。

 不規則な連続攻撃を、ミチヲは大樹の構えで対抗する。

「では、これはどうかな」

 和音の歩法の連続と組み合わせた雷光の突き。モエほどではないが、フカミの突きは超高速。

 今度はミチヲの方が波紋の受けを繰り出し、全ての突きを跳ね返した。

 瞬間、強烈な怒号、いや、気迫がフカミの口から発せられた。

 獅子吼、と呼ばれる、気迫で相手をひるませる、小手先の技。ただし剣聖が使えば、大抵の人間が萎縮する威力はある。

 もちろん、ミチヲは動じないが、そこへ踏み込んだフカミが、小刻みな連続攻撃、波濤を繰り出し、それをさらに加速させ、火花の舞、と呼ばれる超高速連続攻撃へ移行。

 ミチヲの受けが不完全になり、体のそこここに傷ができ、血が舞った。

 受けをやめて、攻め合いになる。

 ミチヲが以前、僕に説明してくれた雷撃の域を繰り出す。

 これは、波紋の受けと波紋の攻めを、さらに高速にしたものだ。

 しかもこれに和音の歩法を組み合わせ、ミチヲの体がフカミの側面に回り込みつつ、不規則な波の軌道で寄せては返し、寄せては返しを繰り返す。

 二人が飛び離れて、間合いができる。

「これほどの使い手にあったことはない」

 言いながら、フカミが頬を手の甲で拭った。そこには血がべったりとついている。

 ミチヲの方は、首を軽く手で押さえ、その手が血に濡れているのを見ると、軽く手を払った。

「こちらも同じ意見だな。さすがに剣聖一の剣術の達人には、無傷じゃ済まない」

「こちらは殺すつもりでしたがね」

「ソラの方が強かったよ」

 すでに周囲に村人の姿はない。

 いや、あることはある。三人を囲んでいる村人が四人。

 だがこれは、村人ではない。

 フカミが連れてきた兵士だった。査問部隊よりも強力な使い手が集められる、暗殺部隊。本来は国外で活動しないが、フカミは、査問部隊では力不足と見たのだろう。

「一人で相手をするつもりかな?」

 じっとフカミがモエを見ると、ミチヲはちらっと彼女を見た。

「ややこしいから、終わりにするよ」

 あっさりとミチヲはそういうと、モエと一緒に即座に間合いを詰めた。

 これには、フカミは対抗できなかった。

 ミチヲが短剣も抜き、二十四弦の振りを繰り出す。これをフカミはよく凌いだ。並の使い手なら、惨殺されている。

 しかし、防ぐだけで手いっぱいだ。

 側面に幻のように出現したモエの手が霞む。

 ミチヲとモエがわずかに距離を置いた時、フカミの首がぐらりと傾き、そのまま地面に落ちた。

 鮮やかすぎる一撃だった。

 ただ、逆にフカミの手応えのなさは、二人の警戒を買ったようだ。

 それもそうだ。あっさりとやられすぎている。

 立ち尽くしているフカミの首なし死体を、訝しげに見ている二人に、僕は叫んでいた。

「切り刻むんだ!」

 ミチヲがこちらを見ようとした時、それは始まった。

 死体が動き、首を拾い上げると、生首と胴の傷口を合わせたのだ。

「早すぎますな」

 フカミが、平然と喋る。

「不死という噂は、本当ね」

 モエの手が閃く。

 今度は容赦なかった。

 連続する居合が、フカミの体を十の塊に分解する。

 暗殺部隊が気を取り直して、迫ってくるのを跳ね返しつつ、二人は火に包まれている村から、逃げて行った。

 僕は地面に転がっているフカミの体に歩み寄った。

 僕が見ている前で、その死体がドロリとした液体になると、そのまま一塊になり、その塊が人の形を取り戻した。暗殺部隊で近くにいた二人の兵士が、顔を青白くさせている。

 復活した全裸のフカミは、老人の姿ではなく、十代の青年のそれだ。

「やれやれですな」

 声まで変わっている。

 パッとフカミが手を振ると、指先から何かが飛び、それは生き残りの暗殺部隊の兵士の額に、穴を作った。二人が間をおかずに倒れ、動かなくなる。

 口封じだ。

「あの二人に情が移りましたか? 筆頭剣聖」

「少なくとも、どこかの化け物よりは、情を持てるね」

 新生したフカミがニヤリと笑う。

「化け物を殺してみますか?」

「敵になったらな、殺してやるよ」

「楽しみにしていますよ、その時を」

 自分で倒した暗殺部隊員の身ぐるみを剥ぎつつ、フカミは口を止めない。

「それで、彼らのことをどうするつもりです」

「このまま、どこかへ逃げたことにするさ。お前が来たのは、いい機会だ。暗殺部隊の損失が、やや大きいがな」

「実際、あれほどとは思いませんでしたな」

 やっと服を着たフカミが肩をすくめる。

「ミチヲが相当な使い手になるのは、予測していたのですが、あの小娘も、なかなか、やりますな」

「なんだ、わざと攻撃を受けたんじゃないのか?」

「三回、あるいは四回なら受けられたでしょうな。それ以後はさすがに、動きが追いつかない。小娘なりに考えたのでしょう。こちらをまず動けなくする、そういう打ち込みから入っていく」

 僕はモエと真剣に剣を合わせたことはなかった。

 今のフカミの発言は、彼女にも剣聖としての力がある、と認めていることになる。

「一つの村から、しかも同い年で、二人の剣聖が出るとはな」

「二人ではありませんよ、一人です」

 自分の剣を手に取り、その刃をまだ燃えている家の火の明かりにかざす。

「もう一人はさながら、忘れられた剣聖、とでも呼ぶべきでしょう」

「今度は俺とカナタで当たるさ。本当に処刑しなければならなければ」

「小娘を切るためには、あの若造を切らなくてはいけないでしょうな」

 じっとフカミは剣を見ている。

「剣の道は、深く、長いものですな」

 僕は何も言わずに、フカミが剣を納めるまで、その刃を遠くから見ていた。



(続く)





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