表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第6部 剣聖の最期
131/136

6-8 訪問者の指示


     ◆


 サリーとは結局、別れらしい別れもなかった。

 三日間はこれを飲みなさい、と薬包をくれて、眠くならないから安心して、とも言われた。

 街道を進み、すれ違う人が剣を帯びているので、シュタイナ王国だな、と感じる。この街道を通ったことはあったはずだ。シュタイナ王国を巡った時、通った。

 街を抜け、村を抜け、山を越え、川を渡し船で越える。

 そのうちに建物が立派になり、馬車ともすれ違う。

 前方に街が見えてきた。

 王都だ。

 周囲を囲う城壁が徐々に巨大に見え、その上から無数の兵士が見下ろしてくる。

 僕はゆっくりと普通の旅行者の様子を装って、王都に踏み込んだ。

 懐かしい。何も変わっていない。

 複雑に堀があり、いくつかの王宮がその内側に鎮座している。

 王都を長い間、歩き回り、しかし顔見知りとはすれ違うこともない。王都を立って十年が過ぎている。一部で有名になってしまった僕も、もうどこにでもいる一人の男なんだろう。

 旅籠に部屋を取り、そこでゆっくりと休んだ。

「少しいいかな」

 反射的に跳ね起きたのは、声を掛けるどころか、足音も、ドアを開ける音もなく、そこに人が現れたからだ。

 老人。服装はどこにでもありそうなそれ。腰には剣。

「何者ですか?」

 相手を組み伏せられるか、もしくは逃げられるか、考えていた。

 どちらの方が目があるだろうか?

 相手の老人の顔をまじまじと見て、記憶が繋がった。

「フカミ・テンドー?」

「剣聖を呼び捨てにするか、カイ・エナよ」

 恐れ多い、どころじゃない。

 僕を抹殺しに来たのか?

 その割には、老人は寛いでいる様子だ。年齢は前に見たときとそれほど差がない。

 何歳だろう? 八十歳か?

「お前がここに来ることはわかっていた」

「間諜が見張っていた?」

「まさか。お前が知らない目がこの世界には多くある」

 訳がわからないが、少なくとも、僕は彼の目は欺けないらしい。

「今日は伝えるべきことを、伝えに来た」

「なんですか?」

「剣術の御前試合がある。一週間後だ」

 それはまた、都合のいいタイミングだ。本当にフカミは僕の行動を把握しているらしい。

「その御前試合で、剣聖を切れ」

 その一言に、背筋が冷えた。

 御前試合で、剣聖を、切る。

 答えに詰まり、どうにか声を出す。

「あなたは、どこまで知っているのですか?」

「ほぼ全てを知っている。悪いようにはしない」

「悪いようには、って……」

 御前試合で、剣聖に敗れれば、僕は死ぬのでは?

 八百長が目的なわけもない。真剣勝負、殺し合いのはずだ。

「勝てばいいのだ、勝てば」

「そんな無茶な……」

「自信がないのか? 私が見てきたカイ・エナという剣士は、並みの剣士ではない」

 どう言われても自信が湧くわけもない。

「登録は当日で構わない。場所は第二王宮だ。全ての剣聖、そして陛下がご臨席される。怖じ気づかなかったら、来るといい」

 すっとフカミが立ち上がり、振り返ることもなく部屋を出て行った。さっきはどうやって入ってきたのかは謎だが、考えるのはやめよう。

 一人きりになって、じっと自分のことを考えた。

 御前試合。もしかしたら、先生にもこれが見えていたのかもしれない。御前試合だけではなく、僕がどこでどういう旅をして、どのタイミングで王都につくのかさえ、先生には全て見えていた。

 自らの命を絶つタイミングさえ、計算されていたのか。

 先生は片目を取り戻してから、何か、見えないものが見えるようだった。

 僕はそれをただ、幻を見ているんだろうか、などと考え、深く話をしなかった。

 でも今になってみれば、先生はきっと、過去も未来も、近いところも遠いところも、全てを見ることができたんだと、想像することができた。

 それは人間に把握できる情報ではない。

 並大抵の人間だったら、その巨大な存在の前に正気を失うのではないか。

 先生はそれを、きっちりと御した。

 最後の最後まで。

 僕が御前試合に出るのは、もう決まったことなんだ。

 僕は荷物を整え、剣を帯びて外へ出た。旅籠を出る前に研ぎ師の店の場所を聞き、そこへ向かった。

 店は繁盛しているようで、広い作業場で見世物のように二人の若者が刃物を研いでいた。包丁のようだ。

 店主らしい老人が応対してくれて、僕が剣を差し出すと、恭しく受け取り、それから老人は鞘から剣を抜いて、動きを止めた。

 ゆっくりと動きが戻り、二本の剣を彼はじっと眺め、黙っていた。

 もしかして研げないのだろうか?

「明日の朝には、仕上がっています」

 老人が愛想も何もなく、冷ややかな声で言った。

「お代はいかほどですか?」

 伝えられた金額をその場で支払った。引き取る時に必要な書類を受け取る。

 その日は王都を見物し、新しい建物の様子や、今の流行に視線を向けつつ、御前時代のことを考えた。

 負けるわけにはいかない。

 しかし最近は全く稽古をしていない。していないけど、僕と対等の使い手がそこらにいるわけもない。

 問題は剣聖だ。

 旅籠に戻る前に軽い食事で腹を満たし、旅籠に戻った。

 翌日になって、朝食の後、研ぎ師の店に向かった。店の外で店先を掃いている若者に頭を下げ、中に入る。

 店主の老人が待ち構えていて、どういうわけか、奥に通された。

 そこで僕の前に、先生から受け継いだ剣が差し出された。

「素晴らしい剣です。どなたが打たれたのか、是非、知りたい」

「僕の師の剣で、もうそれを知っている人はいないんです。いや、そうか」

 サリーが作った剣だから、サリーは知っているのかもしれない。

「あるいは、知っている者がいるかもしれませんが、旅をしているようです」

「いつか、お引き合わせを。試し切りをされますか?」

 僕は目の前に並ぶ二本の剣と鞘を眺め、「失礼します」と断ってから長短二本の剣を手に取り、光にはをかざしてみた。

 完璧に、綺麗に研ぎ上がっている。

「試し切りは必要ありません。ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ、ありがとうございました」

 僕は鞘に剣を戻し、店を出た。

 それから御前試合の日まで、人気のないところを選んで、路地の奥のぽっかりと空いた空き地などで、剣術の稽古をした。ここなら都合がいいので、夜になっても人目を忍んで、剣を振った。

 体の動きはぎこちない。こんなことでは、誰にも勝てないだろう。

 日を追うごとに、少しずつ、感覚が戻ってくるが、御前試合には到底、間に合いそうもない。

 見合わせるべきだろうか?

 見合わせて、次にいつ、どんな機会がある?

 剣を鞘に戻し、汗を拭って夏の夜空を見上げる。

 月は見えない。薄い雲が多くて、星もなかった。

 体を取り戻すしかない。

 翌日も、翌日も、体を動かし、ついに翌日が御前試合になった時、少しだけマシな動きを取り戻せたようだった。

 御前試合に出ることを、決めた。

 できることをやるしかない。

 死にたいわけではない。それになぜか、自分が明日、死ぬとも思えなかった。

 それは誰もが同じかもしれない。

 明日、自分が死ぬ、と確信がやってくるのは、選ばれた人だけだろう。

 僕には決まった未来は、まだやってこないようだった。



(続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ