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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第2部 高みのさらに高み
13/136

2-2 接敵

     ◆


 アンギラス国内のことを把握していたつもりだが、この国は戸籍の管理がシュタイナ王国に比べると雑だ。逆にオットー自由国は商業国家なので戸籍が厳密である。

 なんにせよ、ミチヲとモエは国境地帯に近い場所で生活している、というのが事前の情報であり、まずはそれを当たったわけだが、空振りに終わった。

 訪れた村には確かに二人がいた、とはわかった。村人は少しの躊躇いもなく、教えてくれた。

 どこへ向かったかははっきりとせず、聖都に向かったのかもしれない、というのがありそうな理屈だった。

 聖都はアンギラスの首都であり、一番の都市である。

 ただ、さすがに聖都に流れ者がまぎれ込み、そのまま生活するとも思えない。

 そうなると、聖都ではないことになる。

 シュタイナ王国の北部と始祖国アンギラス南部が国境を接しているわけで、シュタイナ王国からアンギラスへ行ったのだから、つまり聖都方面と言っても、要は北に向かったということで、もしかして、さらに北上し、パンターロまで行くのか?

 そうなると、僕の今の状況では、追跡は不可能になる。

 モエを切ることも、ミチヲを切ることも、それほどこだわりはないが、さすがに二週間も旅をすると、成果がないのではどこか、虚しい。

 というわけで、俺はアンギラスの領内をじわじわと北上し、情報を集めた。

 先にアンギラスに入っていた密偵が、情報を寄越したのは、アンギラスに入って三週間が過ぎた時だった。

 山奥の村に二人がいたという痕跡があるという。

 僕がわざわざ出向く必要もない気がしたが、しかし、やることもないし、離れてもいない。

 すぐに出立し、その村まで四日で移動した。

「ミチヲとモエ? これはまた、一歩、遅れましたね」

 出てきた村の長らしい男が言った。

 まだ若い男で、細身だが頼りなさはない。腰には剣を下げている。

「シュタイナ王国から来られたのですか?」

「そういう君も、同国人のようだけど?」

 僕が尋ね返すと、彼は微笑んで、手を差し出してくる。

「カブトです」

「ソラ」

 にっこりと笑うと、カブトは僕を村の中へ連れて行った。今回は警戒されないために、単独だった。他の部下は情報を集めている頃だろう。

 村は全員で三十人ほどで、ほとんどはアンギラスの人間の風貌をしている。

「兄様、お客様?」

 小柄な少女が進み出てきた。カブトの妹だろう。

「妹のマイコです。こちら、ソラさん」

「こんにちは。こちらへは何の御用で?」

「ミチヲたちを探しているらしい」

 一瞬、マイコの目が光った気がしたが、すぐに消えてしまった。

「残念でしたわね、一週間ほど前に立たれましたよ」

 二人は確かにここにいたんだな、と考えつつ、カブトの家までついていった。

 リビングで向かい合って座ると、ついてきていたマイコがお茶を淹れてくれた。

「二人とは親しい方かな?」

「ああ、いえ、知人が消息を知りたがっていて」

「彼女は特別な立場でしたしね、そういう方も多いのでしょう」

 カブトはあっさりと言った。

 彼はモエが剣聖だったと知っているのだ。つまり、二人とカブトはかなり親しい。

「特別な立場というと?」

「彼女は剣聖ですよ。今も、その座は空白です。ご存知でしょう?」

 シュタイナ王国人なら常識、という意味でのご存知、なのか、それとも、僕の正体を見抜いていて、ご存知でしょう? なのかは、曖昧だ。

「よくご存知ですね」僕は平然と応じた。「彼女があなたにその話を?」

「二人は僕と同じ村の出身ですよ。彼女はほとんど伝説です。いい意味でも、悪い意味でも」

 やれやれ。やりづらいな。

 いっそ、自分の身分を明かすべきだろうか。

「二人はどうしてここへ? あなたと同郷という理由ですか?」

「ミチヲが足を怪我していて、その療養ですね。足を滑らしたらしい」

 新しい情報だ。

「あなたはどうしてここで生活を?」

 考える時間を稼ぐための、ほとんど興味本位の言葉だったが、カブトは顔をしかめた。

「故郷の村にいられなくなりましたから、放浪生活です。ここも仮の住まいです」

「仮の住まい?」思考が瞬間的にそこに向かった。「あなたが村の長かと思っていた」

「たまたまそう見えるだけですよ。彼らに剣術を教えていますから、自然と尊敬を受けるだけですね」

 なるほど。たぶん、剣術を教えて、農耕や狩猟を手伝い、それでここに留めてもらっているのだろう。

 それから雑談をして、結局、モエとミチヲがここへ戻ってくることはしばらくはない、と結論するしかなかった。

「これはお節介かもしれませんが」

 去ろうとする僕に、カブトが声をひそめて言ったので、僕も耳を澄ませた。

「あなたももう少し、身振りに気をつけたほうがいいですよ」

 さすがに僕は胡乱げに彼を見返した。

「身振り?」

「もうちょっと装わないと、相当の使い手と、見る人が見れば、わかります」

 まったく、お節介だな。

「気をつけます。ありがとう」

「お気をつけて、剣聖さま」

 ……見抜かれていたか。まぁ、偽名も使わなかったし。

 僕は村を後にして、部下との集合地点に向かった。

 カブトは僕のことを最初から知っていたんだろう。彼は僕が追いかけていることを、二人に伝えるだろうか。

 彼の度胸も相当なものだ。あの村はほとんどがアンギラスの人間だったから、僕が突然に剣を振り回して皆殺しにしない、と踏んでいたかもしれない。

 それでも、モエとミチヲに協力した、という理由で、僕が剣を振ることは、想像に難くない。

 想像できても、起きない、という確信があったか。

 自分一人が切られる可能性も頭にあったはずだが、彼はそれを顔には浮かべなかった。声にもだ。

 本当に、豪胆な男である。

 ああいう男を僕は何人も知っている。近衛騎士団の連中や、査問部隊の連中の中に、本当に少数だが、いるのだ。

 とにかく、心が動揺しないわけはない場面で、彼らは平然と、淡々と事に臨む。

 僕もそういう人間の一人だと思うが、しかし、自信はそれほどない。

 部下と合流すると、新しい情報が手に入っていた。

 モエとミチヲはやはり小さな村で足を止めているという。

 カブトは二人に早馬なり飛脚なりを出すとも思えなかったが、急ぐに越したことはない。

 僕たちは昼夜兼行で移動し、二日後にはその村のすぐ近くにたどり着いた。山の中にある木こりのためか何かのための小屋を見つけ、そこを勝手に拝借し、部下を先に偵察に出し、自分は少し休んだ。

 どれくらいの時間が過ぎたか、部下が戻ってくる。

「警戒はありません。動きもほとんどありません。今、一人が張り付いています」

 僕は小屋から出ると、少し体をほぐし、剣を抜いた。

 剣聖に下賜される特別な剣には、少しの曇りもない。

 さて、切りに行くか。

 僕は部下二人を連れて、山を降り、村へ向かった。途中で村人だろう男数人と、すれ違ったが、彼らはちらともこちらを見なかった。今も部下が薬売りの装束をしているので、薬売りだと思われているんだろう。僕はまるで主人のように、堂々と歩いている。まぁ、服装はみすぼらしいけど。

 さて。

 もうカブトの忠告を気にする必要はない。

 どうせ村に入れば、斬り合いだ。

 村に入った。部下が一人、戻ってくる。

「出てくるところです。どうしますか?」

「様子を見よう」

 少し先へ進むと、旅籠だろうところから二人の人間が出てきた。

 片方は見間違えることのない女、少し大人っぽくなっているが、モエだ。

 もう一人は知らない男だった。こちらに背を向けたので、横顔がすぐに後頭部になり、右足をわずかに引きずって歩いていく。

「山の中に湯が沸いているそうです」

 部下の言葉に、納得した。そこへ行くのか。湯治ということになる。

 なら、好都合である。村の中で斬り合いなどすれば目立つし、一気に噂が広がってしまう。

 森の中なら、少しはマシになる。

 実際にモエと男は並んで村を離れ、細い山道を登っていく。部下は残して、僕は一人でその後を密かに追った。

 が、途中で男が立ち止まり、振り返る。

 抜群のタイミングで、僕が身を潜められるものが何もない場所だ。

 まるで後ろが見えているような、そんなタイミング。

「シュタイナ王国からのお客かな」

 振り返った男の顔を見て、僕は少し息を飲んだ。

 顔の額から頬へ、深い傷跡がある。その傷跡が縦断している左目は、瞼が閉じていた。

 しかし、表情は穏やかで、虫も殺さないような、そんな気配。

 遅れて振り向いたモエの方が、警戒の色が濃く、しかし僕の顔を見て、その色は即座に警戒、それも最大級の警戒に切り替わった。

「筆頭剣聖よ」

 モエが男、たぶん、ミチヲに囁いたのが聞こえた。

「僕がここにいる理由はわかるよね、モエ?」

 彼女の腰には剣があるが、それは剣聖が下賜されるものとは違う。

「剣をどうしたんだい?」

「売っちゃったわ」

 最初、地方の方言での、捨てる、を意味している言葉かと思ったが、どうやら売り払ったらしい。それもそうか。彼女はほとんど身一つで逃亡したわけだし。

「争いはいつでもできる」

 ミチヲが静かな声で言った。

「一緒に行きませんか? 足湯があるんです」

 落ち着きすぎていて逆に不気味になる、そんな声だ。

 僕は剣の柄に手を置いた。

「あまり時間もなくてね」

 空気が一瞬で、張り詰めた。




(続く)








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