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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第6部 剣聖の最期
127/136

6-4 見送り


     ◆


 パンターロとアンギラスの国境地帯は、より峻険な山間になっている。

 しかし長い時間、鍛錬を重ねた僕にはそれほどの難関でもない。実際に難しいのは地形よりも、気候だ。

 雪が降り始め、足首程度の積雪が消えずに残る頃、そこにたどり着いた。

 無理して山を抜けられたかもしれないけど、のたれ死ぬわけにはいかない。

 テーゲンさんに用意してもらった書類の中の一つで、パンターロの国境地帯の砦に泊まる権利が保障されていた。

 地図は頭の中にあって、その上、この辺りは何度か通ったことがある。十代の時、シュタイナ王国へ向かう際に、長い時間を過ごした砦がすぐそばだった。運送屋の用心棒をやる少し前の期間だった。

 この手の砦は、冬の間の避難場所として機能する役目もある。

 あまり期待もしていないけど、僕のことを知っている人がいるかもしれない。いや、でももう十年近い時間が過ぎているのか。

 砦が見えた時は、雪がだいぶ激しくなっていて、最初、砦だと気付かなかった。巨大な岩壁に見えた。

 砦の外を見回っている兵士が、僕に気づいて手にしていた槍をこちらへ向ける。

「あー」なんて言えばいいんだ?「怪しい者じゃないんです。少し、話をさせてください」

 僕が進み出ると、兵士たちはより緊張したようだ。それもそうか、僕の装備は一般人のそれじゃなくて、傭兵のそれだ。兵士と見誤られても仕方ない。

「剣を、手放します」

 僕が剣に手をかけた時が、緊張のピークだった。その剣は彼らの前に放り投げられ、雪に沈んだ。兵士の一人がそれを回収し、やっと槍に穂先が僕から逸れた。

 書類を確認してもらい、指揮官と相談する、という返事だった。とりあえずは中に入れてくれることにはなった。

 僕の剣は没収されてしまった。まぁ、いずれ戻ってくるだろう。

 若い兵士が常に僕に張り付いていて、ちょっと見学していいかな? と尋ねると、彼は不審げだったか、許可してくれた。もちろん、彼も付いてくる。

 二人で砦の中を歩いた。やはり、以前、滞在した砦だ。

 見張り台へ上がろうとすると、背後で足音がした。振り返ると、中年の兵士がこちらに駆け寄ってくる。彼の顔には見覚えがあった。

「カイだろ? そうだろ? 見間違えるわけがない!」

 僕も彼の声を聞いて、名前を思い出した。

「エンリさんですか?」

「そうだよ。ああ、こんなことがあるのか? お前、だいぶ立派になったなぁ」

「エンリさんこそ、その服装からすると、出世したようですね」

 時間が経ったってことさ、と強く肩を叩かれた。

 その直後に僕の剣は手元に戻ってきた。エンリさんに案内されて食堂へ行くと、すでに料理が用意されていて、非番の兵士が待ち構えている。全部で五人で、一人は知っている人だ。ユンゲという名前の男性。手を振ってくれるので、会釈を返した。

 エンリさんが僕を全員に紹介し、僕は春までここにいるから全員が剣術の稽古を受けるように、と宣言した。

「彼は腕のある剣士だぞ。お前たちなぞ、子供扱いにされるから覚悟しておけ」

 こうして僕は懐かしさの中で、冬の日々を過ごすことになった。

「今度はどこへ行くつもりだ? またシュタイナ王国か?」

 兵士たちを徹底的に剣術で叩き潰し、僕はエンリさんとユンゲさんと三人で、談話室にこもって、酒を飲んでいた。僕はあまり飲酒の経験もないので、舐めるようなものだ。

 すでに顔が真っ赤のエンリさんの質問に、僕は苦笑いするしかない。

「またシュタイナ王国です」

「剣術修行?」

「修行ではなく、勝負です」

 勝負か、と二人が笑う。僕も笑っていた。

「俺は冬が好きだよ」エンリさんが呟くように言った。「敵が来る心配はなくて、お前みたいな奴がたまにやってくるだけだ。なんの不安もなく、旅人の話を肴に酒が飲める。俺は冬がずっと続けばいいと思う」

「俺もそうですよ。静かなのもいい」

 ユンゲさんも同意する。

 僕は黙って、グラスの中の酒を眺めていた。

「死ぬなよ、カイ。もう一度、ここへ戻ってこい」

「まだアンギラスを超えられるかもわからないんですよ」

 思わずそう言い返すと、エンリさんは堂々と答えた。

「お前はそんなタマじゃない。俺はそう信じている」

 なんで自信満々なんだろう? 思わず僕は笑みを漏らしていた。

 冬がいつまでも続くかと思ったけど、そんなこともなく、寒さの底を過ぎると徐々に空気が温まっていくのがわかった。

 兵士たちも僕に馴染んで、僕も砦に馴染んだ。

 何人かは、僕をここに留めようとする。口をきいてやるから兵士になれ、などとも言われる。

 その度に曖昧に返事をしたりして、僕はやり過ごした。

 雪が降る気候ではなくなり、積もっている雪も減ってきた。

「明日、発ちます」

 エンリさんにそう言うと、彼も予測していたんだろう、そうか、と答えただけだった。

 その夜の夕飯もいつも通りで、僕は与えられていた部屋で休み、翌朝、身支度をしてから部屋を片付けた。

 朝食のために食堂へ行って、驚いた。

 兵士が全員、勢揃いしていた。見張りはどうしたんだ?

 困惑する僕の前で、拍手が起こった。

 みんな笑顔で、手を叩いている。中には激しく両腿を叩いているふざけた兵士もいる。

 僕は立ち尽くしているわけにもいかず、自分の定位置の席に向かう。

「特別なものがなくて悪いね」

 料理を担当している女性兵士が拝むようにして言う。

「うちの指揮官が黙っているもんだから」

 ちらっとエンリさんを見ると、目をそらされた。笑わずにはいられなかった。

 拍手が収まり、みんなが席についてめいめいに食事を始めた。

 まず見張りの任務のある兵士が先に席を立ち、僕に声をかけて部屋を出て行く。

 他の兵士たちも、一言二言、別れの言葉を残してくれた。最後にはエンリさんとユンゲさん、僕だけになった。

 僕が席を立つと、二人がこちらへやってきて、握手をした。

「幸運を」

 ユンゲさんはさっぱりと、その一言で別れを終わらせて、部屋を出て行った。

「また会おう。絶対だ」

 ぐっと手を握り、腕を叩いて、ユンゲさんも部屋を出て行く。

 広い食堂に一人きりになり、思わず天井を見上げた。

 この世界には僕のことを知っている人が大勢いる。

 そんな人たちに、僕はもう一度、会えるんだろうか? それとも会えなくて終わる?

 食堂を出て、荷物をまとめて砦を出た。

 頭上から誰かが手を叩いてくれた。振り仰ぐと、この砦で最初に会った若い兵士だ。

 僕は手を振って、そこを離れた。

 国境地帯を抜け、始祖国アンギラスへ入った。森林地帯を抜け、平地に出る。街道が整備されていて、人の流れも活発だ。

 春の日差しの中で、上着が必要ない日々がやってきた。

 頭に浮かんだのは、アンギラスの宿場の一つをまとめているハラト、そしてサヤバのことだった。会いに行ってもいいのだろうか?

 ちょっと躊躇ったけど、僕は記憶を頼りに、進み始めた。



(続く)


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