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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第6部 剣聖の最期
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6-3 何度目かの旅の始まり


     ◆


 パンターロの首都に来たのは数年ぶりで、見知らぬ建物がだいぶ増えていた。それもあってか、区画が綺麗に整理され、放射線状に道が出来ていた。中心にあるのが議事堂だ。

 モエさんが起こした傭兵会社の事務所は変わらずに昔のままである。

 受付嬢が僕を見て、驚いた顔をした。

「役員は誰かいますか?」

「ええ、テーゲンさんが執務室に。ちょうど来客もありません」

「ありがとう」

 僕はすっと奥へ入り、階段を上がる。

 会社を運営する三人の役員がいて、そのうちの一人は常にここに詰めている決まりだ。三人の役員は、男性のジィルとテーゲン、女性のパメラだ。

 執務室のドアをノックすると低い声で返事があった。

 中に入ると、書類が山積みの机の向こうに、その男性がいる。目つきは悪いが、いい人だ。

「なんだ、カイか。いつこっちに来た?」

 書類が邪魔だからだろう、席を立って、綺麗に片付いている応接用のソファに移動してきた。立ち上がると背が高い。ひょろっている印象だが、決して非力ではない。

 ゆっくりと腰掛ける彼の前に、僕も腰掛ける。

「先生とモエさんが亡くなりました」

 タバコに火をつけようとしていたテーゲンさんの手が止まる。

 こちらをいつもより厳しい瞳で眺めてくる。

「先生とモエさんは亡くなりました」

 僕はもう一度、繰り返した。ぐっと、テーゲンさんは身を乗り出す。

「誰かにやられたのか? シュタイナ王国か?」

「いえ、自殺です」

 やっとテーゲンさんはタバコにをつけ、煙を吸い込んだ。

「自殺? 本当か?」

「まさか僕が二人を切って捨てるとでも?」

「いや、すまん、お前を信じていないわけじゃない。だが、何が理由で……、信じられん……」

 僕は手紙を見せるべきか迷ったけど、やめた。

 それから二人で今後について話した。傭兵会社の代表はモエさんだったけど、別の誰かがそこに立つ必要がある。それは三人の役員で決めるようだ。資産の管理もすでにモエさんの手を離れていたので、特別、問題はなさそうだ。

「三年もどこかに隠れていて、いきなり死ぬなんて、やっぱり信じられないな」

 何本目かわからないタバコを吸いつつ、テーゲンさんが呻く。

「僕も突然のことで、まだしっかりと整理がつきません」

「それで、お前はこれからどうする?」

 これから、か。

「シュタイナ王国に向かいます」

 またか、とテーゲンさんがつぶやき、火をつけたばかりのタバコを灰皿に押し付けた。

「俺も知っているよ。お前は十代の頃、シュタイナ王国にいたらしいな。またそこに行って、何がある? 何が手に入る?」

「わかりません。しかし行かなくちゃいけません」

「ミチヲさんの遺言か?」

 鋭くない人でも、気づくか。僕は正直に頷いた。顔をしかめて、テーゲンさんがタバコを取り出し、火をつけずに手元でくるくると回す。

「お前はやりたいことをやれ。何歳になった?」

「二十八です」

「あの人たちは確かに立派だった。だが、あの人たちの生き方は真似できないし、真似するのは無謀だ。お前、やりたことは? 好きなことは? 趣味は? 所帯を持ちたくないか?」

 思わず僕は笑ってしまった。

「今、頭の中にあるものを解決したら、考えます」

「お前、死にたいのか?」

 答えることができず、しかし負けん気を発揮して、僕は笑みを見せることにした。

 すっとテーゲンさんが僕の傍にある剣を指差す。

「その剣はミチヲさんの持ち物だ。それを引き継ぐってことは、また戦うってことだろう? 違うのか?」

「そうなりますね。でも、それは僕が決めたことです」

「俺はお前には死んでほしくない。うちの会社の連中は、みんなそう思っているよ。役員から受付嬢までな」

 嬉しい言葉だ。

 でも僕は、首都にたどり着くまでの道で、ずっと考えていた。

 命の危機に自ら進むことははっきりしている。誰に指摘されなくても、まともな人ならわかることだ。

 そして、その危機に晒される命は、僕の命だ。

 自殺行為かもしれない。

 自殺行為でも、もう決めた道だ。

「ありがとうございます」僕はそっと頭を下げた。「すべてが片付いたら、戻ってきます」

 鼻を鳴らして、手の中でタバコを握りつぶしたテーゲンさんは、少し表情を崩した。

「もういいよ。引き止めるのも、間違っているんだろう。お前の行きたいところを行け。モエさんもそうして欲しいだろうさ。俺たちができることは?」

「国境を越える書類を用意できますか?」

「モエさんもそれを頻繁に更新して用意していてね、俺たちも引き継いでいる」

 立ち上がってデスクに戻ったテーゲンさんが引き出しの中を必死に漁って、ヨレヨレの封筒を引っ張り出してきた。差し出されたそれを受け取り、中身を検める。

 どうやら始祖国アンギラスには入国できそうだ。

「他に欲しいものは? その服装で山を越えるつもりか?」

 僕は自分の服装を見るが、確かにみすぼらしいかもしれない。テーゲンさんがまたデスクに戻り、紙の山の中からファイルを引っ張り出した。

「うちの備品で、山岳地帯を行軍する装備一式を、用意しておく。ゲリラ戦をするような奴の装備。今日はとにかく休め。どこかに部屋は取ってあるか? ここの宿泊室を使うか?」

「あまり迷惑をかけても申し訳ないので、これからどこかで部屋を手配します。装備はありがたく、頂戴します」

「何もできなくて悪いな」

 頭を下げて、僕は礼を言ってから部屋を出た。受付嬢に会釈して外へ出る。

 久しぶりに首都をゆっくりと巡り歩き、宿泊料が安そうな旅館に入った。空いている部屋でいいので、と無理に部屋を確保して、通してもらう。

 荷物を置いて、椅子に腰掛ける。

 これから自分がどうなるのだろう、と考えても、仕方ない。

 仕方なくても、考えてしまう。

 シュタイナ王国で何が待ち構えているのか。

 どうして僕がそこへ行かなくてはいけないのか。

 義務じゃないし、使命感もないだろう。

 先生には先生の考えがあり、モエさんにはモエさんの考えがあるように、僕には僕の考えがあるのだ。

 戦う心、という言葉が脳裏に浮かんだ。

 今の僕には、戦う心はない。

 そんな状態で、シュタイナ王国に行ったとして、何ができるのだろう?

 ただ死ぬだけなのか?

 今ならまだ逃げることはできる。

 部屋から首都の景色を眺めた。太陽がじりじりと下がってくる。暗くなり、街灯が灯る。

 古い記憶が蘇った。

 僕の不手際のせいで、焼き払われた食堂。

 そこで死んだ人たちの顔。

 悲しみと、無念の気配。

 忘れることはできない。忘れるべきでもない。

 あの人たちと同じ場所に、先生もモエさんも行ってしまった。

 なら、僕は先生とモエさんに恥ずかしくない生き方をしなくてはいけない。

 翌朝、傭兵会社の建物へ行くと受付の前で、すでテーゲンさんが待っていた。傍には装備一式がある。

「食料品も最低限だが、用意したよ。身軽な方がいいだろ?」

「ありがとうございます。感謝しかありません」

「感謝しているのなら、戻ってきて、顔を見せろ。いいな?」

 頷いて、僕は荷物を受け取った。

 迷いは少しだけ、消えていた。




(続く)

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