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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第4.75部 国の血塗られた原理
122/136

4.75-5 疑問


     ◆


 兵士が動いている、というのが私に届いた近衛騎士からの第一報だった。

「どういうことです? どこの兵士です?」

「王属兵団の一部です。おおよそ三百名ほどと聞いています」

 私と陛下は踊りの稽古の最中で、私が見ている前で、陛下は教師役の女性と踊りのステップを続けている。

「クーデターだよ」

 あっさりと陛下が口にしたので、教師役の女性がステップを乱したほどだった。

「すでにここに入っている?」

 陛下の言葉に近衛騎士が直立の姿勢になる。

「その可能性は捨てきれません」

「近衛騎士を集めて、対処しろ。殲滅するのだ」

「はっ!」

 近衛騎士が部屋を飛び出していく。

 教師が真っ青な顔で、ギクシャクを踊るのに嫌気がさしたのだろう、陛下は手を離し「ありがとう」と礼を口にする。女性は迷ったようだったが、部屋を出て行ってしまった。

「ここに置いておいた方が安全なのでは?」

 思わず私が指摘すると、陛下は微笑んでいる。

「無関係なものを殺したら、大義がなくなる」

「本当にクーデターでしょうか?」

「すぐにわかる」

 しばらくすると、報告が続々と入ってくる。反乱勢力は全部で三百名程度で、この点は最初に蜂起を起こしたものに賛同者が少ないことを示しているのだろう。

 近衛騎士が迎撃を始め、王宮のそこここで大声が行き交っている。

 その中で、私と陛下は、まだ音楽を鳴らし続けるスピーカーを前に、じっと椅子に座っていた。下手に部屋を移動しないことにして、この舞踏室の外は近衛騎士が固めている。

 絶対に突破できないだろう。

「実は」陛下が何気なく話し始めた。「事前に通報があった」

「どなたからです?」

「叔父上だ」

 何を言われたか、わからなかった。

 父が、通報した?

「どうやら一部の貴族が反乱を企てている、と教えてくれたよ。叔父上自身も参加するように要請されたようだが、断ったと聞いている。叔父上のそばには近衛騎士を多く配置したから、安全だろう」

「そう、ですか……」

 何も言えずに、そんな言葉を漏らすしかない。

 父が反乱に加わるわけもないが、この前に会った時のことを考えれば、父には父で、シュタイナ王国への疑問がある。

 その疑問を、父は振り切ったのだろうか?

 味方が急に敵になることを想像し、寒気を感じつつ、私はじっと窓の外を見た。

 結局、騒動はあっという間に沈静化し、大勢の兵士が拘束された。

 首謀者の貴族は全部で四人ほどだったようだが、二人はすでに王都を離脱していた。これにはすぐに査問部隊が派遣された。王国中を捜索するだろう。

 確保された二人は、独房に押し込められた。兵士の指揮官に当たるものもだ。

 一般の兵士たちも、それぞれに罰を与えるべく、文官たちが話し合いを始める。

 その刑罰が定まる前に、陛下の一言で、貴族の二人と指揮官が十人ほど、即座に首をはねられた。

 一部で非難があったようだが、陛下は少しも動じなかった。

 騒動が収まってから数日後、陛下は私を連れて叔父上の見舞いに向かった。

「お手間をおかけしました、叔父上」

「何をおっしゃいます、陛下」父はニコニコと笑っている。「私は陛下に仕える気持ちしかありません」

「うん、ありがとうございます」

 ぐっと陛下が父に顔を寄せる。私にも聞こえる程度の声量だった。

「あまりここにいても、安心できないでしょう?」

 かすかに父の顔が強張った。

「どこかで静養されるといい」

 父は何も言えずに、うつむき、次には毅然とした顔になっていた。

「お言葉、しかとお聞きしました。王都を離れるのもいいでしょう」

 それからのやりとりで具体的な意見が交換され、父は王都を離れることが決まった。

「親子で話をする時間を作ろう」

 陛下が椅子から立ち上がりつつ、そう言った。

「いえ」私は即座に答えた。「話をすることはありません」

 父は悲壮な顔でこちらを見て、しかし無言だ。 

 私は陛下とともに第一王宮に戻る馬車の中で、謝意を示した。

「父へのご慈悲、感謝します」

「エーナには辛いだろうが、仕方がない。叔父上の身の安全のためでもある。叔父上が内通者だとわかれば、放っては置かれないだろう」

 そのまま馬車は第一王宮へ入った。

 降りたところで、ソラが待ち構えていた。

「カナタが戻ってきています」

 そうか、と陛下が頷き、ソラの先導の元、王宮の奥へ進む。

 狭い部屋に入ると、すでにカナタ、フカミが待ち構えていた。二人が起立するのを、陛下が身振りで制止し、進んで椅子に座った。

「ミチヲの生死は以前、不明のままです。申し訳ありません、陛下」

 頭を下げるカナタに、陛下が頷く。

「気にすることはない。どれほどの力量だった」

「危うかったです。査問部隊が機転を利かせて、わずかに隙を作ることができました」

「機転?」

「モエのことを叫んだのです」

 それを聞いて、陛下がくつくつと笑う。

「奴もまだ人間だな。さて、ここにいる全員にはっきりさせよう」

 陛下がわずかに姿勢を整えた。

「ミチヲはおそらく生きているし、ここまでやってくるだろう。お前たちが頼りになるし、他のものは当てないつもりだ」

「そんなことがありますか? 陛下」

 ソラはやはり懐疑的だった。陛下が頷く。

「私を信じろ、ソラ。相手にとって不足はない、ということだ」

 しかしねぇ、などと言いつつ、ソラは苦々しげな顔だ。

 カナタには休息が与えられた。王宮の警備はクーデターの影響で厳密になり、しかしそれも時間とともに、緩められていった。貴族への締め付けが再確認された。

 そうして季節は移ろい、その時はやってきた。

 近衛騎士がやってきて、何者かの襲撃を受けている、と告げた。

 陛下は絵画を描いている最中で、そっと筆を置くと、私に「行くぞ」と短く告げた。

「陛下、どうか、安全な場所でお待ちを」

「いや、私が必要だ」

 すぐ近くで轟音が響いた。常識的な音ではない。精神剣だ。ソラ、あるいはカナタも戦っているのだろう。

 私は陛下を近衛騎士に託し、先へ急いだ。

 戦いは白熱していた、

 一人の剣士が、二人を相手に戦っている。見えない力が吹き荒れ、そこら中を破壊するが、その剣士は平然と応戦する。

 動きが速いし、洗練されている。

 無駄が全くない。

 私はカナタの危機にギリギリで割り込み、彼を救い、戦いに加わる。

 私の精神剣が剣士を粉砕するはずが、どういう魔法か、間合いができるだけ。

 激戦が始まった。

 急に目の前の男の動きが変化する。

 私、ソラ、カナタの精神剣による攻撃の隙間を、巧妙にすり抜けてくる。

 人間業じゃない。知覚不能なはずの攻撃を、なぜ、こうも見抜けるのか。

 何の力もない、人間のはずのその剣士から、血飛沫が飛び散る。

 しかし傷はたちどころに治った。

 不死存在?

 その点では彼は人間ではない。

 だが、殺せば死ぬのだ!

 ソラが、カナタが、私が負傷していくのが、歯がゆい。

 こちらの方が圧倒的な力があるはずなのに、倒せないなんて。

 人間じゃない。

 人間にできることじゃない。

「引け」

 唐突な声に、私は一瞬で冷静になった。

 視線の先に、陛下がいる。

 陛下が前触れもなく、剣士に話しかけ始める。私はに理解できない、抽象的な内容だった。

 陛下は剣士を 「神」と呼んだが、すぐに「神は去った」、とも言った。

 剣士からは全ての気迫が消えていた。動きも止め、近衛騎士たちが押し寄せ、彼を拘束した。

 私は戦いの現場を見渡し、その破壊の凄まじさを実感しつつ、引きずられていく剣士をじっと見据えた。

 彼は人なのか、それとも別のものなのか。




(続く)

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