6-5 再会と新しい出会い
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宿場にたどり着いた時、やっぱり夜だった。
もう十年以上が過ぎているのに、この宿場にはそれほど変化はない。賭場だろう場所に向かうと、やっぱり若い男たちがたむろしている。
僕が近づくと、その三人の男がこちらを睨みつけ、立ち上がった。
僕の方から声をかけようとしたが、
「やめておいた方がいいよ」
と、しわがれた声がした。みんなが見る先で、旅籠から老人が出てきた。
用心棒だろう三人が背筋を伸ばすが、老人はそれに構わず、こちらへやってくる。
月明かりの中でも、よくわかった。
「お久しぶりです、ハラトさん」
うん、と彼は頷いて、僕の前まで来た。老人に見えたが、体の動かし方こそ衰えたけど、表情や気配には生気が漲っている。
こちらを見上げて、笑ってくれた。
「久しぶりだね、カイ。元気そうで何よりだ」
どこからか籠がやってきて、僕たちの前で止まる。
「今日は歩く」
そのハラトさんの一言で、籠は誰も乗せずに去って行く。
僕たちは並んで歩き出した。
「あれから何年が過ぎたかな?」
「十年は経っていますね。あの時はお世話になりました」
僕の言葉に、息が抜けるような音で、ハラトさんが笑う。
「私が止めなかったら、奴らを叩きのめすつもりだったか?」
「ああいった手合いには、今も昔も、力の差を思い知らせるしかないと思いますけど」
「年をとったのは外見だけかな?」
どうやら僕の冗談は通じたようだ。
以前と同じハラトさんが経営しているのだろう旅籠に入った。女中の一人に何か言いつけるハラトさんに導かれて、一つの部屋に入った。
さっきとは別の女中がやってきて、酒を用意していく。
「飲むか?」
「では、少し」
しばらく二人で無言で盃を傾けていた。
と、人の気配がして、扉がノックされる。ハラトさんの声を受けて、そっと開いた。
顔を見せたのは、サヤバさんだった。
やはり相応に彼女も年をとっているけど、サヤバさんに間違いはない。
彼女は目を丸くして僕を見て、それから目を細め、部屋に入ってきた。
「懐かしいなんてものじゃありませんね、ハラトさん。何かの冗談かと思いましたよ、カイが帰ってきたなんて」
「でもすっ飛んできたわけだ」
「まあまあ、口が悪いことですね」
三人でクスクスと笑い、しばらく自分たちのことを話題に、時間を過ごした。
「剣術を修められたことは、姿を見ればわかるね」
ハラトさんが笑う。
「そんなものでしょうか?」
「これでも私には見る目がある。もう一つ、よく見えることがある」
なんでしょう? と僕が首を傾げると、ハラトさんがかすかに真剣な眼差しになった。
「戦いに臨む心持ちが見える」
物騒なこと、と呟いて、ハラトさんの盃にサヤバさんが酒を注いだ。溢れそうになり、おどけた仕草で彼は盃を干した。
「深くは聞かないよ。誰にだって、内に秘めているものがあるのだ。男なら特にね」
「女にだってありますよ」
素早くサヤバさんが口を挟み、僕たちは笑った。
明け方になり、まずハラトさんが眠り込んでしまい、布団を出してそこに移動させた。
「みんな、歳をとりましたね」サヤバさんがニッコリと笑う。「あなたはまだこれからでも、私もハラトさんも、後半戦ということです」
「誰も避けることのできない、この世界で唯一平等なものが、時間です」
「私の娘と会ってくださいますか?」
脈絡のない言葉だったので、彼女も酔っ払ったかと思ったけど、酔いの気配はない。真剣な眼差しだ。
「あなたになら、任せられます」
「いきなりですね。僕はもう戻ってこないかもしれませんよ」
「私の娘に会えば、絶対に戻ってくるという気持ちになります」
まさか、と笑うしかなかった。
そう笑っておきながら、日が昇ってから僕はサヤバさんと一緒に朝食をとり、彼女が経営する旅籠に向かった。
「娼館はもう店じまいですか?」
「別の方に引き継いだの。今は真っ当な旅籠の女将が、表の顔」
「裏の顔もあるわけですね?」
帰ってきたのは笑みだけで、言葉はなかった。
旅籠にたどり着き、女中が次々と出てくる。
しかしすぐにサヤバさんの娘がどの女の子かはわかった。
今晩だけでも泊まりなさい、とサヤバさんに念を押されたので、部屋を一つ、確保して、そこに落ち着いた。帰ろうとしないサヤバさんが、嬉しそうに笑っている。
「どの娘か気づいた?」
「ええ」
僕は思い当たる女中の特徴を挙げた。どんどんサヤバさんが相好を崩し、最後には笑い出した。
「お見事です。さすがに見る目があるわね」
「誰だって気づきますよ」
すっと立ち上がったサヤバさんが、「また夜に来るからね」と去って行った。
やれやれ、やけに長い夜になった。もうほとんど昼間だけど。
布団を自分で用意して、そこに寝転がると、あっという間に眠りに飲まれた。
人の気配がした。
どれくらい眠っていたのか、一瞬だった。
相手はすぐそばだ。
僕は相手が油断しているのを瞬時に理解して、飛びつくのをやめた。まだ余裕がある。相手はすぐそばで、こちらを伺っている。
暗殺者のやることじゃない。僕が目覚めたことにすら気づかない、鈍感な相手なのだ。
かすかに花の香りが漂っている。
相手はまだそこにいる。害意は感じ取れない。ずっとこのままいても、仕方ないな。
「何の用かな?」
目を閉じたまま問いかけると、相手が驚いて後ずさった。
起き上がって見てみると、そこにいるのはサヤバさんの娘の女中だった。
真っ青な顔で、しかも震えている。
「えっと」どう言えばいいんだろう?「僕のことを知っているようだけど、どうかな」
「へ、へえ、あの、カイ・エナ様という方だと……」
「君の名前は?」
こちらの様子で敵意がないと気づいたらしく、娘は姿勢を整えて、頭を下げた。
「サカヤと申します」
「サカヤさんですか。僕はもう十年以上前ですが、サヤバさんと、ハラトさんにお世話になりました。今回はただ、旅の途中で、顔を見ようと寄っただけなのです」
「へえ、存じております」
ふむ、ではなんで、ここに来たんだろう?
「母さまが」上目遣いにサカヤさんがこちらを見た。「カイ様は立派な方で、お相手として申し分ない、顔を見ておいでと言われまして」
……あの人も、思い切ったことをする。
「今、話した通り、僕は通りすがりです。長居するつもりはないのです」
「どちらへ行かれるのですか?」
「シュタイナ王国です」
恐々といった様子で、サカヤが言葉を重ねる。
「何をしに行かれるのですか?」
「戦う相手がいるのです。負ける可能性が高い。だから、僕はサカヤさんのお相手にはふさわしくない。わかりましたか?」
俯いて何かを考えている女の子の前で、僕はじっと彼女が答えにたどり着くのを待った。
「わかりました」
サカヤはニッコリと笑い、頭を下げた。
「お待ちします」
えっと、どういう言葉だろう? 僕は三ヶ国語に自信がある。
今、お待ちしますと言ったのか? どういう意味だろう?
「待つ、というと?」
思わず聞き返すと、サカヤは顔を上げないまま、繰り返した。
「お待ちします。カイ様が戻られるのを」
「僕の話を聞いていましたか?」
「へえ」
……サヤバさんは何を吹き込んだんだろう?
結局、僕は答えを出せないまま、その旅籠を抜け出して、ハラトさんの旅籠に置きっぱなしにしていた荷物を回収しようとした。
だが、その部屋に入った途端、そこに寝ていたハラトさんが跳ね起きて驚いた。
まだ寝ていたのか。
意識がはっきりしていないハラトさんが窓の外を見て、夕暮れを確認し、こちらを見た。
「食事に行くか」
この人もこの人で、図太い人ではある。
(続く)