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剣聖と剣聖  作者: 和泉茉樹
第4.75部 国の血塗られた原理
119/136

4.75-2 特別な刺客


     ◆



 剣聖が十二人集合した場で、陛下はミチヲを討伐する、と宣言された。

 落ち着いているのはソラ、カナタ、フカミか。

「強敵ではあるが、倒せるかな?」

「あいつは強いですよ」

 素早くソラが口を挟み、ふざけているような表情で言う。

「生半可な力量じゃ、すぐに返り討ちさ」

「友人だからそう評価しているのか?」

 陛下の言葉にソラが首を振る。

「陛下も意地が悪い。僕は実際の話をしているのです。あいつは剣聖と渡り合う力量です」

「どこで学んだかもわからない男がか?」

 これは別の剣聖の発言。ソラは飄々と応じた。

「剣術なんてどこでも学べる。っていうか、全てがどこでも学べる。そしてそれは僕への皮肉か? 何も知らないまま剣聖に上がった僕への?」

「いえ、そんなことは……」

「とにかく、奴は強い。もうだいぶ前だが、僕と渡り合う程度にはね」

 十一人の剣聖が黙り込む。パンと、陛下が手を叩いた。

「温存していた兵器を使うつもりだ。奴でも苦労するだろう」

 反応したのはソラ、カナタ、フカミだった。三人ともが一瞬、息を詰めた。陛下は気にせずに続ける。

「その兵器は極秘に開発された。もしもの時のため剣聖を一人、つけたい。志願者は?」

 すっと、一人が手を挙げた。ジード・イレイアスという男だ。

「良かろう。決死隊だが、構わないか?」

「はい、陛下」

「よし、ソラ、カナタ、フカミ、ジード、ついてこい」

 さっさと陛下が部屋を出て行くのに、私は遅れずに続く。四人の剣聖もついてきた。

 剣聖は陛下と直に言葉を交わせる立場で、無礼を働いても処罰はされない。だが、ソラは目に余るものがある。

「あれはやめた方がいいです」

 今もすぐにソラが陛下の横へ進み出て、まるで友人同士のように話しかけている。陛下は穏やかに笑っておられた。

「不死存在の開発に君も関わったんだったな」

「死ににくいだけの、ただの兵士です」

「囮にはなる」

 囮ね、などとソラがつぶやく。

 そのまま五人と、近衛騎士とともに、地下へ降りた。近衛騎士は途中から離れ、もうついてこない。秘密の場所なのだ。

 地下空間で、その男が待ち構えていた。研究者らしい。

 その男の背後に棺のようなものがある。蓋はない。

「時間が惜しい」陛下が声をかける。「実際のところを見せてくれ」

 研究者が無言で頷き、棺の中で何かをした。さっと彼が棺から離れると、その棺から男が立ち上がる。

 おいおい、とソラが呟く。

 起き上がった男が、ゆっくりと棺から出て、立ち上がった。

「ジード、お前だ」

 フカミの冷静な声。ジードが剣を抜きつつ、進み出た。

 私は陛下の護衛につく。もしものことがあるかもしれないからだ。

 例の男の武装は、王国軍の基本の装備。重さを考慮した薄っぺらい鎧、短い剣。

 その男がすっと踏み出したと思うと、姿が消えた。

 火花が散った。

「別物だな、いつかとは」

 言いながら、さりげなくソラが後退する。それは逃げようとしたのではなく、陛下を守るためだ。

 カナタとフカミも姿勢を整えるが、二人とも剣は抜かない。

 男とジードが切り結んでいた。時折、ジードが罵り声を上げる。

 鈍い音を立てて、男の腕が切断されて、宙に舞う。

「これくらいでいいですか?」

 こちらにジードが振り向くが、その背後では、男が少しの遅滞もなく、剣を繰り出している。

 ジードの姿が霞む。

 男のもう一本の腕も切り飛ばされていた。

「もう良いでしょう?」

 さすがは剣聖、隙はないか。

 両腕を失った男がゆらゆらと揺れるが、倒れない。両腕の傷口からも、血が流れないのが不気味だ。

「殺して良いのですか?」

 ジードの問いかけに「やれ」と陛下が応じる。ジードは優雅に頭を下げ、躍動を始める。

 両腕の喪失で攻撃も防御も不可能な男を、ジードの剣が解体した。

 あっと言う間に地面に散らばった人間だったものを、ジードが慎重に確認している。

「死んだようですね」

「離れていろ」フカミが低い声で言う。「驚くぞ」

 肩をすくめつつ、ジードがカナタ、フカミと並ぶ。

 全員が見ている前で、転がる肉片が歪んだかと思うと、液体に変わっていく。そうして液体が一点に集まっていく。

「冗談だろ……」

 ジードが呟いているうちにも黒い液体は一塊になり、人の形になった

 滲み出すように、肉、皮膚が生まれ、例の男に変わっていく。

 おぞましい、吐き気を催す光景だが、私は平静を装った。

 しかし、ここまで完成しているとは。

 不死存在。研究者たちがどういう倫理でこれを生み出したかは知らないが、人のやることではない。

 あまりに残酷で、凄惨な事態だ。

「陛下」私は思わず訊ねていた。「本当にあれを使うのですか?」

「大勢をパンターロには送れない。数を補うためだ」

「しかし……」

 言葉に詰まる私の肩に、陛下が手を置いた。

「あれが神の肉なのだよ、エーナ。人間が神に近づく技術の一端が、あれだ」

 全裸の男が立ち上がる。

 死なない存在。

 私は今すぐ、この男をめちゃくちゃに破壊したかった。

「実験は終了だ。拘束しろ」

 フカミの言葉に、研究者が男に駆け寄って何かを命令した。男はじっと研究者を見据え、ゆっくりとこちらに背を向け、棺に戻っていった。

「人間のふりをさせて、パンターロへ送り込む」陛下が話し始めた。「二体の予定だ。ジードはそれを管理し、同時に自身でもミチヲ、もしくはモエを捕捉し、処理しろ」

 ジードが深く頭を下げた。

 地下から地上に上がる途中で、陛下がカナタに声をかけた。

「恨むな、カナタ」

「恨むなど、ありえません」

 そう答えるカナタの声は、どこか強張っているように感じた。

 陛下と私は二人だけになり、第二王宮から第一王宮への長い廊下を進んでいた。

「あの不死存在の原型になったのは、カナタが見出した剣士です」

 堪えきれずに口走り、さすがに私も、陛下を凝視していた。

「カナタの弟子を、人体実験に使ったのですか?」

「致命傷を負った、王都でな。陰謀なんだろう。生かすために、あの体に変えた。当人はもう言葉を口にできない。どう思っているのだろうな……」

 その言葉にある頼りなさに、私は陛下にも後悔があることを、感じ取った。

 表情も雰囲気も変わらない。

 しかしこの人も人の心を持っている。

 パンターロへ暗殺部隊を送り出す準備には、私は関わらなかった。武官、文官が働いたようだ。私は陛下のそばで、日々を過ごした。

「陛下、カナタ・ハルナツ様がお見えです」

 その時、陛下は初見の最中で、しかしすぐにカナタを招き入れた。

「陛下、私をアンギラスへ送ってください」

「アンギラス? パンターロで全てが終わると思っていないのだな」

 例の暗殺の件か、と私は思考しつつ、二人に気を配った。

「私の弟子の仇を取りたいのです。もしもの時に、ですが」

「奴がこちらへ向かってくると思っているのか? カナタよ」

「はい」

 カナタは堂々と頷いた。

「ミチヲ、モエ、二人を始末できればそれまでのこと。しかしどちらかが生き残れば、我が国に攻め上るでしょう」

「それをアンギラスで防ぐ?」

「もしも、まさにもしもの時のためにです」

 陛下は何かを考えてから、頷いた。

「認めよう。査問部隊をお前のフォローで動かす」

「ありがとうございます」

 カナタが頭を下げ、出て行った。

 陛下は無言で、書物に視線を落とした。




(続く)


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