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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第4.75部 国の血塗られた原理
121/136

4.75-4 敵を探すもの、敵を待つもの


     ◆



 その場にいたのは、陛下と私、ソラ、フカミだった。

 フカミがわずかに怒りを滲ませている。

「不死存在はまだ力不足ですな」

 苦々しげに老人が呟く。

「やはりジードは切られたね」書類をもう一度見つつ、ソラが告げる。「どうやらモエは重傷らしい。で、その直後にモエもミチヲも行方不明と」

「すぐに見つかるだろう」

 陛下が堂々と口にしたので、全員がそちらを見た。

「間違いなく、ここへ来る」

「どの程度の確率ですか? 陛下」

 少しも気後れせず、ソラが問いかけると陛下はわずかに微笑んだ。

「間違いなく、と言ったはずだよ」

「絶対、ですか」

「絶対だ」

 その話はそこで終わってしまった。

 今できることは、アンギラスに潜入しているカナタをミチヲにぶつけることだけだ。

 私にはミチヲという男の力量がはっきりしない。強いのだろうが、誰より強いのだろう?

 ソラとは互角だったらしいが、短くない時間が過ぎている。

 私よりも強いのか?

 もしそうなら、戦う時はソラの助力が必要だ。

 四人で査問部隊の配置と連絡手段を再確認し、その場は解散になった。

「陛下、父の見舞いに行ってもよろしいですか?」

 陛下はすぐに了承し、侍従の一人に見舞いの品を用意させた。

 頭を下げて果物の入った箱を受け取り、第二王宮を出た。馬車に乗っているし、カーテンが閉められていて、誰も私の顔を見ることはない。

 第四王宮に父はいる。寝室が今は病室代わりだった。

「ああ、エーナ、久しぶりだね」

 父がこちらに気づいて身を起こそうとするが、苦労している。

「そのままで構いません、父上」

「すまないな」

「こちらは陛下からです」

 箱をそっと寝台の横のテーブルに置いた。

「なにやら、剣聖たちが騒いでいるな」

 もちろん、実際に聞こえたわけじゃないだろう。噂ということだ。

 どこから漏れているのかは知らないが、引き締めが必要だろう。

「いつものことです。剣聖とは非情なものですから」

「お前が剣聖にならなくて、本当に良かったよ」

「王位継承権を持つものが、剣聖になるものですか」

 私たちはクスクスと笑い合った。

「剣術の稽古は続けているか?」

「はい。誰にも負けない自信があります」

「ソラ・スイレンにもか?」

 はい、と私は頷いた。

「本気をぶつけても私が勝つかと」

「自信家だな。稽古に励むように」

「はい、父上」

 私はナイフで陛下からいただいた果物の皮をむき、切っていく。

「ここにいると色々な噂が聞こえるが」

 急に父が声をひそめた。

「人間を改造する計画があるとか。知っているか?」

「それは機密ですよ、父上。どこの誰が話しているのですか?」

「わからんよ、私にはな。しかし、事実なわけだ」

「口を慎まれてください、父上。そんなことでは死期を早めるだけです」

 半分冗談の私の言葉に、珍しく大きな声で父が笑う。

「こんな老人にはもう何の価値もないさ。病気も治らないそうだ」

 この言葉は父が繰り返す言葉だった。

 病気が治らないのは、事実らしい。そしてそれを知ってから、父は大胆になった。

「あまり国を乱すものではありません」

「陛下のことが私にはわからないよ、エーナ。あの方は、何を考えている?」

「国のことのみを、考えておられます」

 キッと父の目元に鋭い光が宿った。

「無駄な血を流し、残酷無比な道を行くのが、王の道か?」

「それがこの国なのです、父上。どうか、お許しを」

 私が果物をそっと皿に置き、頭を下げると父は大袈裟にため息を吐いた。

「お前が仕える国を、よくしようとは思わないのか?」

「私にできることは、陛下をお守りすることだけです」

「……愚かしいな、私たちも」

 結局、父はそれ以上は、国の話をしなかった。死んだ母の話がほとんどだった。

 一時間ほどの滞在で、私は第四王宮を出て、第一王宮に戻った。

 それから数日は何事もなく過ぎた。アンギラスにいるカナタからの報告では、ミチヲに関する情報はないらしい。これは同時に、査問部隊からも報告が来る。

 ある日、査問部隊の一人がミチヲを捕捉した、という通信を寄越した。王都にその連絡が着いた時点で、すでに三週間が過ぎている。

 カナタも動き始めているはずだが、どういう事態になっているかはわからない。

 私と陛下、ソラ、フカミは連日、顔を合わせていたが、話すことはカナタをどうフォローするかで、だが、カナタとは距離がありすぎる、

 結局、王都ではやることが何もない。

 それからさらに三週間で次の情報が来た。

 カナタとミチヲは戦闘になり、ミチヲは重傷を負ったはずだが、川に飛び込み、姿を消したという。

「やはり」

 陛下がまずそう言ったので、三人が視線を向けたが、陛下はもう何も言わない。

 カナタはすでに王都への帰還の途上らしい。一ヶ月後には王都に戻れるとも連絡にあった。

「アンギラスに止め置いておくべきでは?」

 フカミの提案に、陛下が首を振る。

「カナタは呼び戻す。万全を期すためだ」

「何に対する万全ですか?」

 疑問を口にするフカミに、陛下が笑みを見せる。

「ミチヲは間違うなく、ここへ来る。それを押さえ込む必要がある」

「ただ一人の剣士です、陛下」ソラが発言する。「僕がいれば事足ります」

「いや、あれはおそらく、剣士ではなくなる」

 妙なことを言い出す陛下だが、いたって真面目な様子だ。

「味方は多いほうがいい。ソラ、奴を甘く見るな。別人と思え」

「パンターロで、技を練り上げたということですか?」

「対峙してみればわかる。頼りにしているぞ、ソラ」

 陛下はソラが頭を下げるのを少し眺め、席を立った。

 私は陛下に従って廊下を進むが。その私に陛下が声をかけてくる。

「エーナ、お前も重要な役目を持つ。この件に限って、私の護衛に専念する必要はない」

「つまり、どういうことですか?」

「ミチヲを排除するのに、お前の力が必要だ」

 やはり陛下の中には何か、確信があるらしい。

「心しておきます」

「最強の戦力でぶつからなくてはならない」

 そう言ったきり、陛下は口を閉ざし、王宮の中の一室、美術室で、描きかけの絵画に取り組まれ、私はそれをそばで見ていた。

 ミチヲ・タカツジ。

 生きているのだろうが、もし死んでいたら、肩透かしだ。

 陛下があれほどに気をかけるのだから、まさか並みの使い手ではないし、剣聖と同じ力量だろう、とこうなっては自然と想像できる。

 なら、私も万全で向かうべきか。

 カナタの帰還を待つ日々が続いた。その間にもアンギラスで活動中の査問部隊から連絡が来るが、ミチヲは行方不明のままだった。

 数日、フカミが王都から消えていたが、いつの間にか自然と戻ってきた。何をしていたんだろう? あまり気にすることでもないのだろう、と忘れることにした。この奇妙な老人は、放っておくしかない。

 そんな日々だったので、変に張り詰める時間と、緩んだ時間が混ざり合っていた。 

 だからそれは、まったくの不意打ちだった。



(続く)


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