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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第2部 高みのさらに高み
15/136

2-4 理解の兆し

     ◆


 足湯には意外に長い時間、滞在した。

 途中で当然、何も知らない村人がやってきて、山道の周囲がめちゃくちゃになっている、何があったのか、とモエに質問していた。

 彼女は、気づかなかった、と適当な返事をしていた。

 村人はこちらをちらっと見て、それから横目でミチヲを見てから、川の下流へ行ってしまった。それを見送る段になって、彼の腰にカゴがあり、つまり魚を取りに行ったのだ、とわかった。

「どうにもこの顔では、親しくしてもらえない」

 こちらに苦笑いして、ミチヲが言う。

「どこでその傷を?」

「とある剣士と斬り合いになってね。相手は死んだが、こちらは顔を切られた」

 最初、査問部隊の誰かかと思ったが、先ほどのミチヲの技量を見れば、それはありえない。

 彼を殺すことはおろか、傷つけることさえ、無理だろう。

「片目では不便でしょう」

「それは良いのですよ」

 よくわからない理屈だ。

「どなたから音階の歩法と、あの振りを習ったのか、知りたいな」

 一番、気になっていることを、率直にぶつけてみた。

「あれですか? シュタイナ王国の南部を旅した時、教わったのです。しかし、一本の剣での十六弦の振りは、初めて見た」

「初めてにしては、よく凌げましたね」

「それもまた、秘密です」

 僕はもうちょっと踏み込むことを決めた。

「視線が追いついていませんが?」

「よく見ていますね。そう、確かにあれは、不意を突かれている」

「僕の踏み込みが速いから、君は反応できていない」

「矛盾していますね、それは」

 わずかにミチヲが足を動かし、足を中心に波紋が広がった。

「俺はソラさんの動きに反応していない。しかし、十六連撃を完全に封殺できる。さて、導き出せる答えは?」

「整理すると、前者が間違っていることになる。後者は動かしがたい事実だ」

「それが自然ですね。つまり?」

 答えは単純だ。

「君は、視覚以外の感覚を持っている。それなら精神剣をやり過ごしたのも、わかる」

「正解」

「いったい、どういう感覚なんだ?」

「それは言えないな。例え、筆頭剣聖でも」

 僕たちが話している間でもモエは動かなかった。彼女もお湯に足をつけているが身じろぎしない。身構えているのがわかった。

 ただ、僕はミチヲの何かを理解して、この短い時間で、長い知り合いのような気持ちになってきた。自然と、口調が砕けている。

「感覚はもう聞かないことにする。力比べだからな、こうなっては」

「俺もそう思います」

「君は一体、何連撃が可能なんだ?」

 ニヤリとミチヲが笑う。

「片手では十二連撃、両手では二十四連撃でしょう。ただ、右手は短剣なので、間合いは狭い」

 やれやれ、とんでもないな。

「もし足が無事なら、音階の歩法を使うのですが」

 彼は軽く足を上げた。

「どうして負傷したのか、聞いていなかった」

「旅の途中で、挫いたんです。なかなか治らない。痛みもないのですが」

「医者には?」

「診せていないですね。でもそろそろ治るでしょう」

 自分たちが薬屋に化けていることを伝えて、すぐに最適な薬が用意できることも話した。

「それで、ソラさんはどういう事態になったら、おとなしく帰りますか?」

「僕はそこにいる女を切って捨てるまで、帰れない」

「それは俺が許さない」

 背筋が少しだけ冷えた。

 ミチヲの殺気は、普段はほとんど感じ取れないのだと、やっとわかった。

 彼の気迫は、ほぼ完璧に隠され、しかし常に彼は身構えている。

 モエとは大違いだ。

「では、力比べをするしかないな」

「周りに迷惑がかからないなら、やってもいいですね」

 この時、僕は日和ったのか、それとも何か、仁義のようなものを通したかったのか、変なことを言ってしまった。

「君の怪我が治った時に、やってみたい」

 この言葉には、ミチヲも目を丸くした。

「俺はあなたと殺し合いをするのは、惜しいと思っている」

「僕もそうだ。でも、僕たちが衝突しない可能性はない」

「そうか。なら、仕方ないな」

 立ち上がり、ミチヲが湯を出た。足をタオルでぬぐう。慌ててモエがそれに従った。

 二人は村の宿屋の名前を告げて、去って行った。

 僕は一人でその場に残り、ゆっくりとお湯に浸かっていた。

 先ほどの村人が下流から戻ってくる。こちらに歩み寄ってきた。

「あの二人のお知り合いで?」

「いや、あまり親しくはない」

「あれは厄病神だと言われとります」

 村人は小柄で、まだ若いのかと思ったが、話をしてみるともう初老だった。それでも足腰は少しも衰えてはいない。自然とそんなところを見てしまう。

「厄病神?」

「噂があるんでさ。この辺りの村々で、シュタイナからやってきた二人組みが、人を殺しているっちゅう話でさ」

 それはたぶん、事実だろう。

 この村人は、殺されたのは住民だと思っているようだが、実際は、査問部隊の兵士が殺されているのだ。

 ミチヲもモエも、手はドロドロに汚れていることになる。

 もちろん、僕の手も血に染まっている。

「死んだのは、どんな人だい?」

「旅のものが多いらしいですな。だから、お兄さんもお気をつけなさって」

 気をつけるも何も、僕が二人を切るか、あるいは僕が二人に切られるか、それしかない。

 僕は男に魚のことを聞いて、男は今日は数が取れなかった、といったものの、僕に二尾ほど売ってくれた。

 彼を見送って少し足湯に入っていると、背後から気配が近づいてきた。

「ご無事でしたか」

 部下が二人、そこにいた。

「二人は?」

「宿に戻りました。すぐに動くようではありません」

「この魚で夕飯にしよう。宿に部屋を借りたいが、目立ちたくはない。君たちも今日も野宿でいいかい?」

「構いません、慣れております」

 片方の部下が魚を手に取った。

「それと、後でモエとミチヲのところに薬を持って行ってやれ」

「は?」

「ミチヲが足を怪我している。軽く診察もしてやれ」

「彼らは敵ですが?」

 自分が変なことを言ったのがダメだったのだ。でももう取り消せはしない。

「いいから、行ってやれ。こちらの正体を悟られるなよ。身振りに気をつけて」

「身振り、ですか?」

「訓練を受けていると悟られるな」

 二人は軽く頭を下げ、去って行った。

 ふやけた足を上げて、手ぬぐいで水気を取る。靴を履いて、来た道を戻った。

 途中で、ミチヲと戦った場所に来る。

 僕の精神剣の攻撃は、まったく容赦ないものだったので、一抱え以上もある木が何本も倒れているし、人の体が隠れても余裕のある岩が、ほとんど消し飛んで、粉砕されている。

 それだけの力を、いったい、ミチヲはどうやってやり過ごしたのか。

 僕の精神剣の攻撃を防ぎきったのは、カナタくらいだ。

 彼も精神剣を使える。

 では、ミチヲも?

 でも彼は、攻撃には剣しか使わなかった。

 手札を残したのか、それともこちらの勘違いか。

 防御に特化しているようでもない。実際に、彼の服も体も、傷ついていた。

 わざとそんなことをする理由はない。

 日が傾いてくるまで、僕はその場で戦いを振り返っていた。

 村に戻り、宿屋の前を抜け、途中の店で保存食を買った。村を出ようとすると、先ほどの川であった男と出くわした。

「あれ、旦那? こんな時間にどちらへ?」

 すでに日は沈みかかっていた。

「金がないので、野宿なんだ」

「うちに泊まれば良いですぜ。金なんていりません」

 妙な申し出だった。

「いや、それは申し訳ないから、遠慮するよ」

「大きい声では言えませんがね」

 男がこちらの耳元に口を寄せた。

「用心棒をどこもかしこも、欲しがっているんでさ」

「用心棒。あなたの?」

「馬鹿言っちゃいけない。この村のですよ。どうです? ただで泊めて、飯も出しますんで、もう少し、ここにいちゃくれないかね?」

「もう少し?」

 男が顎をしゃくった方を見ると、宿がある。

「あの二人がいなくなるまで、でさ」

 どうにも妙なことになったな。

 しかしこれで、自然とこの村に滞在できる。

 あまり気乗りしないが、二人の様子を見ることがそもそもの任務だ。

「金は払おう」

 僕がそういうと、男は嬉しそうな顔になり、すぐに家の中に入れてくれた。一階では魚を煮たものを売っているようで、その匂いが充満していたが、商品自体はない。売れたのだろう。

 男の妻らしい女性がやってくる。年齢は不釣り合いなほどに若い。

 その日、僕はその家に厄介になった。

 部下との連絡はその翌日に再開し、ちゃんと体制を整えた。

 ミチヲには診察と薬を施したようだった。

 しかし、僕はこの先、どうするべきなんだ?




(続く)








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