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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第2部 高みのさらに高み
16/136

2-5 賞金稼ぎ

     ◆


 男は僕に名乗ったけど、平凡な名前だった。

 男はキリル、妻であるとわかった女は、シェリー。

 アンギラスにありきたりの名前だった。

「あいつらとお知り合いなので?」

 キリルと二人で山へ入っていく。例の道で、ミチヲと対決して二日しか過ぎていない。倒れていた木は昨日、やはりこの道を通った時、木こりなのか、材木屋なのかが、作業をしていた。なので今は、もう倒木はなくなっていた。

 巨大な岩の横を抜けつつ、僕は彼に答えた。

「彼らを追っている、と言っても、信じてもらえないかな」

「どこからですか?」

「それは知らない方がいいと思います」

 暗に、詮索をやめさせようとしたのと、知ってしまうと危険である、と伝えたのだった。彼もそれに気づいたようで「へい」と応じて、鳥の話を始めた。

 別に鳥を採るわけではなく、世間話のようだ。

 昨日も来た道筋で川に出た。昨日も今日も、足湯にはミチヲもモエもいない。

 部下からの報告で、ミチヲには貼り薬を処方した、と聞いている。それもあってここに来ないんだろう。

 キリルと二人で川を下っていくと、川魚を取るための仕組みが見えてくる。

 川の片側が石を積んで区切られており、そこには大きな網が仕掛けられている。

 この網が巧妙で、一度、その網の中に魚が入ると、出られない仕組みになっている。

 こんな仕組みがここから下流までに三つが設置されている。しかし昨日も今日も、この網での大きな収穫はない。

 そのことを確認すると、

「他にもおりますんで」

 という返事だった。

 他にも、というのは漁師が他にもいるということだと思う。

 三つの網を確認して、今日は十匹を超える収穫で、これは昨日の倍だ。

 河原を戻りながら、どうやらキリルはまた好奇心に駆られたらしい。

「あの男は、どういう男ですか?」

 ミチヲのことだろう。

「多言は無用だが」

 自分で言っておきながら、これほど頼りない言葉もない。キリルが口外しないとは、僕自身が信じられなかった。

 それでも口にしてしまうのは、僕もまだ甘いんだろう。ただ曖昧にはしておいた。

「追われているのは、あの男ではない」

「え?」

 危うくカゴを取り落としそうになる程、キリルが驚いた。

「あの人相で、ですかい?」

 どうやら人は見た目でものを判断するきらいがある。

「最初は、そうだった。しかし今は、大差ないな」

 そうですかい、とつぶやいて、キリルは黙った。

 二人で山道を下り、村に戻った。そこでたまたま、モエと出くわした。彼女は何か、食事を買いに出たようだった。

 往来の真ん中で、彼女は体をこわばらせ、見るからに剣を抜こうとしている。

 通り過ぎる人は不思議そうな顔が半分、残りの半分は何かに気づいて、こちらも警戒しているようだった。

 僕は少しも動じたそぶりを見せず彼女をすれ違った。

「落ち着け」

 彼女にだけ聞こえるように、それだけを呟いた。

 背後でモエが動きを再開し、場の緊張は消えた。

「旦那、なんで、切らねえのですか?」

 キリルの店に戻ると、彼は魚をシェリーに渡し、僕に詰め寄った。

「何のことかな」

「あの女です。例の男の情婦ですぜ」

「あんなところで剣を抜けるわけがない」

「しかし、あの男がいないのでは、絶好の機会だったのでは? あの女を本当は追っているのでしょう?」

 僕は無言で、目をつむった。

 やはりキリルには黙っておくべきだったか。後悔しても、遅い。

 その日は夕飯を外で食べた。部下とどうにかして連絡を取りたかった。

「不自然な動きがあります」

 食堂で後ろの席に座った男が、僕の背中だけに聞こえるように言った。誰も彼もがこういう技を使う。

「村の外に、よく分からない男たちがいます」

 よく分からない、では僕にもわからない。

「民兵に近いですが、やや違います」

 黙って先を促す。

「地元の人間ではありません。もう少し探ります」

 男が席を立って、会計をして離れていった。僕は一人で食事をして、キリルの家に戻ることにした。

 ただ、足を止めたのは、部下からの報告が気になったからだ。

 もっと詳しく聞きたかったので、通りを離れて、狭い路地に入った。

 すぐ横に影がにじみ出るように、部下の一人が現れた。

「どういう連中だ?」

「賞金稼ぎのようです」

 賞金稼ぎ?

 嫌な予感がした次の瞬間、近くで悲鳴が聞こえた。

「周囲を見張れ」

 素早く指示を出して、通りに飛び出す。

 明かりが強い、と思った時には、建物が燃えているのに気づいた。

 確認するまでもなく、村に二軒しかない旅籠の一つで、つまり、ミチヲとモエがいる方だ。

 つまり、賞金稼ぎとは、このことなんだ。

 悲鳴がさらに聞こえ、誰かが通りに倒れた。僕はそれに、炎上する旅籠を取り囲みつつある村人の中に紛れて、近づいた。

 宿の前にミチヲとモエが立っていた。

 そしてそれを包囲するように、十人ほどの男女がいる。誰もが若く、黒装束だ。顔さえも黒く塗っていて、建物の燃える光を受けて、影が直立しているように見える。

 モエは剣を抜いていないが、ミチヲは抜いている。左手に剣を下げている。

 十人の男女、刺客たちが弾かれたように輪を狭めた。

 光が反射して、視界に残像が残る。

 刺客たちが再び輪を広げたが、バタバタと三人が倒れ、動かなくなる。

 僕にははっきりと見えたが、素人には幻に見えたかもしれない。

 あの技は、「波紋の受け」とか「波紋の攻め」とか呼ばれる技で、一対多数を想定して、組み立てられている。

 彼の足元にある、半円の痕跡が、その技の痕跡だ。

 しかし相当に速い。並の使い手では受け損ねるはずだ。

「人殺しだ! 人殺しがいるぞ!」

 誰かが大声で叫んだ。

 刺客たちは動きを止め、しかし、いつでも飛びかかれる位置を確保する。

「人殺しを追い払え! 俺たちも殺されるぞ!」

 また大声が上がり、今度こそ、周囲の村人たちが動揺した。

 最初は一つだった。石だった。村人たちが石を投げ始める。

 違う、村人じゃない。

 石を投げているのは、明らかに旅装の男たちで、石はミチヲにしか飛ばない。

 ちゃんと狙っているのだ。

 ミチヲが剣で石を弾くと、わっと刺客たちが迫った。

 同じことの繰り返しだ。今度は四人が倒れる。

 改めて間合いを取った刺客たちは、三人になっている。

 そこで刺客たちは一気に距離を取り、村人の中に駆け込んだ。もちろん、何も知らない村人たちは押しのけられ、倒され、またも悲鳴。

 刺客が全員、消えてから、妙な気配が場を支配し、今度こそ、本当の投石が始まった。

 ミチヲは剣を鞘に戻して、手で石を弾く。モエもだ。

 二人は村人の悪意に押されるように、荷物もほとんど持たずに道を駆け出し、そのまま村を出て行ってしまった。

 キリルの家に戻ると、キリルは留守だった。シェリーは何が起こっているか知らないのかと思ったが、僕を見るなり、

「凄いものですね、人の恨みとは」

 などと、言っている。

 これで全てが決定した。

 その日は勝手に部屋で休み、翌朝、キリルとやっと顔を合わせた。

「賞金はどこから出ているのかな」

 食事の席で尋ねると、キリルがピタリと手を止めた。

「聞こえたかい?」

「へえ、旦那、何のことですかい?」

「あんたが賞金稼ぎを引っ張ったんだろう?」

 シェリーはすぐそばで動かない。

「私は、この街で長いんですぜ、旦那。そんなこと、やろうにもできません」

「アンギラスの村々に、連絡を受け持つものがいるんだろう。違うのかな?」

 キリルは答えなかった。

 しかし、反応がなかったわけじゃない。

 パッと彼の手元から汁が飛んだ。

 彼が手に持っていた汁の入った器から、ほんの数滴が、正確に僕の目に入った。

 ただし、彼は大きな勘違いをしていた。

 僕は目を閉じたまま、精神剣で彼の腕、こちらを刺し貫くべく箸を突き出す腕を、切断した。

 悲鳴をあげたのはシェリーで、キリルは腕を飛ばされたと思う間もなく、制御された力で胸を打たれ、気を失っている。

 シェリーも即座に一撃で、失神させた。ただ、こちらはすぐに気づくだろう。

 キリルの腕を飛ばしたのは、尋問をやりやすくするためにすぎない。キリルもシェリーも、殺そうと思えばいつでも殺せる。

 悲鳴を聞きつけた部下が二人、駆けつけてきた。僕は目元をこすっていた。今になって、痛んで来た。

「二人を確保して、話を聞いておけ。賞金稼ぎを組織している」

 すでにキリルは相当な血を流していて、顔が青白い。

「殺すなよ。可能な限り」

 頷いた部下たちが二人を連れ去り、やっと落ち着いて食事ができそうだが、床の血だまりが不愉快だった。

 僕は支度をして、朝から開いている食堂で、握り飯を買った。

 その足で、僕はミチヲとモエを追いかけた。




(続く)










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