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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第2部 高みのさらに高み
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2-1 追跡の始まり

     ◆


 シュタイナ王国の第二王宮、その通路を僕は歩きつつ、思わずぼやいた。

「陛下もまた気まぐれを起こされて、困ったものだ」

 シュタイナ王国の国王である、カイト・シュタイナ十三世との謁見の後だった。

 通路に面している扉の一つ、剣聖控え室の扉を開けて中に入ると四つの瞳がこちらを見た。

「私の予想通りといったところか」

 まず長い白髪の老人がニヤリと笑う。口元はヒゲで見えないが、目元でわかる。

「モエ・アサギの追跡をしろ、とのことだよ。僕はそれほど乗り気じゃないけど」

「陛下も確実性を求めたんだろう」

 もう一人、部屋にいた青年が言った。

 老人は十三の剣聖の一人、第三席のフカミ・テンドー。

 青年は僕の友人の中の友人にして、次席剣聖のカナタ・ハルナツ。

 そして僕は、筆頭剣聖の、ソラ・スイレン。

 つまりこの部屋で、シュタイナ王国の個人では最強の三人が顔を合わせているのだった。 

「あんな小娘、僕が出る幕じゃない」

 思わず口すると、フカミがかすかに笑い声をあげた。

「聞いたところでは、剣聖を買収して候補生になり、剣聖まで上ったらしいのお」

「それは違いますよ」

 即座にカナタが訂正した。

「剣聖を買収したのではなく、役人を買収したのです。しかも彼女の家族ではなく、彼女の許嫁の家族が買収しました。すでに全員が処罰されています」

「そんなことはいいよ、カナタ。しかしなんで剣聖になって逃げるかね? 死ぬのが怖くなったのか?」

 渋面になったカナタが言いづらそうに答えた。

「駆け落ち、という噂もある」

「剣聖が駆け落ちね。あほくさ」

 僕は椅子の一つに乱暴に腰を下ろす。

 剣聖は王国中から視線を向けられるため、礼儀や所作は剣術と同じくらい、厳しく躾けられる。それでもこの部屋ではそんな堅苦しいことはしなくていい。

 ここには剣聖以外は入れないのだ。

「相手は誰だったかな?」

「幼馴染の傭兵と聞いています。資料はこちらに」

 すっと差し出してくるカナタの準備の良さを意識しつつ、受け取った書類を見る。

「ミチヲ・タカツジね。ふーん、特筆すべき点はないけど。いや、一箇所あるか」

「わしらと同じことが気になるのじゃろ? ソラ殿」

「だね」

 僕はばさっと書類を机に放った。

「追跡部隊を退けているのが、気にくわないよ。こちらは剣聖を処理する実力の騎士を送り込んでいる。それをことごとく返り討ちにする傭兵なんて、聞いたことがない。そもそも剣聖を処理するという極秘事項を扱う使い手は、王国の中でも闇の中のそのまた闇を生きる存在だ」

「しかし嘘の報告ではない、となると、ただ者ではないのでしょう」

 結論をはっきりさせるような、カナタの声。

「そこで僕の出番っていうわけだ」

 僕はじっとテーブルの上の資料を見つめた。

 僕が影で何と呼ばれているかは、よく知っている。

 処刑の剣聖。

 今まで、王国を裏切った剣聖や逃走した剣聖はもちろん、筆頭剣聖の座を狙う剣聖や剣聖候補生を、僕は十三人、切っている。これは歴代剣聖の中でも最も多い。

 大抵の剣聖はどこかで誰かに席を譲るものだ。

 それを僕は拒絶しつつ付けている。

 今年、やっと三十歳になった。剣聖には十五年、居座っている。

 退屈するようなことはあまりないけど、心躍るようなことは少ない。

「カナタ、代わりに行ってくれない?」

「俺は危ない橋を渡らない派だし、陛下はお前を任じたんだぞ」

「フカミはどう?」

 老人は目を細めている。

「この老人に長旅は無理でして」

「よく言うよ」

 仕方なく、僕はもう一度、書類を手にとって、ミチヲという男のことを吟味した。

 年齢は二十一歳。元は農民、それも小作農だ。父親は鉱山へ出稼ぎに行き、落盤事故に巻き込まれて死亡。それから十年近く過ぎている。母親の詳細は不明だが、おそらく死んでいる。

 モエと彼は同い年で、同じ村の出身。

 なるほど、駆け落ちもないわけではない。

「ここに書いていないけど」

 俺はカナタを見る。

「買収された剣聖からの聞き取りは? えっと、誰だったかな。どういうことだった?」

 一瞬、カナタの表情が緊張し、それは消えたものの、表情はどこか険しい。

「どうやら、モエをスカウトした村、トグロ村という名前ですが、一人、剣聖候補生がいたらしいのです」

「嫌な予感がするな、そいつの名前がミチヲなんじゃないの?」

「名前が記録されていないのですが、ありうることです」

 俄然、盛り上がってきたぞ。

「つまり僕の相手は、元剣聖と、どこかに紛れていた剣聖候補生、というわけだ」

「腕が鳴るかね」

 からかうようなフカミに僕は頷いていた。

「モエがミチヲを鍛えたかもしれないな。そうなると、並の使い手じゃない。楽しめそうだ」

「楽しむのは後にして、任務を全うしてくれよ」

 カナタが釘を刺してくるのを無視して、彼に催促していた。

「で、彼らは今、どこにいる? 国内? 国外?」

「国外だ」

 そうなると部下は少数しか連れて行けないし、こちらは剣聖です、という姿で行くわけにもいかない。

 異国に入るのだから、剣聖という立場では、国際問題になる。

「農民か商人に化けるしかないな」

「初めてじゃないだろ?」

「僕は綺麗好きなの。農民の服装は、うんざりする」

 二人は何の反応も返さない。本当のことなのに。

「まあ、いいや。とにかく変装して、長旅か。こういう時、路銀を国が出してくれると、楽だよねぇ」

 旅行じゃなくて仕事だぞ、とカナタが眉をひそめるけど、無視。

「で、国外の、どこ? パンターロかい?」

「あんなところまで行けるわけがない……」

 カナタが渋い声で言った。

 パンターロは大陸にある国家の中で最も大きな領地を持つが、それは大陸の北部であるために、寒冷な気候のせいで農作物はそれほど手に入らないと聞いている。その上、領地のほとんどが山岳地帯で、国力はそれほどではない。

 しかし逃げ込まれると、最も厄介だった。

 そこじゃないのなら、と僕は推測する。

「始祖国アンギラス?」

「そうだ」

 商業国家の自由国オットーの可能性もあったけど、あそこは情報さえも商品にされるので、彼らには合わないと思っていた。

 蛮族の中に紛れるのもありそうだが、蛮族の中でも、さすがに目立つと考えるか。

 つまり、合理的、論理的に考えれば、アンギラス以外はないのだ。

「追跡の状況は?」

「査問部隊を送り込んで、常に見張っている」

「よくアンギラスに査問部隊を送れたな」

「偵察のみが任務で、商人に扮しているのさ」

 それなら僕の潜入もその線だろう。農民より商人がいい。

「僕は奉公人か何かかい?」

「その通り」

 やれやれ。商人は商人でも、使われる立場かぁ。

 三人で打ち合わせをして、その日のうちに商人の衣装が届いた。

「この天秤棒に剣を偽装しておく」

 控え室に運び込まれた天秤棒に僕の愛剣が仕込まれる。天秤棒にしては全然、しならないし、違和感のある見た目に変わってしまうが、商人が腰に剣を帯びるわけにもいかないか。

 実際に天秤棒を使ってみるが、やや不自然だった。

 それから試行錯誤して、結局、天秤棒をやや長くして、決着した。

 そんな感じで、それから三日ほどでバタバタと準備が進んだ。

 僕が最も時間を割いたのは、アンギラスを縦横に走る街道の、関所の位置だった。

 関所を抜けるための手形が、シュタイナ王国にあるアンギラスの大使館から秘密裏に発行されているが、もしもの可能性もある。

 何らかの理由で関所を抜けられなくなり、アンギラスで足止め、というのは避けたい。

 もちろん、僕の実力を持ってすれば、相手は五人だろうと、十人だろうと、三十人だろうと、相手ができる自信はあるし、関所が門を閉ざしていても、冗談ではなく、それを吹っ飛ばせる。

 でもそれは最後の手段だろう。

 そうなると最悪、やっぱり国際問題にある。シュタイナ王国とアンギラスの国力はほぼ拮抗していても、第三国の動きは不明だし。まぁ、今のところ、シュタイナ王国とアンギラスは協調路線だから、波風を立てないに越したことはない。

 そんなわけで、僕はじっと地図を見据えて、時間を過ごした。

 国王陛下と面会してから、僕は王都を離れた。連れは二人だけで、査問部隊から選んだ。

 戦闘力ではなく、どちらかといえば隠密、諜報活動向きの二人だ。身軽で、何より、顔や体に特徴がない。そして二人とも、アンギラスで活動した経歴がある。

 俺もアンギラスには何回も行っている。公式訪問もあれば、非公式の訪問もあるし、密入国して仕事をしたこともあった。

 まぁ、その辺はアンギラスも一緒だろう。

 アンギラスにはシュタイナ王国における、十三人の剣聖、と同じような兵士はない。

 近衛騎士団と呼ばれる集団があり、これが非常に強力だ。何度か演習を一緒にしたから、よく知っている。

 首長守護騎士、と呼ばれる四人がいて、この四人は剣聖に近いが、幸か不幸か、僕は手合わせはしたことがなかった。この四人は実際に戦わない、と言われるほど、切り札、もしくは秘密兵器なのだろう。

 そんなわけで、アンギラスとの国境を手形を使って抜け、自然にアンギラス領に入ることができた。

 商売は、薬屋なので、道すがら、たまに薬を売らないといけない。薬の知識は、部下の一人が持っていて、彼が客に対応した。

 早く剣を抜きたい。

 自然と浮かぶ退屈さを感じながら、僕は歩いた。

 薬を売りに来たわけじゃないんだ。

 強敵と早く、顔を合わせたかった。




(続く)




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