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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第2部 高みのさらに高み
14/136

2-3 正体不明の技

     ◆


 最初、ミチヲは剣を抜こうとしない。

 モエの方が殺気立っていて、今にもつっかけてきそうだった。

 そのモエの前に、すっとミチヲが進み出る。

 彼の腰には剣がある。やや長いだろうか。

 でも彼はそれに手も触れようとしない。ただ立っているだけだ。

「下がっていて、モエ」

 すっと彼が踏み出した時、僕は剣を抜いていた。

 モエも剣を抜いたが、それはかなり距離がある。

 ミチヲは、少しも姿勢を変えない。

 僕はじっと剣を構える。間合いはまだ広いが、踏み込めない間合いではない。しかし地面がわずかに傾斜し、ミチヲの方が上である。

 その地面も、石や木の根が張り出していて、不規則だ。

 それなのに、ミチヲは少しも構わず、道を下りてくる。

 剣の間合いになった。

 一瞬だ。

 僕の剣の切っ先が、瞬くように翻り、天に向く。

 手には硬い手応えがあった。

 もちろん、感慨に浸る余裕はない。

 振り返って、即座に頭上からの一撃を受け止めた。

 ミチヲは交錯の瞬間に剣を抜いていた。左手だけで逆手に抜いた剣で、僕の一撃を受けたのだと、今ならわかる。

 そして手の中で剣を回転さえ、今は順手で左手のみでこちらに一撃を打ち込んできた。

 もちろん、対応できる。

 即座にいなして、剣を突き込む。

 それを距離をとって回避するミチヲ。

 僕は容赦しなかった。

 習得している剣術を惜しげもなく、使う。

 こちらが有利でも、常に油断しない。

 容赦もしない。

 深く踏み込み、「波濤」と呼ばれる連撃を繰り出す。

 小刻みで休みない連続攻撃に、ミチヲが後退。

 その懐へ一気に踏み込む。

 これは「音階の歩法」と呼ばれる特殊な歩法で、全部で七種類からなる。

 即座にこの場に適した歩法を駆使し、間合いは即座に消える。

 刀をピタリと引き寄せ、必殺の間合いで、避けることのできない攻撃を繰り出す。

 一振りで四回斬られると錯覚するほどの高速の剣、「四弦の振り」。

 一瞬で叩き込まれた四度の攻撃に、ミチヲが片膝をついた。

 違う! 倒していない!

 瞬間的に間合いを取ったが、遅かった。

 僕の服の袖と胸元に、切れ目が入っている。

「まさか」

「今のは」ミチヲが姿勢を取り戻す。「「六弦の振り」だよ」

 僕の繰り出した四連撃を、ミチヲは数で上回る六連撃で弾き返し、その上で反撃さえした。

 信じられないほどの使い手だった。

 しかし、剣聖の力ではない。

「力押しもつまらないけど」僕は全身を弛緩させた。「決めさせてもらう」

 体に力が戻った時、僕の姿は霞んだはずだ。

 音階の歩法の中でも、いくつかの歩法を組み合わせる「和音の歩法」で、再び、間合いが消えている。

 ミチヲの視線はこちらを捉えていない。

 僕の手元が搔き消える。

 四弦の振り、六弦の振りよりも超高速の、十二弦の振りを繰り出す!

 甲高い音が響き、激しい火花が散った。

 二人が同時に離れる。

 もう一度、こちらから間合いを消す。和音の歩法にはやはり、ミチヲはついてきていない。

 なのに!

 絶対の間合いから、十二弦の振りよりも超高速の十六弦の振りを繰り出す。

 再度の激しい音と、火花。

 そしてもう一度、二人が離れる。

 ミチヲの手元には二本の剣があった。右手に短剣があり、どうやら鞘に隠されていたらしい。

 でもそれは、どうでもいい。

 彼は二本の剣で十六連撃を完全に防いで見せた。

 いや、それも今は、どうでも良いことだ。

 問題はこちらの動きを視認できていないのに、なぜ、剣を合わせられるか、だ。

「どういう魔法だ?」

 彼は右目を細めた。

「秘密ですよ。本当に僕を切りたいなら、本気で向かってくるべきです」

 どうやら彼は僕の奥の手も知っている。

 こうなっては、仕方がない。

「後悔させてやる」

 我ながら、小悪党みたいなことを口にしている自覚がある。

 でもそれ以外に何が言えただろう。

 僕は切っ先を下げ、意識を集中させた。

 右手に剣を持ち、左手を掲げる。

 そして、振るう。

 何かが、捻れた。

 今度こそ、ミチヲは姿勢を乱した。

 いや、逃げたのだ。

 僕の集中は終わらない。左手を繰り出し、見えないものを縦横に走らせる。

 山道の周囲の木々が爆ぜ、砕け、倒れていく。地面が抉れ、岩が跳ね上がって飛んでいく。

 まるで見えない嵐が突然に吹き荒れたようだった。

 その中をミチヲが無様ともいえる動作で逃げ惑う。

 世界には、精神器、と呼ばれるものがある。

 神秘とか奇跡とも呼ばれる、超常の力だ。

 その中でも戦いに特化した精神器が、精神剣と呼ばれる。

 今、僕が行使しているのも、そのうちの一つだ。

 剣聖十二人の中でも、使えるのは、僕と、カナタだけだ。

 と言うより、過去に精神剣の持ち主は五人しかおらず、その全員が剣聖になっている。僕とカナタ以外の三人は、すでに故人だ。

 この強大な力に対抗できる人間は、いない。

 ミチヲがいよいよバランスを崩す。

 回避不能なところへ、力をぶつける。

 ミチヲの体が跳ね上がり、翻弄され、地面に落ちた。

 なんだ?

 瞬間、僕は呆気にとられた。

 翻弄される? 落ちる?

 ありえない。

 僕はミチヲの体が吹き飛んでなくなる力を加えたのだ。

 そして直撃しかありえず、つまり、今の彼はバラバラ死体のはずなのだ。

 ゆっくりとミチヲが起き上がる。

 その顔には、獰猛な笑みがあった。

「さすがは筆頭剣聖だな」

 彼は軽い調子でそういうと、こちらへ歩み寄ってくる。

 服はところどころが破け、それ以上に赤く染まっている部分も多い。

 しかし彼は五体満足で、戦闘は続行だ。

 信じられない。

 僕が何かミスをしているのか?

 背後に気配を感じたのは、ほとんど反射行動だった。

 そこにモエが忍び寄っており、剣は腰に引き付けられ、切っ先はこちらを向いている。

 剣聖で最速と呼ばれた、雷光の突きが来る。

 切っ先は僕の左肩をかすめた。

 転がって距離を置くと、モエも深追いはしない。

「これくらいにしましょう、ソラ殿」

 すぐそばまで、ミチヲが戻ってきていた。

「あまり森を破壊するものでもありませんし」

 呑気すぎる言葉に、僕は何も言い返せなかった。

「足湯でもどうです? まぁ、この格好では、ちょっと可笑しいかな」

 ミチヲがそう言うなり、二本の剣を鞘に戻した。モエも剣をしまう。彼女はミチヲを立てているというより、絶対の信頼を置いているのだろう。

 迷っていても仕方がない。

 今はこの男の、謎を解明するべきだ。

 そう決めて、剣を鞘に納める。

「足湯で話を聞かせてもらおうかな」

 こちらから言うと、ミチヲがパッと笑顔を見せた。顔の傷跡があっても、見ているこちらが嬉しくなるような、暖かい笑みだ。

「久しぶりにシュタイナ王国のことが聞きたいですね。良いだろ? モエ」

「あんたがそう言うのならね」

 こうして僕たち三人は山道を登り、小川のすぐそばに作られた、石を積んで周りと区切った一角に落ち着いた。

 靴を脱いで、そこに足をつけると、ちょうど良い温度だった。

 ミチヲとモエもリラックスしたように、足を入れている。

 川の流れる音、風で木々が揺れる音、鳥の鳴き声。

 久しぶりに癒されるような環境だ。

 この場にいる二人を消さなければならない、ということさえなければ、本当に癒されたかもしれない。

「それで」

 何気ない調子で、ミチヲが言った。

「シュタイナ王国は俺たちを抹殺したいのかな」

「ミチヲ殿は別ですが、モエは仕方ない、としか言えない。剣聖だから、放ってはおけない」

「敬称は不要で行きましょう、えっと……」

「ソラ」

 うん、とミチヲが頷く。

「俺たちを狙っているのは、ソラさんだけかな」

「さっきの様子では、誰が来ても、無事では済まないしな」

「俺たちは放っておいて欲しいだけですよ」

「剣聖になったものは、そうはいかないな」

 その一言で、気が立っているのが明らかだったモエが、我慢の限界に達した。

「別にいいじゃないの! 私は剣聖をやめたの。自由に次を選べば?」

「剣聖は死ぬまで剣聖だよ」

 むすっとした顔でモエは視線を逸らした。

「もうちょっと議論しましょうか。幸い、ここも、村も静かなものです」

 ミチヲは少しも動じないように、川面を見ながらそう言った。



(続く)








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