4.75-2 特別な刺客
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剣聖が十二人集合した場で、陛下はミチヲを討伐する、と宣言された。
落ち着いているのはソラ、カナタ、フカミか。
「強敵ではあるが、倒せるかな?」
「あいつは強いですよ」
素早くソラが口を挟み、ふざけているような表情で言う。
「生半可な力量じゃ、すぐに返り討ちさ」
「友人だからそう評価しているのか?」
陛下の言葉にソラが首を振る。
「陛下も意地が悪い。僕は実際の話をしているのです。あいつは剣聖と渡り合う力量です」
「どこで学んだかもわからない男がか?」
これは別の剣聖の発言。ソラは飄々と応じた。
「剣術なんてどこでも学べる。っていうか、全てがどこでも学べる。そしてそれは僕への皮肉か? 何も知らないまま剣聖に上がった僕への?」
「いえ、そんなことは……」
「とにかく、奴は強い。もうだいぶ前だが、僕と渡り合う程度にはね」
十一人の剣聖が黙り込む。パンと、陛下が手を叩いた。
「温存していた兵器を使うつもりだ。奴でも苦労するだろう」
反応したのはソラ、カナタ、フカミだった。三人ともが一瞬、息を詰めた。陛下は気にせずに続ける。
「その兵器は極秘に開発された。もしもの時のため剣聖を一人、つけたい。志願者は?」
すっと、一人が手を挙げた。ジード・イレイアスという男だ。
「良かろう。決死隊だが、構わないか?」
「はい、陛下」
「よし、ソラ、カナタ、フカミ、ジード、ついてこい」
さっさと陛下が部屋を出て行くのに、私は遅れずに続く。四人の剣聖もついてきた。
剣聖は陛下と直に言葉を交わせる立場で、無礼を働いても処罰はされない。だが、ソラは目に余るものがある。
「あれはやめた方がいいです」
今もすぐにソラが陛下の横へ進み出て、まるで友人同士のように話しかけている。陛下は穏やかに笑っておられた。
「不死存在の開発に君も関わったんだったな」
「死ににくいだけの、ただの兵士です」
「囮にはなる」
囮ね、などとソラがつぶやく。
そのまま五人と、近衛騎士とともに、地下へ降りた。近衛騎士は途中から離れ、もうついてこない。秘密の場所なのだ。
地下空間で、その男が待ち構えていた。研究者らしい。
その男の背後に棺のようなものがある。蓋はない。
「時間が惜しい」陛下が声をかける。「実際のところを見せてくれ」
研究者が無言で頷き、棺の中で何かをした。さっと彼が棺から離れると、その棺から男が立ち上がる。
おいおい、とソラが呟く。
起き上がった男が、ゆっくりと棺から出て、立ち上がった。
「ジード、お前だ」
フカミの冷静な声。ジードが剣を抜きつつ、進み出た。
私は陛下の護衛につく。もしものことがあるかもしれないからだ。
例の男の武装は、王国軍の基本の装備。重さを考慮した薄っぺらい鎧、短い剣。
その男がすっと踏み出したと思うと、姿が消えた。
火花が散った。
「別物だな、いつかとは」
言いながら、さりげなくソラが後退する。それは逃げようとしたのではなく、陛下を守るためだ。
カナタとフカミも姿勢を整えるが、二人とも剣は抜かない。
男とジードが切り結んでいた。時折、ジードが罵り声を上げる。
鈍い音を立てて、男の腕が切断されて、宙に舞う。
「これくらいでいいですか?」
こちらにジードが振り向くが、その背後では、男が少しの遅滞もなく、剣を繰り出している。
ジードの姿が霞む。
男のもう一本の腕も切り飛ばされていた。
「もう良いでしょう?」
さすがは剣聖、隙はないか。
両腕を失った男がゆらゆらと揺れるが、倒れない。両腕の傷口からも、血が流れないのが不気味だ。
「殺して良いのですか?」
ジードの問いかけに「やれ」と陛下が応じる。ジードは優雅に頭を下げ、躍動を始める。
両腕の喪失で攻撃も防御も不可能な男を、ジードの剣が解体した。
あっと言う間に地面に散らばった人間だったものを、ジードが慎重に確認している。
「死んだようですね」
「離れていろ」フカミが低い声で言う。「驚くぞ」
肩をすくめつつ、ジードがカナタ、フカミと並ぶ。
全員が見ている前で、転がる肉片が歪んだかと思うと、液体に変わっていく。そうして液体が一点に集まっていく。
「冗談だろ……」
ジードが呟いているうちにも黒い液体は一塊になり、人の形になった
滲み出すように、肉、皮膚が生まれ、例の男に変わっていく。
おぞましい、吐き気を催す光景だが、私は平静を装った。
しかし、ここまで完成しているとは。
不死存在。研究者たちがどういう倫理でこれを生み出したかは知らないが、人のやることではない。
あまりに残酷で、凄惨な事態だ。
「陛下」私は思わず訊ねていた。「本当にあれを使うのですか?」
「大勢をパンターロには送れない。数を補うためだ」
「しかし……」
言葉に詰まる私の肩に、陛下が手を置いた。
「あれが神の肉なのだよ、エーナ。人間が神に近づく技術の一端が、あれだ」
全裸の男が立ち上がる。
死なない存在。
私は今すぐ、この男をめちゃくちゃに破壊したかった。
「実験は終了だ。拘束しろ」
フカミの言葉に、研究者が男に駆け寄って何かを命令した。男はじっと研究者を見据え、ゆっくりとこちらに背を向け、棺に戻っていった。
「人間のふりをさせて、パンターロへ送り込む」陛下が話し始めた。「二体の予定だ。ジードはそれを管理し、同時に自身でもミチヲ、もしくはモエを捕捉し、処理しろ」
ジードが深く頭を下げた。
地下から地上に上がる途中で、陛下がカナタに声をかけた。
「恨むな、カナタ」
「恨むなど、ありえません」
そう答えるカナタの声は、どこか強張っているように感じた。
陛下と私は二人だけになり、第二王宮から第一王宮への長い廊下を進んでいた。
「あの不死存在の原型になったのは、カナタが見出した剣士です」
堪えきれずに口走り、さすがに私も、陛下を凝視していた。
「カナタの弟子を、人体実験に使ったのですか?」
「致命傷を負った、王都でな。陰謀なんだろう。生かすために、あの体に変えた。当人はもう言葉を口にできない。どう思っているのだろうな……」
その言葉にある頼りなさに、私は陛下にも後悔があることを、感じ取った。
表情も雰囲気も変わらない。
しかしこの人も人の心を持っている。
パンターロへ暗殺部隊を送り出す準備には、私は関わらなかった。武官、文官が働いたようだ。私は陛下のそばで、日々を過ごした。
「陛下、カナタ・ハルナツ様がお見えです」
その時、陛下は初見の最中で、しかしすぐにカナタを招き入れた。
「陛下、私をアンギラスへ送ってください」
「アンギラス? パンターロで全てが終わると思っていないのだな」
例の暗殺の件か、と私は思考しつつ、二人に気を配った。
「私の弟子の仇を取りたいのです。もしもの時に、ですが」
「奴がこちらへ向かってくると思っているのか? カナタよ」
「はい」
カナタは堂々と頷いた。
「ミチヲ、モエ、二人を始末できればそれまでのこと。しかしどちらかが生き残れば、我が国に攻め上るでしょう」
「それをアンギラスで防ぐ?」
「もしも、まさにもしもの時のためにです」
陛下は何かを考えてから、頷いた。
「認めよう。査問部隊をお前のフォローで動かす」
「ありがとうございます」
カナタが頭を下げ、出て行った。
陛下は無言で、書物に視線を落とした。
(続く)




