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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第4.75部 国の血塗られた原理
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4.75-3 稽古


     ◆


 私は一人で剣術の稽古をしていた。

 陛下が即位されるまでは、毎日、みっちりと稽古をしたものだ。今は忙しくなってしまい、質を向上させるしかない。

 今も、剣術指南役に任命された二人の男性が、私を見ているが、何も言わない。

 文句の付け所がないんだろう。実際、私が本気になれば、二人はあっさりと制圧できる。

 部屋は広く、四十人は同時に稽古出来そうだが、私が王族のために、人払がされている。

 されているはずだった。

 そこにやってきた男がいる。

「好調みたいだな、姫様」

 ソラ・スイレンだった。彼はその立場上、自由が保障されている。

 私は彼を睨みつけ、剣を鞘に戻した。剣術指南役の二人は頭を下げていた。

「ちょっと手合わせしてもらおうと思ってね。カナタは出かけちまったし」

「筆頭剣聖の相手など、私には、とても……」

 口ではしおらしいことを言いつつ、私は臨戦態勢だった。

 この男は油断ならない。

 まさにそれを証明するように、彼がすっと手を振った。

 見えているぞ。

 私の視線の先で、何か鈍い音がして、風が吹いた。

 ヒューっとミチヲが口笛を吹く。

「前にやりあったのは、いつだったかな」

「三ヶ月ほど前です」

「そうかい。ちょっとばかり、本気でやろう」

 すっとソラが剣を抜き、鋭い踏み込み。

 芸のないこと。和音の歩法とは。

 素早くすれ違う。剣に軽い手応え。

 切ったわけじゃない、精神剣で防がれた。

 彼の剣は私に掠りもしない。

 反転したソラの連続攻撃。十六弦の振り。回避し、跳ね返し、また回避。

 私の精神剣の知覚能力が相手の隙を正確に読み取る。

 だがそれは偽装の隙だ。

 誘い。

 それを無視して、私も滑るように移動。

 氷面の歩法などと呼ばれる、まさしく滑るような移動。

 ソラが付いてくる、再度の十六弦の振りを横へ横へ、間合いを広げずに逃れていく。

 痺れを切らしたソラが、剣による攻撃を誘いに変え、本命の精神剣を繰り出す気配。

 濃密な一瞬の末、私の精神剣がソラの精神剣をはじき返し、二人が離れる。

 姿勢を取り戻し、私は腕にかすかに痛みを感じた。

 見ると、服が切れ、かすかに血が滲んでいた。

「互角、って感じだね」

 そう答えるソラの肩にも傷がある。

「もうちょっと遊ぼうか」

 堂々とソラが間合いを詰めてくる。私も応じる。

 激しい攻防が繰り返されるが、お互いに決定打に欠いているように見えるだろう。

 しかし私も全力ではないし、ソラだって本気ではない。

「陛下は何を考えている?」

 剣術の応酬の中で、ソラが問いかけてくる。

「ミチヲ、モエは、生きていてはいけないのです」

「理由を知りたい」

「ミチヲこそが、重要らしいです」

 ぐらっとソラが姿勢を乱す。

 私はそこへ切っ先を突き出す。寸前で止めて、私の勝ちになる。

 はずだった。

 強烈な精神剣が私を打ち据え、防御したが、跳ね飛ばされる。平然と着地するが、その着地する瞬間を狙われるかと思った。しかしソラは動きを止めていた。

「あいつにどれだけの価値がある?」

 訝しげな表情だ。

「精神器を持っている」

「だがあいつは剣聖ではない」

 私はすっと剣を鞘に戻し、構える。居合の構えだ。

「答えろ」

「次の一撃を防げたら」

 ぐっとソラが表情を引き締めた。

 私は一歩、踏み出す。それでも間合いは広すぎる。

 清流の踏み込み、と名付けられた歩法で、その間合いを消した。

 相手に接近を悟らせない歩法にソラは確かに、反応しなかった。

 だが、精神剣をぶつけてくる。

 当然、私も精神剣でそれを受け流す。間合いは消えた。

 あとは剣を振るだけだ。

 二振りの剣が交錯し、私たちがすれ違った

「防いだぜ」

 振り迎えるソラは首を傾げている。

 どうやら少しは本気を見せたらしい。

 私の方も無傷だが、ソラの剣を避けるがために、わずかにこちらの剣が伸びなかった。

 つまり、ソラは相打ちを選択したのだ。

 馬鹿な男だ。

「答えてくれ、ミチヲの何がそんなに重要なんだ?」

 私は剣を鞘に戻し、息を吐いた。これで今日は終わりだ。

 最強の剣士と手合わせできたのだ、よしとしよう。

「陛下ははっきりとはおっしゃらないが、ミチヲは剣聖にふさわしく、つまり、切ることに意味がある」

「例の人身御供の発想か?」

 剣聖たちは言葉にこそしないが、その理屈を知っている。

 強いものを高位の存在に捧げるという思想。

「それ以外にはないですね。ミチヲ・タカツジはシュタイナ王国で生まれ育った人間。この国に捧げられるのは、当然です」

「不死存在が勝てると思うか?」

「まさか」

 私は反射的に答えていた。

 不死存在はおぞましい。死なないのは、何よりも強みだろう。だが、本当に死なない存在がいるだろうか?

 それ以前に、不死存在の剣術は剣聖にも劣る。

 つまり、不死存在は目的を達することは出来ない。

「ジードが心配だな」

 やっと剣を鞘に差し込み、唸るようにソラが言う。

「まだわかりません。ミチヲ・タカツジがここへ来るかも、わからないのです」

「陛下がそう仰られた?」

「陛下は何も口にしてはいません」

 そう答えてから、不意に疑問が兆した。

 陛下は、もしかしてミチヲをここへ誘いこむつもりなのか?

 ミチヲがシュタイナ王国を憎み、破壊するように仕向けた?

 そう、陛下はまるで、ミチヲの全てを知っているようだった。

「姫様、何を考えている?」

「いえ、なんでもありません……。またいずれ、稽古をしましょう」

「そちらがやる気なら、いつでもいいよ。僕の方でも考えておく。じゃあな」

 さっさとソラは部屋を出て行ってしまった。私は少し考え、剣術指南役を下がらせると、陛下がいる書斎へ向かった。

 中に入ると、何かを書き綴っている最中で、集中している。

 しばらく私は黙ってそこに立っていた。

「ミチヲのことが気になるか?」

 ペンを置いて、陛下がこちらを見る。見抜かれているようだ。

「陛下は、彼がここへやってくると思っているのですか?」

「そういう幻を見た」

「幻……」

 椅子にもたれかかり、陛下が小さな声で言った。

「ミチヲはいずれ、三つの目を手に入れ、二つの体を手に入ると、私に告げたものがいる」

「フカミ殿ですか?」

 あの老人なら言いそうなものだ。

 しかし陛下は首を振った。

「あいつは何も言わない。幻は、私が見たものだ」

「三つの目と、二つの体、とは?」

「人の目、神の目、そして悪魔の目。人間の肉と、神の肉だ」

 よく飲み込めない言葉だった。

 そんな私に陛下が笑みを向ける。

「お前は人の目と神の目を持っている」

「それは、精神剣のことですか?」

「そうだ」

「悪魔の目、とは?」

 じっと陛下が黙り、「わからない」と囁くように言った。

「何が見えるのだろうな? その目には。しかし人にも神にも見えないものが、見えるのだろう。エーナ、怪我をしているな?」

 急に話題が変わる。ここまで、ということらしい。

 私はソラとやりあったことを話し、陛下は微笑んだ。

 私は暇な時間に図書室で悪魔の目について調べたが、何もわからなかった。

 剣聖たちは暗殺部隊からの連絡を待ち続け、ピリピリし始めた。

 そこへやっと、通報がやってきた。




(続く)

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