6-9 御前試合
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第二王宮へ通じる橋の手前に受付が設けられ、そこに御前試合に参加しようとする剣士たちが列を作っていた。
しかし僕が並んでいる目の前で、次々と引き返してくる人がいる。
なぜかと思うと、受付で、決闘の末に命を落としても構わない、と念書を書かされるのだ。
引き返してくる方がまともだろうな、と僕は思わず笑いそうになった。
僕の番が来て、僕は念書に名前を書いた。橋に通され、その大きすぎる橋を抜け、広すぎる堀を渡った。
門を抜ける手前にも机があり、そこで番号の札を渡された。さらに奥へ向かうと、庭のようなところへ出た。
係員らしい若者がやってきて、僕の手元の札の番号を見て「六組です」と言った。
視線を巡らせると、番号を書かれた札を持って立っている男がいる。
六番の札のところへ行くと、すでに五人ほどが集まっていて、僕の後からもやってくる。
どれくらい経ったか、仮設の台の上で男が声を張り上げた。
「これより御前試合の予選を始めます! それぞれの組から一人のみが、御前に立つことを許されます」
そんな風に説明が始まったが、要はそれぞれの組で、一対一で最後の一人が残るまで戦え、ということらしい。
僕の周囲には十人ほどがいる。
係員がなぜか僕を指名し、もう一人、指名する。
相手は体格のいい男で、見るからに力が強そうだ。
「卑怯なことがないように」
係員がそう言って、身振りで他の面々を下がらせる。
男が剣を抜いた。いきなり殺し合いをするつもりらしい。
僕は、剣を抜かなかった。
「抜け! 小僧!」
小僧ではないけど、まぁ、抜く必要もない。
両手を広げて、僕は笑ってやった。
「どこからでも、どのようにも」
男は理解すると同時に、我を失い、突っ込んできた。
遅い。そして雑だ。怒りのせいだろうか。
一瞬、僕の手が彼の手から彼の剣を奪い、その剣で一撃を繰り出している。
男が倒れこみ、慌てて自分の体を手で触れている。
その手が赤く染まるが、大した出血ではない。
加減したので、彼の服の胸元がパックリと切れて、その奥で皮膚が少し切れている程度だ。
「勝負あり」
係員が宣言する。そして次の一人を指名しようとする。
「待ってください」
僕は奪ったばかりの剣を地面に突き立て、その場の全員を見た。
「全員が、同時にかかってくれば手間が省けます。僕が死んだら、あとは皆で好きなように一人を決めればいい」
しんと静まり返った。
「ご自由にどうぞ」
周囲を見回す。係員はおろおろとしている。
と、僕がたった今、負かした相手が怒鳴った。
「怖気付くな! どうせ一人だ!」
その一言がきっかけになり、残りの正確に言えば十一人が僕を取り囲んだ。
全員が真剣を躊躇なく抜いて、隙を伺う。
そう、これでいい。
緊張が僕の中を満たした。少しでも失敗すれば、それで終わりだ。死ぬだろう。
でもそれを跳ね返す力が、技術が、僕にはある。
それを今、証明しよう。
命がけの遊戯。
さあ、来い。
誰かが大声を上げ、動く。同時に十人も続いた。
僕の両手が、剣を抜いた。
何が起こったかを、どれだけの人が見たか。
足が地面を踏みしめ、体が旋回する。二本の剣が複雑極まる軌道で弧を描き、跳ね上がり、沈み込み、翻った。
ついに十一本の剣を全て跳ね飛ばし、同時に十一人全員の胸に横一文字の傷ができていた。
全員が倒れこみ、悲鳴をあげるものもいる。
僕だけが細く息を吐き、両手の剣を鞘に戻した。
やり遂げた。
達成感はない。今も緊張が僕を支配している。油断なく、周囲を見回す。
返ってくるのは、恐れ、だ。
全員の心を挫くことができた。
係員が、「これまで」と震え声で宣言し、僕を庭の奥へ連れて行く。
六人分の椅子の一つに腰掛けた僕に、もしもに備えているらしい近衛兵がやってくるのが見えた。
顔を見て、記憶が蘇る。
彼は険しい顔で、僕の前に立った。
「お前、カイ・エナだな? なぜここにいる?」
相手はもう三十代だろう。十年前に、騎士学校であったことがある。名前は、忘れてしまった。
「剣聖と立ち合いたい。それだけです」
「リー・ファイを切ったな?」
懐かしい名前だ。
忘れたことはない。殺した僕には何も言えないが、彼にはもっと別の可能性があった。
近衛騎士として成功しただろう。
でも僕と剣を交わすことを、彼は選んだ。
「切った」
堂々と答える自分に違和感を感じるけど、しかし、事実だ。
近衛騎士はこちらを強く睨みつけ、絞り出すように言った。
「お前が殺されるところを見てみたいよ」
どう答えることもできず、ただ、目を閉じるしかない。
相手の気配が遠ざかり、目を開けた時にはこちらに背を向けて去っていく彼が見えた。
そのうちに一人、また一人と予選を抜けた男たちがやってくる。誰もが少なからず疲弊している。
係員がやってきて、「こちらへ」と示す。六人が一斉に立ち上がり、しかしどういうわけか、規律正しく一列縦隊に並んで王宮に入った。可笑しい。
巨大な建物なので、中に入っても遠近感がずれたままになる。
ぐるぐると通路を抜け、その大きな広間に入ると、僕も含めて、六人は思わず戸惑っていた。
ちょっとした運動には十分すぎる広間で、壁際に十三のブースがある。
そしてそこに色とりどりのローブを着た男女がすでに着席している。
剣聖だ。シュタイナ王国における最強の使い手たち。
前方の高い位置にある空席は、しかし立派な玉座として、無人でも、すでに威圧感を発している。
僕たちが横一列に並んで、少しすると鐘が鳴らされ、十三人の剣聖が起立する。六人は反射的に跪き、首を垂れた。
かすかな衣擦れの音と、足音。
「諸君、顔を見せてくれ」
立ち上がり、顔を上げた。
玉座に初老の男性が座っている。カイト・シュタイナ十三世。そばに女性が一人、控えている。
彼女のことを僕は知っている。先生が教えてくれたからだ。
シュタイナ王のそばに控える、三人目の精神剣の使い手。
だがおそらく僕には力を向けないだろう、とも先生は教えてくれた。それでも自然と、僕は彼女を観察した。ピタリと直立し、動かない。視線さえも動かさない。
それなのに、隙はなさそうだ。
シュタイナ王に視線を向け、そっと視線が絡み、離れる。
「始めよう」
王の一言で、僕たちは係員に指示され、壁際に下がった。
一組を勝ち抜いた男が指名され、広間の真ん中に立つ。
相手は、と思ったら、僕が指名された。
ゆっくりと進み出て、一組の男と向かい合う。頭を下げ、二人ともが剣を抜いた。僕は一本だけだ。
「はじめ」
係員の言葉と同時に、相手が大声を発する。僕は無言。
この程度の気迫でどうこうなる僕ではない。
男がもう一声、声を上げ、剣の構えを変える。
力は強いだろう。素早さもありそうだ。では、技はどうか。
僕は無言のまま、すっと前に出た。
男が気迫とともに向かってくる。
見えた。早いが、見える。
和音の歩法で、相手の側面に滑り込み、剣を絡め取るようにして弾き飛ばす。
それは過たずに、十三のブースのうちの一つに飛び込んだ。
そこにいる男を、僕はよく知っている。
剣聖に君臨し続ける、伝説的な剣士。
筆頭剣聖、ソラ・スイレン。
僕は彼の方に剣の切っ先を向けた。
飛び込んだ剣はソラのすぐ横の壁につきたっていた。
「剣聖との立ち合いを所望します。いますぐ」
剣聖たちが困惑し、次に僕を観察してくる。
「僕はカイ・エナ。ミチヲ・タカツジの弟子です」
水を打ったような静寂の中で、ソラがくすくすと笑い出し、そして立ち上がった。
「良いよ、やってみよう」
ブースを出る前にローブを脱ぎ捨て、ソラ・スイレンが進み出てくる。
僕が相手にしていた男は、悲鳴をあげて壁際に逃げて行った。
広間の真ん中で、僕とソラが、向かい合う。
(続く)




