4.75-4 敵を探すもの、敵を待つもの
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その場にいたのは、陛下と私、ソラ、フカミだった。
フカミがわずかに怒りを滲ませている。
「不死存在はまだ力不足ですな」
苦々しげに老人が呟く。
「やはりジードは切られたね」書類をもう一度見つつ、ソラが告げる。「どうやらモエは重傷らしい。で、その直後にモエもミチヲも行方不明と」
「すぐに見つかるだろう」
陛下が堂々と口にしたので、全員がそちらを見た。
「間違いなく、ここへ来る」
「どの程度の確率ですか? 陛下」
少しも気後れせず、ソラが問いかけると陛下はわずかに微笑んだ。
「間違いなく、と言ったはずだよ」
「絶対、ですか」
「絶対だ」
その話はそこで終わってしまった。
今できることは、アンギラスに潜入しているカナタをミチヲにぶつけることだけだ。
私にはミチヲという男の力量がはっきりしない。強いのだろうが、誰より強いのだろう?
ソラとは互角だったらしいが、短くない時間が過ぎている。
私よりも強いのか?
もしそうなら、戦う時はソラの助力が必要だ。
四人で査問部隊の配置と連絡手段を再確認し、その場は解散になった。
「陛下、父の見舞いに行ってもよろしいですか?」
陛下はすぐに了承し、侍従の一人に見舞いの品を用意させた。
頭を下げて果物の入った箱を受け取り、第二王宮を出た。馬車に乗っているし、カーテンが閉められていて、誰も私の顔を見ることはない。
第四王宮に父はいる。寝室が今は病室代わりだった。
「ああ、エーナ、久しぶりだね」
父がこちらに気づいて身を起こそうとするが、苦労している。
「そのままで構いません、父上」
「すまないな」
「こちらは陛下からです」
箱をそっと寝台の横のテーブルに置いた。
「なにやら、剣聖たちが騒いでいるな」
もちろん、実際に聞こえたわけじゃないだろう。噂ということだ。
どこから漏れているのかは知らないが、引き締めが必要だろう。
「いつものことです。剣聖とは非情なものですから」
「お前が剣聖にならなくて、本当に良かったよ」
「王位継承権を持つものが、剣聖になるものですか」
私たちはクスクスと笑い合った。
「剣術の稽古は続けているか?」
「はい。誰にも負けない自信があります」
「ソラ・スイレンにもか?」
はい、と私は頷いた。
「本気をぶつけても私が勝つかと」
「自信家だな。稽古に励むように」
「はい、父上」
私はナイフで陛下からいただいた果物の皮をむき、切っていく。
「ここにいると色々な噂が聞こえるが」
急に父が声をひそめた。
「人間を改造する計画があるとか。知っているか?」
「それは機密ですよ、父上。どこの誰が話しているのですか?」
「わからんよ、私にはな。しかし、事実なわけだ」
「口を慎まれてください、父上。そんなことでは死期を早めるだけです」
半分冗談の私の言葉に、珍しく大きな声で父が笑う。
「こんな老人にはもう何の価値もないさ。病気も治らないそうだ」
この言葉は父が繰り返す言葉だった。
病気が治らないのは、事実らしい。そしてそれを知ってから、父は大胆になった。
「あまり国を乱すものではありません」
「陛下のことが私にはわからないよ、エーナ。あの方は、何を考えている?」
「国のことのみを、考えておられます」
キッと父の目元に鋭い光が宿った。
「無駄な血を流し、残酷無比な道を行くのが、王の道か?」
「それがこの国なのです、父上。どうか、お許しを」
私が果物をそっと皿に置き、頭を下げると父は大袈裟にため息を吐いた。
「お前が仕える国を、よくしようとは思わないのか?」
「私にできることは、陛下をお守りすることだけです」
「……愚かしいな、私たちも」
結局、父はそれ以上は、国の話をしなかった。死んだ母の話がほとんどだった。
一時間ほどの滞在で、私は第四王宮を出て、第一王宮に戻った。
それから数日は何事もなく過ぎた。アンギラスにいるカナタからの報告では、ミチヲに関する情報はないらしい。これは同時に、査問部隊からも報告が来る。
ある日、査問部隊の一人がミチヲを捕捉した、という通信を寄越した。王都にその連絡が着いた時点で、すでに三週間が過ぎている。
カナタも動き始めているはずだが、どういう事態になっているかはわからない。
私と陛下、ソラ、フカミは連日、顔を合わせていたが、話すことはカナタをどうフォローするかで、だが、カナタとは距離がありすぎる、
結局、王都ではやることが何もない。
それからさらに三週間で次の情報が来た。
カナタとミチヲは戦闘になり、ミチヲは重傷を負ったはずだが、川に飛び込み、姿を消したという。
「やはり」
陛下がまずそう言ったので、三人が視線を向けたが、陛下はもう何も言わない。
カナタはすでに王都への帰還の途上らしい。一ヶ月後には王都に戻れるとも連絡にあった。
「アンギラスに止め置いておくべきでは?」
フカミの提案に、陛下が首を振る。
「カナタは呼び戻す。万全を期すためだ」
「何に対する万全ですか?」
疑問を口にするフカミに、陛下が笑みを見せる。
「ミチヲは間違うなく、ここへ来る。それを押さえ込む必要がある」
「ただ一人の剣士です、陛下」ソラが発言する。「僕がいれば事足ります」
「いや、あれはおそらく、剣士ではなくなる」
妙なことを言い出す陛下だが、いたって真面目な様子だ。
「味方は多いほうがいい。ソラ、奴を甘く見るな。別人と思え」
「パンターロで、技を練り上げたということですか?」
「対峙してみればわかる。頼りにしているぞ、ソラ」
陛下はソラが頭を下げるのを少し眺め、席を立った。
私は陛下に従って廊下を進むが。その私に陛下が声をかけてくる。
「エーナ、お前も重要な役目を持つ。この件に限って、私の護衛に専念する必要はない」
「つまり、どういうことですか?」
「ミチヲを排除するのに、お前の力が必要だ」
やはり陛下の中には何か、確信があるらしい。
「心しておきます」
「最強の戦力でぶつからなくてはならない」
そう言ったきり、陛下は口を閉ざし、王宮の中の一室、美術室で、描きかけの絵画に取り組まれ、私はそれをそばで見ていた。
ミチヲ・タカツジ。
生きているのだろうが、もし死んでいたら、肩透かしだ。
陛下があれほどに気をかけるのだから、まさか並みの使い手ではないし、剣聖と同じ力量だろう、とこうなっては自然と想像できる。
なら、私も万全で向かうべきか。
カナタの帰還を待つ日々が続いた。その間にもアンギラスで活動中の査問部隊から連絡が来るが、ミチヲは行方不明のままだった。
数日、フカミが王都から消えていたが、いつの間にか自然と戻ってきた。何をしていたんだろう? あまり気にすることでもないのだろう、と忘れることにした。この奇妙な老人は、放っておくしかない。
そんな日々だったので、変に張り詰める時間と、緩んだ時間が混ざり合っていた。
だからそれは、まったくの不意打ちだった。
(続く)




